大好きだよ!/大好きです!今日も今日とて集会所は騒がしい。
「きょーかーん! おはようございます、私は貴方のことが」
「やあ!! 愛弟子おはよう!! 今日も元気だね!!」
すぐ近くから、いつものように聞こえてきた爆音が鼓膜を破る前に素早く耳を塞ぐ。
その爆音を間近で浴びた弟子は慣れてるのか耳を塞ぐまではしていなかったが、言葉の続きが失われるのには十分だったらしい。
にこにこと腹立つぐらいに爽やかな笑みを浮かべている師匠に対して、ひどく不満そうに頬を膨らませる。
「もお! なんで最後まで言わせてくれないんですか!」
「ん? なんのことかな? それはさておき聞いてくれ愛弟子。俺はキミのことが」
「あーーー!! そういえば緊急クエスト入ってた気がしました!! ですよねミノトさん!?」
今度は弟子の方から、師匠に負けず劣らずの爆音が上がる。
そのまま、『巻き込まないでください』と言わんばかりに顔をしかめている受付嬢の元へと走り去って行ってしまった。
その場に取り残された男、ウツシは、先ほどの弟子と同じく最後まで言葉を紡げなかったことで、うぐぐと悔しそうに歯噛みしている。
「アンタ達さぁ……いい加減にどっちか折れなよ。正直どっちからでもいいじゃないか。」
「アヤメさん……、そうは言われましても、こればっかりは俺から言いたいんですよ。男としての沽券もありますし。」
その沽券とやらで毎回毎回茶番を見せられる身になってみろと、深い溜め息を吐く。
そう、茶番なのだ。
ここで今朝もダメだったかと少々萎れているウツシと、その愛弟子である少女は誰の目からみても両想いの二人だった。だが、何をどう拗らせたのか告白は自分からする!とお互い譲れないらしい師弟は、毎日顔を会わせるたびに想いを告げようとする。しかし、たった今見せられたように持ち前のデカイ声で互いの告白を妨害し合うという、不毛な争いになっているのだ。
もはや里の名物と化すほどに見慣れた光景ではあるものの、目の前で頻繁にやられてばかりでは苦言を呈したくもなる。
もちろんこの男だけではなく、弟子の少女にも何度か話しはしたが、この頑固師弟。
一度こうと決めたら曲げないところまでよく似てしまった。
「そんなことばっかりしてさ、取り返しつかないことになっても知らないからね。」
「心配ご無用ですよ! 俺は愛弟子が好きだし、愛弟子も俺のことが好きなんですから。」
―― 大丈夫ですよ! 私が教官が好きなこと絶対変わりませんし、教官だって私のこと好きですから!
同じ台詞で自信満々に胸を張るところまでそっくりだなと、つける薬のない師弟へ向けて呆れたように肩をすくめた。
明くる朝、集会所のいつもの定位置で欄干に凭れながらここへくる途中で里の娘に貰った箱を見つめる。
――そういや今日はバレンタインだったね。
女性から想い人へ告白するにはうってつけの日だ。贈り物を渡すだけでも告白と同義になりうることもある。流石にあの男も弟子からの贈り物まで受け取り拒否はしないだろう。
ついに今日がお騒がせ師弟の年貢の納めどきになるかもしれない。
そんなことを思っていると、噂をすればなんとやらか、屋根の上からいつも通りにウツシが大した音も立てずに着地する。
ガタイの良さからは想像出来ないほどに機敏な動きをする男は、ハンターとしての腕も上々で見た目だけなら相当モテるだろう。
だが、どこか抜けたところの多い性格と変わった趣味などの言動が台無しにしてしまっているのだから、本当に残念な男だなと思う。
そんなアヤメの評価に気づくわけもない男は、いつもの通り爽やかな笑顔で挨拶をしてくる。
「おはようございますアヤメさん!」
「ん、おはよ……、ってそれは……?」
ウツシの武骨な手にあるのは綺麗にラッピングされた可愛いらしい箱。つまりはバレンタインのチョコに違いない。
この愛弟子命の男が他の女性から受け取るわけがないとくれば、とうとうくっついたのだろうか。
出来ることならば見届けてやりたかったが、あの茶番がようやく終わるなら贅沢も言えない。
「それあの子からでしょ? やっと腹くくったの?」
からかうように口角をあげて男に声をかければ、予想もしなかった言葉が返ってくる。
