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    hariyama_jigoku

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    hariyama_jigoku

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    鍾タル小説。後編。一個前の続き!

    ##原神

    一月のゾールシュカ・後 それから程なく、タルタリヤは璃月を発ったらしい。鍾離がそれを知ったのも、人伝であった。往生堂との橋渡しのついでに、北国銀行へと足を向ける。
     すっかり受付のエカテリーナの元へ赴くと、傍目に分かるほど慌てたような顔をした。
    「あっ、鍾離様。すみません、その公子様は……」
     言いよどむのと同時に声を潜めるものだから、鍾離もそれに習って声量を落とす。今日は別にタルタリヤへの用事ではないと告げると、エカテリーナは僅かに肩の力を緩めた。
    「往生堂の用事でしたか。これは、失礼致しました……」
    「すまない、俺も紛らわしかったな。もう発った後だったか」
     北国銀行は珍しく閑散としている。ちらほらと見える客も、璃月人ではなさそうだ。そっとエカテリーナに訪ねると、小さく彼女は頷く。
    「ああ、お聞きになっていたんですね。その、ご内密になさって頂けると助かります」
     確かに、執行官の立場上動向は秘する方がいいだろう。軽率だったと息を吐き、用事の書類を渡す。
    「すまない、気を付けよう」
     今日は丁度往生堂に手隙の者がいなかったから、その使いで来ただけだ。
    「それだけ確認してもらえればいい。俺はこれで暇しよう」
    「お構いできず、すみません」
     申し訳なさそうなエカテリーナに首を横に振って返し、北国銀行を出る。何かを取り落としたのなら、きっとその時だったのだろう。

    「鍾離、なんか変だぞ!」
     ふとかけられた言葉に、顔を上げる。手には握ったままの槍の感覚、既に敵はいない。心配そうな面持ちで、パイモンと旅人がこちらを見つめていた。
     足元に放り出されていた素材を拾い上げて、旅人に渡す。
    「ありがとう」
     旅人がそれを受け取って、礼を言った。だがパイモンは腕を組んで、しかめっ面を下げている。旅人はそれにちらりと視線をやって、困ったように笑った。
    「戦闘が終わってもぼーっとしてたり、食事の時だってうんちく一つ言わないし。どうしちゃったんだ?」
     パイモンの言葉に、己を振り返ってみる。たった今敵を下し、確かに少し思索に耽っていたかもしれない。だが、そういうこともある。鍾離本人としては記憶もはっきりしているし、特に異常には思えなかった。旅人の方にも伺うように顔を向けると、ううんと唸る。
    「確かにちょっと変かなあ。上の空なことも増えたよね」
    「支障が出ていたならすまない」
     自覚のないことを指摘され、つい謝罪が口をついた。旅人はそれに返すように、眉尻を少し下げる。
    「それは大丈夫なんだけど、体調が悪いとかではないよね?」
    「覚えがないな」
     体の不調など、それこそ数千年単位で記憶にない。大規模な呪いの類いをかけられた時ならいざ知らず、元が頑丈な魂だ。確かめるように己の掌を開き、閉じる。体に巡る岩元素には、何の支障もなかった。
    「とりあえず今日はこれで終わりだし、ゆっくり休んでみたら? 神の心を失った影響かもしれないし」
     確かに空は既に赤く、すぐに日が暮れるだろう。鍾離は、旅人の言に頷いた。一度己を見つめてみるのも悪くないかもしれない。
    「なら、そうさせてもらおうか」
     旅人と別れ、鍾離は帰路についた。

