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    dps94kakuriyo

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    クラノス、サテヨモ、フククワのネタ帳からSS化したものをここにあげたり、文庫の作業場だったり。他にもいろいろ。

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    クラージィとノースディンの三十年に渡る思い出。
    そのプロローグ。

    #クラノス
    kranos
    #クラージィ
    clergy
    #ノースディン
    northDinh

    さらば、愛しき日々1 村で唯一の教会に、身なりの良い一人の老人が訪れた。その男は村外れの大きな屋敷に住む貴族で、慈悲深いことから村人に「お貴族様」と大変慕われていた。だが、近頃は病を患い、姿を見せることも少なくなっていた。
     教会の慎ましい居室には、同じく一人の老人がベッドに横たわっていた。目は落ち窪み、豊かな毛髪は全て雪のように白くなり、この土地に神の教えを説きにきた頃の面影は随分と失われていた。
    「ご機嫌よう、ノースディン」
     老いた神父が手を僅かに上げて答えると、ノースディンと呼ばれた老貴族はその姿を変えた。曲がった腰はまっすぐに伸び、肌に深く刻まれた皺は見る間に張りを取り戻す。髪も髭も身体も、生命力を発露して輝くばかりだ。
    「気分はどうだ、クラージィ」
    「ありがとう。今日は悪くない」
     老神父、クラージィは目を細めて静かに答えた。
     ノースディンは吸血鬼だ。そして、クラージィは昔ノースディンを討ちに来た『悪魔祓い』だった。それが、紆余曲折を経て、今ではこうして良き隣人の関係を続けている。
    「世話人は?」
    「今ちょうどパンとミルクを買いに出ていてね。当分戻らないだろう」
    「では、後で二人で食べるといい」
    「ああ……嬉しいね。お前のスコーンはとても美味いから」
     ノースディンは無言のまま、スコーンの入った包みを小さな机に置くと、勝手知ったる手付きで水差しの水をコップに注いだ。
    「……ドラルクに手紙を書きたいのだが、持ち帰って貰えないだろうか」
     クラージィは、手紙が他人の目に触れることを最も恐れていた。聖職者が吸血鬼に宛てた文章など、人間の手に渡れば碌なことにならない。
    「わかった。頼まれよう」
    「感謝するよ」
     ノースディンの手を借りて体を起こすと、クラージィはベッド脇の引き出しから紙とインク壺と羽ペンを取り、ゆっくりと文章を綴り始めた。クラージィの震える手は文字をぶれさせたが、ドラルクは「手紙がダンスを踊っているようで、読んでいて楽しいですよ」と笑っていた。
     かつてこの地に庇護されていた竜の少年——ドラルクは、すっかり青年の姿となり、トランシルヴァニアに帰郷して久しい。人間と吸血鬼のみならず、戦争という名の人間同士の対立は近年激化の一途を辿っており、こちらに来るのは危険とされたからだ。

     時折、教会の木戸が開く音と共に床が軋んで、暫くするとまた静寂が訪れる。礼拝に来た村人が、芳しき乳香と蝋燭の燈の中で、イコンに祈りを捧げているのだ。
     吸血鬼には忌諱ともされる場所で、ノースディンはクラージィの手紙を静かに待ち続ける。時折クラージィが乾いた咳をすれば、コップの水を慎重に飲ませた。
    「……ありがとう」
    「気にするな」
     出会いは三十余年前。
     正教会が遣わした悪魔祓い『黒い杭のクラージィ』と、冬を統べる高等吸血鬼『吹雪の悪魔ノースディン』。そして、吸血鬼の王の直系ながらも脆弱に生まれてしまった『竜の孫ドラルク』。
     寿命の尽きかけているか弱き姿を前に、ノースディンはクラージィと邂逅してからの日々を思い出していた。人間にとっては半生、吸血鬼にとっては昨日のような出来事を。背中を無防備に晒した夜を。十字架を失った胸に爪を立てた戯れを。
     振り子時計の音を聞きながら、ノースディンは机に肘をつき、鮮やかな血の色をした瞳をゆっくりと閉じた。

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