「え、違いますよ?」
「……はぁ?!」
まさか弟子を差し置いて別の女性から貰ったのかと目を剥けば、慌てたようにウツシが手を横に振る。
「あっ、いやいやそうじゃないです! これは俺が用意したんですよ!」
「……はぁぁあ?」
二度目のはぁ?である。
意味が分からないとばかりにウツシを睨め付けると、彼はもだもだと説明を始めた。
「その、ロンディーネさんからバレンタインは本来男性から好きな人に贈るのが主流だと聞いてですね……、このままだと愛弟子に先越されそうだったので、俺からも渡していいなら先手打とうかなって思いまして。」
言い訳を聞いても頭が痛くなりそうだった。恋に勝ち負けもないというのに、どれだけ競り合ったら気が済むのか。
いや、そんなことよりも懸念がある。
「いいからさっさとそれ仕舞いなよ。あの子そんなこと知らないんでしょ。なのにそんな小綺麗な箱をアンタが持っているの見たら……」
「きょ……教官……?」
遅かった。
いつの間にかウツシの後方で立ち尽くしている弟子の少女。その手にはハート型の箱が握られていたが、それを忘れてしまったかのように彼女の目線は、ウツシが持っている贈り物と丸分かりの箱にだけ注がれている。
「あ! 愛弟子おは……ってええ!? ど、どうしたんだい!?」
みるみるうちに少女の瞳に涙が溢れ、ぽたぽたと頬から零れ落ちていく。突然のことにおろおろと動揺するウツシが、少女を宥めようとしたのかその肩に触れた途端。
「きょうかんのばかああああああ!!!!」
「えっ!? ま、まなでしぃぃい!?」
ばっと手を振り払われ、師匠への罵詈雑言を置き土産に彼女は集会所から走り去ってしまった。
最悪の事態に頭を抱えそうになったが、こうはしてられない。
まずは、愛する弟子に拒絶されて呆然と立ちすくむ男の背をおもいっきり蹴り飛ばす。
「ぐぉっ!いったあああ!?」
「この馬鹿男!! ぼけっとしてないでさっさと追いかけなよ!!」
勢い余ってごろごろと階段から転がり落ちた男を、上から怒鳴り付ける。
よろよろと立ち上がる男は何が起こっているのか未だに分かってないようで目を白黒とさせていた。
「ま、愛弟子が、なんで泣いて……?」
「それはアンタのせいじゃないか! そんな箱これ見よがしに持っていたら、他所の女に貰ったんだと勘違いするに決まっている!」
びしりと指摘してやれば、ようやっと事態の深刻さに気がついたのか、さあっと顔色を青ざめさせていくウツシ。
はやくいきなよ!と再度吠えたてれば、「ま、愛弟子ぃ! 待ってくれぇぇ!!」と持ち前の機敏さをフル稼働させて彼女の後を追っていった。
お騒がせ師弟が去った集会所で、はーっ…と怒りを含んだ溜め息を吐き出すと、「お疲れ様ニャ、サービスだニャ。」とオテマエが、茶と団子を持ってきた。
「ああ……、ありがとうね。」
オテマエの気遣いか、叫んで枯れた喉を潤しやすいように少し温めにしてあるお茶をぐいっと飲み干して、やっとのことで人心地がつく。
「どうなるかニャ、あの二人は。」
「さて、ね。あとは二人に任せるさ。それにこれ以上拗らせたらアタシももう知らないよ。」
飲み干した湯呑みをことりと盆に置くと、熱い茶の入った湯呑みがいれ代わりになった。相変わらず客へのおもてなしが見事なオテマエに礼を述べつつ、うさ団子を一つ頬張る。
今日は特別と、チョコソースがたっぷりとかけられた団子は、程よい甘さで今日と言わずに定番メニューにして欲しいものだ。
もぐもぐと口を動かしながら、今頃あの師弟はどうしているかと想いを馳せる。
オテマエにああはいったが、また二人の間でなにかあれば口を出してしまうに違いない。所詮自分も実のところはこのカムラで暮らす人々に似てお人好しなのだ。
それに例え自分が口を出さなくても、回りがあの師弟をどうにかしようとするはず。
ウツシの背中を蹴飛ばしたとき、ミノトは受付から飛び出そうしていたし、ゴコクはテッカちゃんから鬼の形相で降りるところだった。
オテマエは団子の串を投げつけるべく構えていたり、あのハナモリでさえ立ち上がりかけていたのだから、結局のところ皆あの二人が大好きで、なんとかしたいのだろう。
