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    オメガの首輪が愛の深さの証明とかになっている世界
    千綴/オメガバース

     綴の目の前には木製の箱があった。三十センチ四方ほどの大きさでダークブラウンのそれは、歴史を感じさせる重厚さ持ち人目で高級品であることが分かる。どうやらそれはアクセサリーボックスのようで、蓋を開くときれいに整頓された首輪がずらりと並んでいた。綴は中身をじっと見つめると困ったような、それでいてどこか優越感を讃えたため息をこぼした。
     物の価値でどれだけ愛されているかをアピールする、そんな人物に出会ったことはないだろうか。少なくとも一度話を聞いたことはあるはずだ。そういう人物はこれ見よがしに高級品を身につけたり、贈り主の手作りで世の中にただ一つしかないのだと吹聴したりする。それだけ自身が大切にされているのだ、価値があるのだという自己顕示である。これは贈る側も同様で、自身の甲斐性のアピールでもあり恋人は自身のものであるという牽制にもなる。お互いウィンウィン。困るのはそれを見せつけられる周囲だけなのだから。
     さて、唐突にこんなことを言い出したのも当然意味がある。オメガの首輪についてだ。アルファから番であるオメガに首輪を贈るといった慣習はとうの昔に世間に浸透し、別の意味を含むようになった。すなわち、どれだけ番を愛しているか、愛されているかの証明だ。素材の価値、デザインの質が良ければ良いほど、数は多ければ多いほど、アルファの愛が大きいことが示される。もちろんこれには個人差がある。質を重視するもの、数を重視するもの、中には首輪には重きを置かないものだっている。この場で説明したいのは、オメガの首輪に対する世の認識がそういうものだ、ということだ。
     冒頭に戻って、綴の目の前にあるのは首輪の山。何を言いたいかはすでにお気づきだろう。綴の番は独占欲の強い方だった。それはもう、強い方だった。ついでに言うと、エリート商社に勤め海外を飛び回る彼は綴が一年かけてようやく手にできるような金額を一月で稼ぐこともあるような人物、要するに金もあった。今までは趣味もなく忙しくしてたからと使いどころのなかった貯金を楽しげに散在しだしたのはいつ頃だったか。それから使った金額を考えると体調が悪くなるので綴は必死で目を逸らす用にしている。まあ、逸らした先には彼の趣味で固めた綴のクローゼットがあったりするのだが。
     最初は良かった。なにせ一本目の首輪だ、感覚的には結婚指輪に等しい。目玉が飛び出るような金額であっても自分のことを思ってのことだと素直に喜べた。だが、そのレベルの首輪が二本、三本と増えていくにつれ焦りを覚える。いやまさか、と誤魔化して誤魔化しが効かなくなるまで一月ほど。短すぎる。綴は千景と話し合いの場を設けた。その時点で首輪は五本。洗い替えを考慮しても十分だと。気持ちは嬉しいが千景のためにもそう頻繁に買わないで欲しいと。その場で彼は納得したように首肯したので、綴は一安心と胸をなで下ろしたのだ。それが、間違いだとも気づかずに。
     話し合いから三ヶ月ほど、映画デートで盛り上がりホテルで一夜を明かした翌朝。目が覚めると見覚えのない首輪が首につけられていた。綴は洗面所から飛び出し千景に詰め寄る。
    「千景さん!! これ何!?」
    「何って……、首輪?」
    「そうですけど! もう買わないって約束だったでしょ!」
    「え、頻繁に買わないって話じゃ……」
     キョトンとした千景に綴は衝撃を覚えた。悪びれた様子もなく戸惑いを浮かべている千景。間違いない、本気でそこが問題だと思っている。綴は一度意見をすりあわせるべきだと判断した。それも第三者を交えて。綴の行動は早かった。その場でメッセージアプリの一番上にいた至に一方的に立会人を頼み早々に帰寮する。一〇三号室に直行した時の至の顔は今でも罪悪感におそわれるほどに迷惑そうだった。
    「可愛い息子兼弟分とそれなりに尊敬する先輩兼父親の痴話喧嘩に巻き込まれる俺に気持ち分かります??」
    「よく分からないけど大変そうだな、頑張れ」
    「綴、本当にこの人でいいの? 今からでも番変えられない??」
    「現代医学じゃまだ無理っすね」
    「ここ不思議と医者志望はいないんだよな、こんなにもバラエティ豊かなのに」
     雑談で場を和ませ、本題に入る。話し合いの中、やはりお互いの認識がずれていたことが発覚し妥協点を模索した結果、一月の金額を取り決め、超過した場合は超過分繰り越し扱いとなった。例えば一月十万までとして、首輪が三十万なら次に受け取るのは三ヶ月後といった感じだ。綴としては五本あれば十分なのだが、千景と同じくアルファである至に説得されたこともありこのような結論になった。至いわく、最悪監禁されてエロゲのような目に遭うぞ、と。あまりにも真剣な目をしているので綴はそれに気圧され以上の条件に同意した。千景も少々不満げではあったがそこも上手く至が取りなしてくれたので綴は至を選んで良かったと心底思った。まさかアプリの一番上にいたから選んだのだとは口が裂けても言えない。これは墓まで持っていこうと無駄な決心をし、首輪問題は収束したのである。

    「でも、それにしたってなあ」
     綴だって嫌なわけではない、むしろ嬉しい。だが、無邪気にそれを受け取れるほど綴は金に疎くなかっただけだ。
     もう一度首輪を眺め、そのうちの一つを首につける。蓋の裏に取り付けられた鏡を見ながら首を左右に回しおかしいところがないかの最終チェック。確認を終えるとそっと蓋を閉じて引き出しの一番下にしまう。この、箱をしまう瞬間が綴は好きだった。それはおそらく、自分だけのものだと実感できるからだ。
    「綴、準備できた?」
    「はい! もう行けます!」
     傍らに置いていたカバンを掴み、扉から少しだけ顔を出す恋人の下に向かう。自身のプレゼントで身を固めた恋人に満足そうにうなずいて千景は綴の手をとった。
    「お熱いですねー」
    「うわ、至さんも居たんすか」
    「居ちゃだめなの? コーラ取りに行くだけだよ」
    「じゃあ茅ヶ崎、俺たち今日帰らないから。部屋は汚すなよ」
    「お盛んですねー、行ってらっしゃい」
    「行ってきます」
    「……行ってきます」
     至に何か言ってやりたいがどう言っても自滅する気がして綴は挨拶だけを返す。二人を見送る至はやっぱり迷惑そうな顔をしていた。
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