てのひらに愛を 本部からの帰路、隣に歩く神田がスクールバッグを持ち換えた拍子に弓場は気づいた。
「どうした」とかけた声に神田は「え?」と振り返る。
「手袋だよ、どうした」
言われて、ああ、と呟くように答えた神田が浮かべた十八歳の少年相応のはにかんだ笑みに弓場は慈しむように目を細めた。
弓場が知る冬の神田の手を覆っていたレザーの手袋は小学生の時に亡き父へと贈った誕生日プレゼントだったが、タンスの肥やしにしていても仕方がないでしょ、品物はちゃんと使ってあげなきゃという母親の言葉のもと、サイズが合うようになったこともあって大事に使われていたものだった。
「すみません、弓場さん。帯島に貸しちゃって」
「帯島に?」
「ええ。あいつ、朝会った時に手袋を学校に忘れたって言って手、こすってたんですよ。寒そうに真っ赤な指で」
こんな風に、と神田も拝むみたいにして合わせた手のひらを上下させてみせる。
「だから、本部のロッカーに予備があるからって貸してやったんです。あいつ、家まで自転車じゃないですか。さすがにしんどいかなって。ま、関節ひとつくらい余って笑ってましたけど」
なるほどな、と弓場はその帯島の様子を思い浮かべて、柔らかな気配を口元に漂わせた。
「それにしても予備たァ、雑な方便使いやがる。帯島みてェーな素直なやつでもなきゃ騙されねェ―ぞ?」
弓場はぐいと乱暴に神田の片腕を引くと、口を使って自らの手を覆う手袋の片方を外して、寒気に赤みを帯びた男の手にそれをはめてやった。
「弓場さん」
「褒美だ。くれてやる」
「えー、片方だけですか」
甘ったれるように引き寄せられて近づいた弓場の耳元に、そっと神田は囁く。
「こっちはこれで我慢しやがれ」
手袋を与えられなかった、裸の神田の手に弓場は指を絡めるように握るとそのまま自分のコートのポケットへと招くようにして突っ込んだ。
「……あったかいです」
「俺はちっとばっか冷てェなァ」
そう言いながら笑う弓場はそれでも手放すことなく握る手に力をこめ、神田もまた応えるようにその温かくて優しく強い手のひらにすがるように握り返した。