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    町日

    助っ人に西園寺が入ると聞いた時、ああ、このコンクールはもうダメだなと思った。天上天下唯我独尊を地で行く我が校きっての天才、西園寺エニス皇帝陛下。彼は前述の通り、協調性の欠片もなかった。カルテットを行う上で一番重要なのは息を合わせることだろう。誰とでも、いつでも合わせられる。それが一流に求められる素養だ。西園寺にはそれが欠けていた。だから無理だと思った。
     しかし、意外にも西園寺はカルテットを経て少しずつ変わっていった。人と変わることで今まで投げ捨てていた情緒が育ったらしい。当然、演奏にもそれはプラスに働いた。コンクールで優勝が狙えるほどに。もしかしたら、優勝できるかもしれない。出場すら怪しかった俺たちが。できるだろうか。いや、やってやろう。そうしたら、もう少しだけ勇気が出るかもしれない。

     なんて、青春っぽく表してみたが大したこでは無い。優勝できるかも、なーんて、浮かれた思考に引きづられ勢いの波に乗ってしまえー!ということである。そして乗った。展開が早い?? そんなことは知らん。そちらで適当に補完しておいてくれ。
     俺は教師である町田先生が好きだった。男性教諭である。惚れた理由諸々もここでは割愛する。好きに妄想してくれたまへ。教師と生徒、そして同性。茨も茨の道を神様は俺に課したわけだ、クソッタレ。勝率なんて一割あればよくてほぼゼロ。やるだけ無駄。それならちょっと困った可愛い生徒として先生の記憶に残ろうと程よい距離感を保っていたわけだけど、ここで『やるだけ無駄』案件の代表だったコンクールで大金星を手にしたわけである。そりゃ浮かれてもしゃーない。そんなこんなで、俺は町田先生へ愛の告白を致しました!!
     先生が女生徒からは何度も告白されてたのを知っていたから告白自体は特に抵抗はなかった。きっと先生は優しいから表面上はちゃんと振ってくれるという信用もあった。内心はどうかわかんないけど。やっぱり、気持ち悪いかな……。あと半年もすれば居なくなるのだ。それまでは少しだけ我慢して欲しい。できる限りの接触は控えるから。思考はマイナスに振り切っていた。
     呼び出したのは人気な無い校舎裏。俺のさぼりスポットだ。この二年、誰ともかち合ったことはないので人気のなさは折り紙付きである。ドッコドッコと人として不安になる音を奏でながら待っていれば、待ち人がやってきた。
    「こんなところあったのか……」
    「知らなかったでしょ!」
    「自慢気に言うんじゃない、どうせここでサボってたんだろう」
    「うん。まあ、ここだけじゃないし、いっかなって」
    「……他にもあるのか」
     俺の言葉にげっそりとした様子で答える町田先生。把握してないサボりスポットがあるという事が余程憂鬱なようだ。可哀想だから、卒業する時に教えてあげよう。そこでようやく目的を思い出した。
    「ねえ、町田先生。これから俺がいいこと真剣に聞いて貰っていい?」
    「ん……? 深刻な話か?」
    「俺にとっては」
    「分かった。約束する」
     当たり前みたいに、約束するって言ってくれる。こういうとこが好きだった。適当な振りして、サボってる俺でも、本当にしんどい時はこうやって町田先生は真正面から受け止めてくれるんだ。だから、今日も甘えてしまおう。きっとこれが最後だから。
    「おれは、町田先生が好きです。恋愛感情として。これは、一時の気の迷いや、勘違いなんかじゃない」
     ひゅっ、と先生の喉が鳴る。無理もない。きっとこんな風に劣情をぶつけられるだなんて思ってなかっただろうから。今更罪悪感が湧いてきたけど、止める訳にもいかなかった。
    「付き合いたいとか、思ってるわけじゃないんだ。いや、付き合えたらそりゃ嬉しいんだけど。俺は生徒で男で、先生は教師で男で、望みなんてゼロだろうし」
    「……ならなんで言ったんだ。それなら黙って置けば良かっただろう」
     やっと開かれた先生の口から出たのは返事ではなく、問い詰めるような声。やはり、迷惑だったんだろう。ツキりと刺す痛みを無視してそれに答える。
    「コンクール、優勝しちゃったから……かな。あいつが怪我して、代役が西園寺、上手くいくはずないって思ってた。なのに最高の結果がでちゃって。もしかしたらこの思いを伝えてもそんなに悪いことにはならないんじゃないか、なんて。夢見ちゃった」
    「……また、西園寺か」
    「先生?」
     俯いて、先生はボソリと何かを呟いた。その声は小さくて、どこからか聞こえてくる演奏にかき消されてしまった。普段なら気にならないその声も、今は聴き逃してはいけなかったんじゃないかと不安になる。ハラハラ、ソワソワと俺はその場で身動ぎした。
    「俺は、今のお前とは付き合えない」
    「っ、そ、うだよね……」
    「ストップ、話は最後まで聞きなさい。……お前のことを考えるのなら、キッパリと断るべきなんだって分かってる。それでも、お前を手に入れられるチャンスが降ってきたんだ。俺はそれを掴みたい。」
    「それって……!」
    「俺も好きだよ、日野」
     俺は先生に飛びついた。先生の体を力いっぱい抱きしめる。優しく抱き返してくれる腕が、洋服越しの体温が、現実なのだと教えてくれた。感極まって、先生の服を濡らしてしまったのは、ちょっとだけ反省している。