     そして、部屋について早々に鍾離の口からため息がこぼれ落ちる。部屋に所狭しと置かれた書籍の類い。これはいつも通りだ。
     良い物には相応の値段を。鍾離は価値あるものにはモラを惜しまないが、それが自らの手を離れていくことには頓着しない。凡人に成り果てたとて、この手の内は価値あるものにとっては止まり木にしかならないのだ。本当に必要としているものがいれば、その者の手に渡るのが一番である。
     そういう心情もあって、鍾離の所有物は基本的に流動的だ。宝石や装飾品もあれば、勿論書籍に美術品も多い。その性質から、同じようなものが集まりにくいのだ。勿論意識しているつもりはないのだが、と鍾離は書籍のうち一冊を手に取る。
    「北国紀行、か」
     鍾離は、再びため息をついた。部屋にある書籍はいつも通りなのだが、直近に買い集めた覚えのある机に置かれたものが問題だ。北国紀行に、テイワット観光ガイドスネージナヤ編まで幅広い。
     確かにこれは異常だと、ようやっと自覚する。鍾離は、特定のものをコレクターのように集めているわけではないのだ。ひと月の間にこれだけ、とそれらを眺めていると脳裏で笑う顔が過る。
    「そうか、ひと月か」
     つい吐き出したが、あまりに冷静ではない。眩暈がしそうだと、眉間を押さえる。
     一度読んだ書籍の内容を、鍾離が忘れることは早々ない。手ずから確認したスネージナヤへの行程も、既に頭の中にある。全くもって正気ではないが、今まで意識していなかっただけで己が北国への旅程を調べたことも全て記憶に残っていた。
     考えてもしょうがないと顔を上げる。堂主に暇を願ってみるかと、じりじりと急くような感覚を覚えながら本を机に戻した。

     潮風が、鍾離の髪を揺らす。人も疎らな港で、鍾離は珍しく荷物を抱えていた。旅人辺りが見れば珍しいと目を丸くしたろうが、生憎とそれを指摘する者はここにはいない。港を忙しなく行き来する者は、日々を働く漁師や各地を行き交う船乗りに、鍾離のようにこの璃月を発つ船に乗る者ばかりだからだ。
     鍾離としては身一つで構わなかったのだが、変に人目を集めるのは流石に避けたい。先生もようやく市井に紛れる気になったんだね、と幻聴を振り払い、指定の船が来る場所を確かめる。
     堂主である胡桃には止められたが、一応どうにか了承は得た。
    「えっ、スネージナヤ? 鍾離さん正気!?」
     と、飄々とした彼女にしては、素っ頓狂な声を上げていたのが記憶に新しい。というか、昨日の出来事なのだが。
     説得はされたものの、当分の仕事は片付けてはいる。少々強引なやり方を取ったものの、呆れ混じりに胡桃は白旗を上げたのだ。

     だが、正直なところスネージナヤに固執していることに気付いたあの日から、自身の行動に鍾離自身が困惑している。タルタリヤに会うために、スネージナヤに向かう準備をした。だが、どうして会いたいのかという理由に関しては、全く見当がついていない。何か話したいことがあるわけではない、そもそも友人ともつかない間柄である。タルタリヤは、そう思ってはいなかったようだが。

