ある「元」光の戦士の6.02その8 フェオの眼前にはヴィースの男性が仰向けに倒れている。端正な顔立ちが腫れ上がり、唇の端は切れ白目を剥いていた。
「しつこー‼︎」
眉間にしわをよせながらフィーネが顔についた泥をぬぐう。男性から逃げ回った際に跳ねたものだ。
「後ろにもついているわ」
ハンカチを受け取って、銀色の髪に飛んだ泥をフェオが拭き取っていく。
「ありがと」
拭き終わったハンカチを見てフィーネが顔をしかめる。
「汚れたねえ……」
「洗えそうなところはあるかしら?」
「ううん、もう古くなっていたから良いよ。ごみ箱あるかな」
見回してみるが見当たらない。
「燃やせば良いのだわ」
「そうするか」
気軽に言い放ったフィーネは両手杖を取り出した。
「岩砕き骸ごろごろ地に潜んだなんちゃらがぎゅっとなってどーん」
構えた杖の先から勢いよく飛び出した炎があっという間にハンカチを消し炭にする。
「そんな雑な詠唱でも発動するのね知らなかったのだわ」
杖をしまったフィーネは得意げである。
「私は呪文ちゃんとおぼえてないよ」
「自慢することではないけれど」
フェオは呆れ返った顔である。
「それでこのヒトとはどんな関係なのかしら」
彼女は興味津々といった様子で男性を眺めながら飛び回る。
「ナンパ師」
「されたの」
「されてるドラン女子を助けたんだよ」
「いつなのかしら」
「暁のみんなが帰る方法を探していたころに、ぶらぶらしてたとき」
「田舎呼ばわりした場所で……ぶらぶら……そんなに暇だったならどうして私に声をかけないのかしら……」
『美しい枝』の機嫌の雲行きが怪しい。フィーネは敏感に察知して話題を次に進める。
「そ、そしたらさ」
「そしたら」
「エタバンを申し込まれた……」
「彼に」
「いいや」
「え」
「女子の方……」
「どうして」
「軟弱な男より良いとかなんとか」
「隅におけないわね」
「あ、嫉妬してる」
「してないのだわ」
飛び去ろうとする枝、あわてて止める若木。
「ごめんって」
「まあ、いいのだわ」
最近はヘソを曲げても許してくれるようになってきた。心の距離が縮まっているなら良いのだけど。
「それでどうするのかしら。これ」
フェオがいまだに白目を剥いているソレを指さした。
「どうしようね」
自他ともに認めるおつかいのプロのフィーネだが、依頼主を殴り倒したのは初めての試みである。いつだって新しいことに挑み続ける。それが冒険者なのだ。
「帰ろか」
「ごはんは」
「え……」
「報酬で野菜を買ってごはんを作ってくれる約束なのだわ」
確かに言った。約束した。
「そ、そうだけど……」
おいしいごはんは食べたい。
そして『美しい枝』の機嫌を損ねるのも怖いけれど。彼女の喜んだ顔も見たい……。
悩んだ末、フィーネとフェオはファノヴの里の長を訪ねることにした。
~おまけ~
フィーネの詠唱
岩砕き、骸ごろごろ地に潜んだなんちゃらがぎゅっとなってどーん
正しくは「岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち 集いて赤き炎となれファイア」である。
ファイナルファンタジータクティクス(リターン・トゥ・イヴァリースの元ネタのひとつ。オーボンヌ修道院もこのゲームが元。)に登場する詠唱から。
フィーネは全力で雑に詠唱している。