太宰誕生日小話 何だか腑に落ちない。
憮然とした顔で太宰は横で眠る男を眺める。心地悦さそうな寝息を立てているその男はひどく満足そうな表情を浮かべていた。
太宰と中也は何時も悉く噛み合わない。
太宰がしたいと思う時には中也がその気でなかったり、逆に中也が盛ってる時には太宰が乗り気でなかったりする事が多い。何方にせよ結局の所お互い迫られるとその気になってしまうから、躰を重ねる事になる訳だが。
中也の感性も嗜好も何もかもが合わないし気に喰わないけれど、躰の相性は抜群だから不思議だ。でも、今日に限っては本当にそんな気分ではなくて、況して『誕生日だから』と態々宣って迫って来た相手に屈したくはなかった。なのに結局こうなってしまっているのは何故なのか。若しかして、自分も存外欲に流され易いのかもしれない。
普段の嫌がらせの仕返しの心算なのだろう。
あまり物事に執着しない方なのに、こういう事に限って執拗な中也の相手をしておかないと面倒臭いだとか、手荒くしても面倒がないだとか欲を発散するには手頃な相手だとか並べ立ててみても、欲に流されてしまった事には変わりない。
己の躰に乗り上げ、自ら欲を貪り艶やかな笑みを浮かべる中也の表情が浮かんで、盛大に溜め息を吐き出す。
「……ンンッ……」
寝息を立てていた中也が身動きをする。瞼が震え、その瞳が開かれる。一度眠ると危険を察知しない限り目を醒さない中也が珍しい。
「あー……今何時だ?」
「さぁ、まだ外は暗いけど」
「まだ寝れるな……」
そのまま再び眠りの海に沈んでいこうとするから、好き勝手して満足しておいて随分と善い身分になったものだと思う。今度は逆に襲い返してやろうかと考えて、その躰の上へと伸し掛かった。中也は払い除けようともせず、そのまま重みを受け入れている。
本当にこのまま眠ってしまう気だろうか、全く、腹が立って仕方ない。
太宰は中也の胸へと手を伸ばすと、熱の名残りがあるその場所を指で触れる。ぴくりと眉が跳ね上がるのが愉しくて大胆に指を動かして刺激を与えてやれば、瞼がゆっくりと開き、気怠げな瞳が太宰を睨め付けてきた。
「おい……俺は寝るんだよ」
「お祝いしてくれるんでしょ」
「もう日付け変わってンだろ」
払い除けようとする手を掴み、唇を寄せる。
「そんなの関係ないよ、君だけ勝手に満足して狡いじゃない」
「満足出来なかったなら、素直にそう云やァ善かっただろ」
中也は色素の薄い瞳をゆったりと蕩けさせ、唇に笑みを刻む。
でも、これでは自分ばかりが中也を求めてるみたいではないかと気付いて、唇を噛み締める。
「満足出来なかったのは君の方じゃないの」
嫌がらせの心算だったのに、結果として乗せられてしまったような気がする。それにしたってあれだけしておいてまだ足りないだなんて、随分と貪欲な事だと思う。
どれだけ貪っても屹度自分達は満たされる事はないのだろう。
「でもさ君、仕事なんじゃないの」
「手前がそんな事を気にするなんてなァ。明日は隕石でも振ってくるか」
「隕石に当たって死ねるなら本望だけど……うーん、でもなぁ痛いのは嫌なんだよな」
「それで手前が死んでくれるなら俺も万々歳なんだがな」
そんな軽口を投げ合いながら肌を撫で、再び静かな熱の炎を宿していく。燃え上がろうとする熱を感じながら、太宰は瞳を細める。
触れ合った肌から伝わる熱が激しく二人を包み込むのだった。