     鋭い笛の音が、鍾離の思考を遮った。そして、小さく波をかき分ける音が近付いてくる。鍾離と同じように船を待つ人々が慌ただしく荷物を抱え始めた。きっとスネージナヤからの船だろう。かの国からの荷物や人を乗せ、またスネージナヤへ発つ。北国銀行があることから、交流自体はあるもののそう短い間隔で船が行き来している訳ではない。これを逃せば、スネージナヤへ渡る機会は中々巡ってこないだろう。
     泊まった船から橋が渡され、そこから人が次から次へと降りてくる。かち合わないように脇へと避け、それらを見送った。商人や旅装の者まで、様々な人間が過ぎ去っていく中、目の前をフードを被った人物が通り過ぎる。が、それが鍾離の目の前ではたと立ち止まった。それが顔を上げた拍子に、外套の奥に早朝の光が射しこんでいく。
     瞬いた瞳は、知っている者と瓜二つの瑠璃色をしていた。そのせいか、鍾離もまじまじと視線を吸い寄せられる。
    「あっ、やっぱり先生だ」
     記憶の中で何度も聞こえた声が、目の前のフードから吐き出された。幻聴ではない、タルタリヤの声だ。タルタリヤが人の流れを避けるように鍾離の方へと歩み寄り、目深に被っていたフードを少しずらす。
    「久しぶりだね、相棒と一緒じゃないのに璃月から出ようなんて珍しいね。それとも、もしかして一緒?」
     きょろきょろと首を巡らせたが、目当ての人物は見つからなかったのかまたこちらに向き直った。それもそうだ、鍾離一人で来ているのだから旅人はいないだろう。
    「先生?」
     訝しげにタルタリヤがこちらを覗き込む。そこまでされて、鍾離は自分が言葉を失っていたことに気が付いた。
    「公子殿は、どうしてここに」
    「えっ、そりゃ戻ってきたんだよ」
     何のてらいもない表情で、タルタリヤが笑う。それで全て察しがついた。
    「やっぱり故郷はいいね、落ち着くよ」
     はあ、と鍾離はため息をついて、近くにいた船員に声をかける。忙しそうな男は煩わしそうに振り返ったが、船客だと気が付いて慌てて笑顔を貼り付けた。
    「すまない、俺は船に乗れなくなった」
    「えっ、ちょっと困りますよ旦那! 今更予約を取り消せって言われても、こっちだって商売でやってるんだから」
     言い募る船員を静止し、財布からモラを取り出す。
    「予約を反故にした対価だ、受け取ってくれ。俺の分の部屋は、倉庫にでもしておいてくれ」
     慌てて船員は手渡したモラを数え始めた。それが船に乗るために必要なモラが満額揃っていることを確認すると、船員は戸惑ったように口を開く。
    「確かにこれなら文句はないですけど、いいんですかい?」
    「ああ、構わないさ」
     困惑しながらもそれでも頷いた男を置いて、タルタリヤの元へと戻った。既に人々は船に乗り込み始めていて、降りてきた者はもうタルタリヤくらいしか残っていない。
    「良かったの先生。あの船、そんなに安くないけど」
     見物に徹していたタルタリヤは、にやにやと口角を緩める。
    「勉強料ということにしておこう。スネージナヤに行く必要はないからな」
    「じゃあご飯でも行く?」
     気軽に、そうひと月前がそうであったようにタルタリヤは宣った。

