君は可愛い弟の恋人 貝殻に詰められた、紅を筆先にとる。あごを優しく掴み、筆先を唇の線に沿わす。体温で溶けた紅が彼女の唇の形に彩られていく。
「……ふぅ」
「終わった?」
「全然っ!む、ずかしいよ、化粧って。普段こんなこと、しないんだしさあっ」
息を止めて筆を操っているものだから、SAIの顔にはびっしり汗の玉が浮かんでいる。この日のために新調したジャケットを椅子にかけ、ピシリとのりのかかったシャツは腕捲りをしたせいで既に若干のシワがよっていた。
「はあ〜……緊張する。はい、もう一回、目閉じて!」
「ん」
返事をしつつ、スタンリーはそのまま、目を開けていた。SAIの指が再びあごにかかり、数学とプログラミングの為になら踊るように繰られる指先が震えながら、義妹になろうとする女の唇に色をのせるためにぎこちなく動くのを、見ていた。
「……目、閉じて」
「んー」
「あっ、喋んないでっ!ぶれるっ!」
SAIの目が吊り上がる。スタンリーは笑うのを堪えながら、必死になっている義兄の顔を眺め続ける。
「今からでもっ……遅くないからっ……プロに頼めないの……」
「いーや、無理だね。俺が義兄さんにやってもらいたいから」
「喋んないでっ!本当に……我儘な弟だけじゃなくて、いじわる義妹まで出来るなんて先が思いやられるよっ!」
部屋の外では新郎が、愛しの妻と大事な兄が出てくるのを今か今かと待っている。スタンリーは目を閉じる。龍水の出番は今ではない。彼にはこの後、義兄が苦心して乗せた色を唇で奪う役目が待っている。