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    nu_jtu_

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    《14歳 自宅 動けなくなった》

     俺は俺がおかしくなっていることに気が付いていたし、それは場地さんも同じだった。
     場地さんが誕生日のその日に死の淵から生還したこと、そのあと当然のように彼が東京卍會から抜けたこと、俺の脱退は誰にも認められなかったこと。原因を探ればキリがなく、おそらくそれらすべてだった。けれど、別に原因がなんだったかなんて大して重要ではない。何でもない場地さんであっても俺が場地さんを好きでいることができた、それだけわかっていれば十分じゃないだろうか。



    献身



     場地さん、と名を呼ぶと、いつもの通り気だるげな返事が返ってくる。薄い襖を少しだけ開けて中の様子を覗き見た。部屋の中に場地さんの姿はない。
     するりと戸を開けて、押し入れに近づく。押し入れの中で横になっている場地さんは俺をちら、と見上げた。
    「お前も毎日よくやるな」
    「好きでやってることなので」
     鞄から隣のクラスのやつから預かった授業のプリントを取り出す。場地さんはあの事件以降滅多に学校に来なくなった。出席日数が心配だが、いくら登校を促しても場地さんは腰を上げない。
     ただ、誰もそれを責めることはできなかった。場地さんはあの事件以降、下半身を上手く動かせなくなってしまったから。
     手に取ったプリントたちを机の上に置く。俺が今までせっせと運んできたプリントが大量に積み上げられているのを見る度、少し寂しくなる。俺の献身は未だ実を結んでいないのだと実感するから。
    「……おかしいよ、お前」
     背中にかかったのは、場地さんの冷え切った声。以前から変なやつだと揶揄われることはあったけれど、蔑まれていると感じたことは一度もなかった。ただ最近、それが少し、その頃とは違ってきているのを感じていた。
    「おかしくないですよ」
     俺も俺が傍から見て普通ではないということはわかっている。毎日毎日拒絶され、それでも構わず家に通うなんて変だと言われてもしかたないが、それを一番言われたくない人に言われてしまうとつい否定したくなる。
    「俺のこと、いいように使えばいいじゃないですか。便利な舎弟だと思って」
     場地さんに向かって、へらりと笑ってみせる。笑顔なんて効果はないのはわかっているが、何もしないよりはマシだろうと思った。
    「頼んでねえだろうが」
    「何でもしますよ、俺」
    「いらねえよ、帰れ」
     いつも通り、ひでえっすよと笑って流そうとしたのに、声がうまく出ず詰まった。なんだか突然、この机の上に積み重ねられた紙がまるごと捨てられてしまう光景が脳裏に浮かんだのだ。この紙の中身を場地さんは二度と読まないし、俺のことを場地さんが見てくれることも、もう二度とないのかもしれない。今まで無視してきた不安感が一気に胸中になだれ込んで笑えなくなった。
    (……でも俺は、報われたくてやってるわけじゃない、だろ)
     見返りがなくても、掃いて捨てられても、それでいい。それでもよかったはずなのに。
    「……好きでいたらだめなんですか、場地さんのこと」
     ひとりにしてあげることも必要じゃないか、なんて。そんなのは場地さんにきつく当たられたくない言い訳だろうと思っていた。場地さんの傍には誰かがいてあげなくてはならない、そしてそれは、俺であればいい。
     これは、報われたい、ということなんだろうか。俺は場地さんに何かをもらいたかったのだろうか。
    「は、何言ってんの、お前」
    「傍にいることだけでも、許してくれませんか」
     信じて裏切られて、それでも信じ続けて、最後の最後に報われた血のハロウィンを追いかけ続けているだけだったのか。この先にはきっと、大きな大きなご褒美が待ってるはずだと、思い込んでいただけだった?
    「お前さ、なんで俺なんかに執着すんだよ。てめえの好きだった強くてかっこいい場地さんってやつはもういねえんだぞ。今の俺はお前が好きだった俺じゃ、」
    「どうしてそうやって突き放すんですか」
     困らせてるのだとわかっていた。今の場地さんには、俺を殴って無理やり追い出す力はない。俺を諦めさせるにはどうにか言葉で言いくるめるしかなくて、そしてそれは場地さんが最も苦手とすることだった。
    「俺のこと、嫌いですか」
    「……うん、そう」
     場地さんの黒目が真っ直ぐに俺を見ている。何処かから、クシャ、と何かが潰れた音がした。
    「は、……あ、そう、なんすね」
     なぜか嘘だとか冗談じゃないかなんて考えには微塵も至らなかった。心臓がしつこいくらいに鼓動しているのに、指先は氷水に漬けたように冷えついていく。目の前が黒か赤かに瞬いて、気づけば俺は押し入れの中にいる場地さんの肩を掴んで、無理矢理布団の上に押し付けていた。
    「おい、何」
    「嫌いなわけ、ないですよね。ありがとうって言ってくれたじゃないですか」
     こんなことを口走っておいて未だ、否定してほしかった。俺の気持ちが、報われたいなんて身勝手な欲ではないと思いたかった。
    「俺は、場地さんを信じてたいだけなのに」
     膝で場地さんの身体を挟んで馬乗りになった。気づかぬうちに随分細身になった場地さんの身体は、踏めばぽきりと折れてしまいそうなほど弱々しく見えた。金髪の間から場地さんの顔を覗き見る。その表情は怯えととれるくらいに固く強ばっていて、そのことにも怒りだか悲しみだかで脳が焼ききれそうだった。
    「離せ、千冬。今のお前と話す気はねえよ」
    「嫌です。それに何も聞いてくれないのは場地さんの方じゃないですか」
     場地さんの長い黒髪がシーツの上で無秩序に広がっていた。たったひとつの言葉で壊れるほど俺は脆かったのだ。整理せずただ積み上げていただけの感情がばらばらに崩れて、もう元が何だったのかもわからない。思いついたまま、ただ目の前の人を目の前につなぎ止めておくことくらいしかできなかった。
    「……こうなる気がしたんだよ」
    「どういう、意味ですか」
     場地さんが薄い唇を開く。ああなにか言おうとしている。きっと、また俺を奈落に突き落とすような何かを。
     自分で尋ねたくせに、怖くなった。だから塞いだ。唇に触れた理由は、ただそれだけだった。





      逃げるように場地さんの家を離れた。自室に入ってすぐ畳にしゃがみこむと、俺の異変に気づいたペケが近くまで寄ってくる。にゃあという鳴き声が遠くの方で聞こえた。
    「最悪だ、本当に、最悪だ……」
     本当はわかっていた。場地さんはただ俺に迷惑をかけたくないだけだというのも、嫌いという言葉が嘘だということも。わかっていながら認めたくなくて、場地さんが抵抗できないのを良いことに組み敷いた。
     今すぐ謝りにいけば間に合うだろうか。それで場地さんはまたもとに戻ってくれるのだろうか。
    「どうすればいいんだよ……」
     おかしいよお前、と場地さんの言う声がした。おかしくなった俺のどこを正せば、もとに戻れるのだろうか。悲しくもないから涙も出ず、怒りでもないから震えもしない。俺は、暗い部屋の真ん中で、ただ身体の中心が静かに冷たくなっていくのに耐えるだけだった。
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