     とまあ、そんな感じで、俺と町田先生はお付き合いすることになった。とは言うものの、まだ生徒と教師。さすがの俺でもよろしくないことは察している。
     付き合うにあたり、二人でいくつか約束した。ひとつ、学校内ではいちゃつかない、必要以上に接触しない。ひとつ、学外であろうとも節度を持って、例えいい雰囲気になったとしてもお互い手を出さないこと。その他、いくつか。ぶっちゃけ、先生が俺に手を出したのが在学中にバレたらやばいからお互い気をつけようってこと。それくらい、先生と付き合えるのならどうってことない。俺は鼻歌混じりに日々を過ごしていた。
    「随分と機嫌がいいな」
    「ん〜? まあね〜」
     それはそうだろう。俺からすれば奇跡のようなものだ。しかし、人の機微に疎い西園寺が察してしまうレベル……、これはもう少し冷静になった方が良いのでは。
    「今、失礼なことを考えなかったか?」
    「まっさか〜」
    「……まぁ、いい。それよりもその浮かれた音をどうにかしてくれ。まさかこの曲をそんなふわふわした音で演奏するつもりではないだろう」
     浮かれた音。なるほど、なるほど。さすが皇帝陛下、人の心の機微には疎いが音の機微には聡かったらしい。浮かれている自覚はあったがこれは予想以上かもしれない。気を引き締めなければ。
    「気をつけるよ。ありがとな」
     礼を言えば、フンと鼻を鳴らして西園寺は楽譜に向き直った。この態度からすると、ちょっと心配してくれていたようだ。現実世界にこんなめんどくさいツンデレみたいなやつが本当にいるとは思わなかった。自分がそれを翻訳できるようになることも。となると、俺がラノベの主人公か?
    「何がおかしい」
    「いや、ック、なんで、も、……フフっ」
    「気色の悪いやつだな」
     妄想の中で西園寺をラノベヒロイン化したら、思いのほかしっくりきてしまい、笑いが漏れる。ダメだ、ツボった。ひいひい言って笑い出す俺に対して、触らぬ神に祟りなしと判断したのか西園寺は一人で練習を始めてしまった。いけない、俺もこの笑いを早く治めなければ。だと言うのに、あとから笑いが込み上げてきて使い物にならない。これはダメだ。
    「日野」
     ビクッと肩が跳ねる。振り返れば、いつから居たのか町田先生が立っていた。眉間に皺を寄せ、腕を組みんでいる姿は、誰がどう見ても機嫌が悪い。どうしたんだろう。
     先生は無言で俺の前に立つと腕をつかみ、無理や立ち上がらせた。突然のことに対応できないまま、俺はフラフラと立ち上がる。それを確認した先生はそのまま背を向け扉の方へと歩き始めた。腕を掴まれたままの俺は当然引きづられるわけで。先生を追いかけるように歩き出した足をよそに、俺の頭は助けを求めるように西園寺の方へ向く。その先で見た珍しくぽかんとした表情は閉じられた扉によって見えくなった。
     黙って引きづられた先は資料室だった。町田先生が管理を任されている部屋で基本的に先生はここにいる。ほかの先生は用事がない限り来ないので、付き合ってからはよくここで一緒に過ごしている。まあ、付き合う前から俺はここに入り浸ったていたので先生の態度が軟化したくらいしか変わりはないのだが。
    「先生、急にどうしたの?」
     中に入って椅子に座るでもなく、ただ立ち尽くす先生にそっと声をかけた。それでも返事はない。先生は俯いてこちらを見ようともしない。もしかして、何か知らぬうちに気に障ることをしたのだろうか。悪い方向に舵を切った思考はズンズンと勝手に突き進む。不安が目に見える形をとって目じりから溢れそうになるのを奥歯を噛んでぐっとこらえた。
    「あ〜〜!! ごめん!! 日野!!」
     ガバッとその場にしゃがみこみ、町田先生は叫んだ。その声にびっくりしてボロりと涙が零れた。謝られた意味が分からなくてパチパチと瞬くとさらにポロポロと零れ出すので目じりを手の甲で拭った。
    「こうなると思ったんだ。やっぱりあの時ちゃんと断って、卒業式に俺から言うべきだった……。あ〜。ごめん、日野……って、なんで泣いてるんだ!? あ! 腕か!? ごめん、痛かったよな……。あ〜、ほんと、ごめん……」
     確かに痛かったがそのくらいで泣くほどやわでは無い。
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