夢の途中ぼくはいつかあなたの元を離れると思います。だから、もし、いつか作るぼくの隊が、あなたの隊をランク戦で抜くことが出来たら、ぼくの願いをひとつだけ叶えて貰えますか。弓場先輩しか叶えられないお願いです。それは……。
そんなやりとりをしたのは、王子が弓場隊に入隊した直後のこと。まだ、弓場が六頴館の制服に袖を通して、王子が中学の制服を身につけていた春のこと。
「あなたは最愛の腹心である神田を手放した上に、神田と同じ隊員だったぼくと寝るんだ。とてつもない罪悪感で死にそうなくらいじゃないんですか。後悔してませんか、あんな約束するんじゃなかったって」
「ふざけんなよ、王子」
シティホテルの一室で、熱いシャワーに当たって色白の肌を上気の色に染めて見上げる王子を、ベッドにむっつりとした顔で座り込んだ弓場がねめつける。
「俺は一度てめえで決めた約束は裏切らねェーよ。今さらイモ引いてられっか」
だがな、王子、と弓場はその王子の腕を引いて、ベッドへと押し込かす。タオルで拭いてきたものの、濡れてしっとりとした王子の栗色の髪が柔らかな照明を受けて淡く光る。
「そんな理由で抱かれて嬉しいか、ァ!?」
「ええ、嬉しいです。それでもあなたと一度でもセックスできるなら。ぼくのプライドとか見栄とか、そんなものはどうでも」
「王子、おまえ水上とデキてんじゃねェのかよ」
知ってたんですか、とくすくすと小鳥のように王子の喉が笑みを囀る。
「そこまで節穴だと思ってたか」
「いいえ。でもそれはそれ、これはこれです。ぼくはみずかみんぐのことが好きです。でもぼくはずっとあなたを手に入れたかったんです」
その言葉に弓場は眉をひそめる。その不愉快さごと掬い取るように、王子の唇が眉間に触れる。
「……そんなの絶対に無理だと思ってたから」
「気がしれねェ」
中射程であるはずの銃手のくせに、近接距離で身を晒しながら激しく交戦する、矛盾を携えた拳銃使いの指。王子がまだ若葉の頃、焦がれ、憧れ、何度も救われたその指をまるで飴を含むようにうっとりと王子は唇に取り込む。爪のきわを、指の腹を、ねっとりと舐め回す熱にか、弓場の背が僅かに波打つのを、回した手に感じて、かつて部下だった男は緩く目を細めた。
「だって望みは叶わなければ、ずっと願っていられるじゃないですか」
「……」
「手に入れられないものほど、輝かしく、愛おしいものはないと思うんですよ、ぼくは」
「だったらお前にとっての水上の『価値』はなんだ?」
「みずかみんぐだって、手になんて入ってませんよ。彼の心の一部は、奨励会を辞めたあの日からずっと盤上に置き去りのままで。穴だらけでぼろぼろで、でもそんな心臓を色々な理由で矢倉みたいに何とか囲って、こんな物騒なだけで思い入れも何もない街でやり過ごしてる。だから、ぼくは彼が好きなんです」
「本当に気が知れねェよ」
「はい、それでいいんです。ぼくは、それで。弓場さんにとって理解しがたい化け物で」
王子は弓場の胸板に手をついて、少しだけ距離を取らせて、にっこりと愛らしく可憐に微笑する。きっとこの手にかかる重みはトリオンの身体では感じられなかったものだ。生身で感じるこころと、トリオン体で感じるこころは等しいのに不思議だ。
自分たちは生身よりも長く、長く、偽物の身体で過ごしているのに、こころだけはどんどん育まれて、形作られていく。
「それでも弓場さんにとってぼくは可愛い元隊員でしょう」
クソ、と弓場は大きく毒づいて、それでも王子を引き寄せた。
義理堅くて、逃げることを知らないあなたにつけいるのなんて、楽なことなんですよ。