ある「元」光の戦士の6.01その2「はぁ」
彷徨う階段亭で、頬杖をついて思わずため息が出る。
今朝、食事を求めてクリスタリウムを回ってみたものの、どの店も物価が高い。
リムサ・ロミンサの10倍近い料理すらある。
罪喰いの脅威が去ったといえど、まだまだ食料調達には危険が伴うのだろうか。
一念発起して、レイクランドの植物や魚を自分で調達することにしたのだが……。
「フラントーヨ」
オリーブの果実。オリーブオイルにはなるが、これだけで食べられるものではない。
「ハードキャンディ」
藻の味しかしない。どの店に聞いても積極的に食べる者はいないようだ。
「ラクサンインクホーン」
体液が天然の染料になる巻き貝。そもそも食用ではない。
「キサントバス」
色素異常で黄色くなったバス。光の氾濫で色素異常を起こしていると言われているらしい。
かつて光を溜め込んだ自分が食べても大丈夫なのだろうか……。
「クリーンソーサー」
白く平たい魚。食べられそうだが裏返したら腹部が真紫……定かではないが、毒は大丈夫だろうか……自分も他人も、もう勘弁して欲しい……。
「ラビットスキッパー」
湖面を跳ねる魚。活きが良すぎて捌く自信が起きず……観賞用に欲しいという人がいたので買い取ってもらった。
結局のところ、自力での食料調達は失敗に終わる。
海産物はわずかな金額で買い取ってもらったが、これでは食事はできそうもない。
朝から何も食べておらず、もう日は傾き始めている。
……仕方ない。フィーネは久方ぶりに、自らの装備を入れた旅鞄を開く。
フェオは夜になった彷徨う階段亭で、薄暗い中明かりに照らされるフィーネを見つけ出す。
その視線をあらぬ方を向いていたが、口元はもぐもぐと動き続けていた。
「……『かわいい若木』。その、鶏肉のようなかたまりは何かしら?」
フィーネはあわてた様子で手に持つレイルのグリルを身体の陰に隠す。
「いまさら遅いのだわ」
「これは、自分で作ったんだよ」
フェオは目を細め、口をとんがらせる。
「そんな嘘が通用すると思っているの?」
「嘘だと思った理由を教えてくれるかな?」
「まず、その肉は見たところレイルの笹身を焼いたものなのだわ。レイルはコルシア島にいると聞くけれど、『かわいい若木』は朝レイクランドまで行って、昼過ぎに帰ってきたあとは力尽きて夕暮れ時まで部屋でごろごろしていたはずよ。その後どこか出かけて帰ってきた様子だから見に来たけれど、遠出をする時間はなかったはずなのだわ。それに」
「それに?」
「『かわいい若木』が作ったごはんはそんなに見栄えが良くないのだわ」
「ひどいよ」
今度はフィーネが口をとんがらせる。
「わたしだって、料理はできるよ」
「知っているのだわ。他人に振る舞う料理は食材の調達から、下ごしらえ、火加減、盛り付け、どれも丁寧だけど、あなた自身のために作る料理は本当に雑なことまで、全部ね」
はは、とフィーネがあごをかく。
「お見通しだね」
「その通り。で、どうしたの?そのごはん」
「……買ったんだよ」
「あんなに高いと文句を言っていたのに?」
「その。臨時の収入があって」
「あなた。また戦ったのだわ」
「そう、だよ。やっぱり戦うことがわたしにとって一番簡単に食い扶持を稼げることなんだ」
「そんなことばかりしているから擦り切れてしまうのよ。あなたがまた自信を持って戦えるようになるまで、武器は持たないと約束したはずなのだわ」
「魔物を何匹か、討伐しただけだよ」
困ったように笑うフィーネに、フェオは畳み掛ける。
「戦うことを咎めているのではないのだわ。あなたが戦うことで救われた人がいるのでしょう?それに、あなたは戦いを得意としているのは間違いないのだわ」
フェオはひと息つく。
「ピクシーだっていたずらばかりしているでしょう?だってだって、ピクシーはいたずらが得意なんだもの!得意なことは簡単に感じるものよ」
空中を回転するように飛び回り、フェオは満面の笑みをフィーネの鼻先に近づける。
「でもね、それだけでは退屈。私はただの人にいたずらするのにはもう飽きてしまったのだわ」
フェオがにやり、といたずら好きの顔になる。
ころころ表情が変わるところが、彼女がピクシーである証明のようにも感じられる。
「だからね、若木!あなたには元気になってもらわないと困るの!だーって、私は元気いっぱいな私の『かわいい若木』を困らせるようないたずらがしたいんだもの!」
「困らせられたくはないかなぁ」
フィーネは指先でフェオの顔を優しくなでる。
くすぐったそうにしつつもまんざらではない様子で、フェオはさらに続ける。
「それなら、それなら!あなたは早く元気になって、私が驚いちゃうくらいに駆け回ればよいのだわ!それこそ、私が捕まえられないくらいにね!」
ピクシーのいたずらが困るのは確かだが、フィーネがこういった裏表のない性格に助けられてしたのもまた事実だった。
「我が『美しい枝』?」
「なにかしら?」
「ありがとうね」
フェオが眉を寄せる。
「変な『かわいい若木』。私は何もしていないのだわ!」
ふふ、と微かに笑うと、フィーネは残りのレイルのグリルを食べ始める。
料理は冷めてしまっていたが、フィーネの心には温かいものが流れ込んでいた。