「ま、これに懲りていい加減くっついてくれればいいけどね……」
二本目に手を伸ばしながら思わず呟いた独り言に、集会所中の皆が静かに頷く。
「あ、愛弟子……」
ウツシが里中を駆け回って見つけた愛弟子は、川のほとりに座りこんでいた。
立てた両膝の間に顔を埋め、時折肩を揺らしながらすんすんと鼻を鳴らす音も聞こえてくる。
彼は足音を忍ばせることなく彼女の横に近づき、その隣に腰を下ろす。手甲を外してそっと頭を撫でるとびくり、と体が震えるが、それ以上の拒否反応はされなかった。
「ごめん、愛弟子。」
「……ど、して、教官が謝るん、ですか……。悪いの、意地はってたわたしなのにっ……だか、ら、教官も、嫌気がっ……、さしちゃったん、ですよね……」
顔を埋めたまま、ぐすぐすと声を詰まらせる少女。調子に乗って張ってしまった意地が、結果的に彼女をここまで傷つけてしまったのだとウツシはここにきて酷く後悔する。
以前アヤメに忠告されたときに、きちんと向き合っていればよかったのだ。
「違う、違うよ愛弟子。俺だって必要ない意地張ってたんだ。俺教官なのに、キミに手本見せるどころかこんなに辛い思いさせてしまった……教官失格だよね。」
「! そんなことないですっ! 教官は悪くなんか……!」
ようやくがばっと顔を上げた愛弟子の肩を軽く押さえて首を振る。
「いや、俺が悪いんだ、キミこそ悪くないよ!」
「違います! 私が悪いんです!」
お互い相手は悪くない、自分のせいだと言い合ううちに、ヒートアップした二人は、んんん……!と不満そうに睨み合う。
すわ険悪な雰囲気かと思いきや、耐えきれなかったのか二人はほぼ同時にぷは、と吹き出した。
「何やってるんでしょうね私たち……」
「ほんとだね、何やってるんだろう……」
しばらく二人でとうとうと流れる大河を並んで見つめる。ややあって思い出したようにウツシがポーチから箱を取り出した。
「そうだ、これなんだけどね……」
「あ、それ……」
少し表情を曇らせる愛弟子だが、ウツシは彼女を安心させるように微笑む。
「これ、俺が自分で用意したんだよ。キミに渡すために。」
「えっ、嘘……! だって男の人から渡すものじゃあ……。」
「嘘じゃないってば。」
そう言ってウツシが、アヤメに説明したようにロンディーネの国の風習を語ると、勘違いしていたと知った彼女は、恥ずかしさやら申し訳なさやらで顔を赤くしたり青くしたりと忙しそうだった。
「わ、私、勘違いで教官になんてことを……! 」
「気にしないで愛弟子。知らなくて当然のことだし、勘違いさせるようなことをした俺が悪い…、いや原因なんだから。」
自分が悪いと言えばまたさっきの無益な言い合いになってしまうと、慌てて言い換える。
「けれど暴言吐いたのはダメですよね、ごめんなさい教官。」
「うん、俺もごめんよ愛弟子。」
ぺこりと頭を下げる愛弟子と一緒にウツシも彼女に向かって頭を下げた。
これでこの件については仕舞いにしようと提案すると、ですね!といつもの元気な声が返ってきた。
ようやっと彼女の笑顔が見られたと内心で喜んでいると、ごそごそと彼女がポーチの中を探り出す。
「それじゃあ仕切り直して、……教官!これ、受け取ってください!」
愛弟子から差し出されたのは可愛いらしいリボンや包み紙で装飾されたハート型の箱。
このまま受け取るのは簡単だが、仲直りついでにウツシはもうひとつ提案を重ねる。
「ねぇ愛弟子、俺のも受け取ってくれないかな。お互い同時に渡す感じでさ。」
それならどっちが先ということもない。今までの不毛な争いに終止符も打てる。
それにウツシとて、早く彼女と恋人になりたかったのだ。
「いいですね! そうしましょう!」
それは愛弟子も同じ事。里内はほぼなくとも外つ国の人からはやたらモテる教官が掠めとられてしまわないよう、早く恋人同士になって堂々とその隣に立ちたかったのだから。
差し出された互いの箱をそれぞれせーので手に取る。
ウツシは愛弟子からの贈り物を、愛弟子はウツシからの贈り物を手に微笑みあうと、まるで示しあわせたかのように口を開いた。
「俺はキミが」「私は貴方が」
「「――――!!」」