    「で、先生。俺がいなくて寂しかった?」
     相変わらず不慣れなのか、ぎこちない様子で箸を手に、タルタリヤは鍾離に問いかける。
     まだまだ昼食というには程遠い時間。突然の訪問にも、瑠璃亭の店員は動じることなく上客であるタルタリヤを個室へと通した。常になく辺りは静かだったが、向かいの男は楽しげにスネージナヤの話をしつつ、鍾離に問いを差し向ける。
     その口調から、きっとこうなることを薄ら分かっていたのだろう。しばしの沈黙の後、鍾離は口を開く。
    「その前に、一つ聞いてもいいか」
     そう言うと、タルタリヤは一瞬むっと顔を歪めた。
    「質問を質問で返すのはマナー違反だと思うけど、まあいいよ」
     表情とは裏腹に、鷹揚に促されるまま疑問を吐き出す。
    「元々、一時帰国の予定だったのか」
    「うん、そうだよ」
     実に呆気なく、タルタリヤは己の嘘を認めた。否、実際には詳しく言わなかっただけなのだが、意図的だろう。
    「相棒には口止めしてたんだ。その様子だと、約束守ってくれてたんだね。今度ご馳走してあげないとなあ」
     ほくほくと顔を綻ばせて、食事を口に運ぶ。悪びれるどころか、どこか満足そうにも見えた。
    「まあそもそも、公な帰国じゃないからね。うちの部下も、一部しか知らせてないよ」
     ぱちりと、タルタリヤは片目を瞑る。暗に鍾離だけに秘密にしたのではない、と言いたいのだろうが、文句の一つでも言ってやりたい気分だ。それでも全部呑み込む。
    「でも家族とゆっくり過ごせたし、お土産も喜んでくれたみたいで良かったよ」
     はあ、と眉間を押して、今度はタルタリヤの問いに答えるために口を開いた。
    「ひと月だったか」
    「うん、俺が向こうにいたのは大体それくらいだね」
     思えば、こう長いと感じたひと月は早々ない。
    「俺の部屋に本が三十四冊増えた」
    「へえ?」
     何の本かと、好奇心にタルタリヤの目が輝く。
    「全てスネージナヤに関するものだ」
     心因性の頭痛を堪えながら言うと、向かいから吹き出す音がした。
    「今朝も、公子殿と鉢合わせなければ俺はスネージナヤに行くところだった」
    「ああ、本当に俺のところまで来るつもりだったんだね。ふはは、あー面白い!」
     笑いの虫が収まらないのか、タルタリヤは箸を置いて腹を押さえている。
    「先生がいたからさ、てっきり俺は誰かが帰国の日でも漏らしたかなって思ってたんだけど。そういうことだったんだね」
    「あまりにも短慮な行動だった」
     我ながらあまりに突発的な行動だった。後で堂主には謝罪と暇を返上するとしよう。
    「そして、ここ最近は何かが足りていないような焦燥感があった」
     落ち着いたタルタリヤが、飲み物を口に含んだ後こちらに視線が再び向く。
    「きっとそれが公子殿の言う、寂しかったというものなのだろう」
    「そっかそっか」
     タルタリヤは満足したようにしきりに頷いて、ふいにそれで、と言葉を放った。
    「先生は俺がいなくて寂しくて、それで?」
     鍾離を見つめる目に、期待するような色が見て取れるがそれでと聞かれても返せる言葉はない。
    「それだけだが」
     思った通りに返すと、タルタリヤは殊更に不満げな顔をした。ぶすっと口を尖らせて、行儀悪く皿の上の料理をつつく。
    「何それ、俺の告白も忘れちゃったんだ。最低、嫌いだよ先生なんて。もう!」
    「忘れたわけではないが」
     事実ではない部分だけ訂正するが、気が収まらないのかひらひらと追い払うように手を振られた。
    「いいよもう! でも先生も思い知ってよね。今回は本当に落第ぎりぎりだから」
     そう言ってずいとタルタリヤは、机の向かいから僅かに身を乗り出す。突きつけられた指は、鍾離の顔面に突きつけるようにと伸ばされた。
    「手も伸ばさないくせに、俺がいつでも側にいるって思わないでね」
     挑戦的な顔で、タルタリヤは高らかに宣言する。
    「今度は、先生が俺に懸想することになるよ。楽しみにしてるから」
     そうしてやっと溜飲を下げたのか、軋む椅子に座り直した。
    「ふむ、考えておこう」
     今のところ、タルタリヤのいうような感情は己の内には見て取れない。だが、自覚なくともひと月でこれである。万が一がないとも限らない。
    「ほんと最低だよ。先生にはお土産なしね。相棒とおちびちゃんに上げちゃうから」
     まだタルタリヤの機嫌は直らないようだ。生憎と先の船代で、財布の中身は殆ど空のようなものである。見放されては困ると、瑠璃亭の新作でも頼もうと店員を呼んだ。
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    hariyama_jigoku

    DONE鋭百小説(鋭百々)。付き合ってていちゃついてる二人。互いの無意識の話。
    侵食 ちゅ、ちゅ、とリップ音が鼓膜を舐めるように繰り返される。くらくらと、その度に指先から全身に火が点っていくようだった。無意識に腰が引けるが、腰に回された腕が程よくそれを妨げている。
     眉見の肩に手を置くと、それを合図と思ったのか殊更ゆっくり唇が合わせられた後に緩慢に離された。吐息が濡れた皮膚に当たって、妙に気恥ずかしい。口と口をくっつけていただけなのに、なんて女の子みたいなことは言わないが、一体それだけのことにどれだけ没頭していただろう。腕がするりと離れ、柔らかなベッドに手を置いて体重をかける。
     勉強会という名目だった。元より学生の多い事務所では、勉強会がよく開かれている。C.FIRSTは専ら教え役だったが、S.E.Mなど加われば話は別だ。いつしか習慣と化したそれは、ユニットの中でも緩慢に続いている。事務所に行くだけの時間がない時。例えば定期テスト中―――下手に行けばつい勉強が手に付かなくなってしまう―――とかは、互いに課題を持ち寄って百々人は秀の、眉見は百々人の問題を見る。最初は二人が眉見に遠慮したものの、受験の準備になるからと押し切られる形になった。今日もそうなる予定だったが、秀が生徒会の仕事で欠席することを知ったのがつい一時間ほど前である。今日はやめておくかと聞こうとした百々人に、眉見が自分の家に来ないかと持ち掛けて今に至る。いつもは何かと都合の良い百々人の家だったのだが、一人で来るのは―――それこそ二人が付き合い始めてから来るのは初めてだった。
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