歩まなかった過去と未来「ふうん、なかなか様になっちゃあいるが……着心地はどうだ?」
ユーリスの言葉に、ベレトは自分の格好をしげしげと見下ろした。この士官学校の礼服は、ユーリスが数年前に使用していたものだという。父であるジェラルトがかつて騎士団長を務めていた、セイロス騎士団。その本拠地であるガルグ=マク大修道院に併設されている士官学校に、自分が入学する道もあったのかもしれない。以前そんな話を聞かせた時に、じゃあ気分だけでも味わってみるか、なんて笑っていたユーリスが、わざわざ自分の服を持って来てくれたのだ。
「少し、きついな……それに、動きがとりにくい」
「ま、礼服は戦闘向けじゃねえしな」
言いながら、ユーリスは両手を伸ばしてベレトの首元を緩めてやる。肩や背中も、ちょっと、いや結構な具合で窮屈そうだ。ユーリスが十代の頃に着ていたものなのだ、仕方がないだろう。かくいう本人も当時の級長服を身に付けてみているのだが、やはりこの戦争のせいで筋肉がつき、体格が変わったらしく、寸法が合わなくなっている。
「その服は動きやすいのか?」
「礼服よりかはな。これは級長専用の服でな、白いマントが目印さ。級長ってのは、学級で一番偉い奴のことで、戦闘でも指揮をしたり、生徒たちを守ったりする役目があるんだ」
「なるほど、きみは適任だな」
「……ふっ、まあ、灰狼学級じゃそうかもな」
制服を身に付けたユーリスは、結わえた髪を横に長し、白いブーツを履いた足を組んで寝台に座る。成熟した大人の体で士官学校の制服を身に付けている姿は、ちぐはぐな魅力が倒錯的だった。もちろんベレトにそんなことは分からないが、普段と違う格好である、というところがきちんと魅力的に見えてはいるはずだ。
「よし、それじゃあ……」
「うん? 気が済んだのか?」
「ちょっとジェラルトに見せて来る」
「待て、それはやめとけ。その恰好で外には出るな」
「いけないのか。何故だ?」
「……学生が基地の中を歩いてたら、驚くやつがいるだろ? 次の宴の時にでも、余興でもう一度着せてやるから、その時にとっとけよ」
「そうか……」
声の調子も表情もろくに変わりはしないが、ベレトは少々残念そうに肩を落とした。そんな格好で外を歩いたら、青獅子学級の奴らに面白がられて囲まれるかもしれない。彼らと楽しそうに話すベレトを想像して、ユーリスは少しだけ唇を曲げた。
「ほら、脱がしてやるからこっちに来いよ」
「色々とありがとう、ユーリス」
「いいってことよ……いや、ひとつ貸しにしとくかな。……もしも俺とあんたが一緒に入学してたら、学級はどこだったろうな。騎士団長の息子なら、同じ青獅子学級だったかも」
「そうしたら、きみが級長か?」
「ははっ、俺は青獅子学級じゃ普通の生徒だったよ……けど、灰狼学級じゃ級長だ、級長の言うことは絶対だからな。あんた、俺の言うこと聞かなきゃならなかったぜ」
「ふふ……例えば、どんな風に?」
「そうだなあ……」
ユーリスは、懐かしくもあり、痛みでもある士官学校のことを思い出し、目を眇める。もしも士官学校でベレトと出会っていたら、互いにどんな道を歩むことになっていただろう。彼なら、今のように自分の手助けをしてくれただろうか。なんて、ありもしなかった未来のことを、考えながら。