猫が見ていた 行きたいか、と訊かれた。
居合といえど、人殺しの技。だから真剣を使う。
そう言って、父親は伝来の直ぐに樋をかき通した刀の鯉口を切り、三寸ばかり見せたその刀身にちょうど生駒の視線を迎えるようにかざした。
『おまえが7つの頃から持たされたこれは命を断つ為の道具や。例えば誰かを救う為、例えば主の命、例えば己の矜持を守らんが為……どんな言い訳をしようと人を殺め得るゆえのこと。それをなそうとなすまいと。おまえはこれを手にして得た技術で、どうあれ何かの命を斬ることになる。その覚悟は出来てると思うとるか?』
『……それは』
まだ十六の生駒はとっさに答えることが出来なかった。
一年ほど前の春のことだった。三門市という、京都で生まれ育った生駒からしたらあまり聞いたことがない、どこの県にあるのかもとっさに出てこないほどに見知らぬ街はその日、一気に日本国内ばかりか国外にもその名を知らしめることになった。まるで日曜朝の子供番組から抜け出てきたような、異世界からの望まれない来訪者によって。
そしてつい先日のことだった。街を蹂躙した化け物を倒し、今や街を守る盾となった防衛組織の人間が生駒の住む街に勧誘しにやって来たのは。
説明会があると聞き足を向けたのは、いつかテレビで見た、新しく入隊したという同じ年のふたりの防衛隊員の少年の姿が脳裏に過ったせいだったかもしれない。
答えを探しあぐねて口をつぐんだ息子にその父は、開け放たれた掃き出しから見える塀の上を歩くチャトラの猫を指さした。近所のあちこちで見かける野良猫だ。まるで自らを俎上にあげていることを悟ったように、その猫は足を止めると、そのあかがね色の瞳をこちらへと向けた。
『あれもひとつの命。斬れるか、達人』
それでどないしたんですか。まさか斬ってもうたんちゃいますよね!
かげうらで鉄板を囲みながら、隠岐が悲鳴交じりに声を上げる。
「斬ってへん斬ってへん」
ひらひらと生駒は手のひらを泳がせた。
「誰も飼ってへん猫かていけずしよったら、動物愛護法でおロープを頂戴することになるで~ってじいちゃんがツッコんでな」
「なら良かったです。はい、どうぞ」
「おう」
拍子切りにしたお好み焼きの一片を生駒の皿の上に乗せてあげながら、水上はその横顔を伺う。ぱくりとお好み焼きを口に放り込む生駒はいつも通りしごく真面目な表情で。
「もしそこでおじーちゃんがツッコんでくれなかったらどないするつもりやったん?」という真織の問いに、生駒はごくりと飲み込みながら考え込む。
「あー……どうするつもりやったんやろなあ。覚えとらんわ。あ。海、そっちの海鮮ミックスもうひっくりかえせるやろ」
「はーい」
「待て待て片手でやるな無理だアホ崩れる」
ほら見ろ!と水上が止める間もなく、まだ半生の生地はタコやイカやエビ諸共に崩れてべちょりと無様なありさまで、しかし鉄板に炙られていい匂いを上げる。
「火が通れば大丈夫だから、ま、ええやん?」
鷹揚な隊長の言葉に「そうですよね!」という反省の色のほとんどない戦犯の明るい声を聴きながら、水上は彼の手のひらが血に染まっていないことに嫉妬のような思いを抱いていた。