野ばらの娘「この屋敷かい? 確か俺の曾祖父さんの代に貴族が住んでたんだと。その方が亡くなってから何年か経って、この通り戦争で焼けちまった。ああ、善い方だったらしいよ。村に教会を建ててくれてね。ほら、あすこに見えるのがそれさ。村の大半は焼けなかったんだ。よかったら墓に花でも供えてくれよ」
屋敷跡を背に森を進むと、小さいが確りとした様式の教会が建っていた。微かな乳香の匂いをくぐり抜け、そこから少し丘陵を進む。村の墓地は、閑静な丘の上に在った。
「あら、こんにちは」
「どうも」
人が居たので軽く挨拶をする。観光で成り立っているからか、ここの村人達は皆一様に気さくだ。
花を供えにきたという母娘は、私に二輪の野ばらを分けてくれた。野ばら——ドッグローズはルーマニアの国花だ。
墓石は経年で削られ、刻まれている文字は読めなかった。だが「ここが貴族様の墓だ」と言われたので、花を一輪供えた。
ふと、隣の古い墓に花を供える姿に気付く。
「こちらは教会の初代神父様のお墓です」
「そうですか」
それならば、と私はもう一輪をそこに供えた。
「神の愛がこの村にもたらされ、今の私たちがあります」
そう言って微笑んだ娘の、野ばらのように色付いた頬に、私はすっかりと見惚れてしまった。