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    kaetyann140000

    @kaetyann140000

    @kaetyann140000
    あんなものやこんなものをブン投げる場所
    トムのマールヴォロがリドルしがち(隠語)
    取り敢えずリドルはどエロいってことだ。

    パスワードは
    とにかくリドルするとわかります。リドルする んです。

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    kaetyann140000

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    完結出来ていないリドハリ長編小説の一部
    人魚リドルと人間ハリー
    いつか…製本する予定である…

    貧困と争いが絶えぬこの時代。実力が全ての軍人育成学校に孤児トム・リドルはいた。
    役立たずが次々と消されていく過酷な環境の中、彼はある噂を耳にする。それは生き残ることだけを考えていた彼にとって、まさに人生を狂わせるものだった。
    『人魚は実在するらしい』、と…。

    #リドハリ
    lidhari

    2020.1月〜

    ⚠️微エロと過激グロあり
    流石に話の全ては出せないので要所要所(それでも長い)


    リドル編


    プロローグ


     世界には様々な伝説があるものだ。神にしろ、悪魔にしろ、化け物にしろ。今や化学で証明される現象が、遥か昔では摩訶不思議な魔法に見えたように…昔から人間というものは「わからないもの」を畏怖し、勝手に解釈し、伝えてきた。
     そして人間は、それを信じずにはいられない。ありえないと口では言っていても、ふとした時に「まさか」と思うのだ。
     この物語の中心となる『人魚伝説』もまた、そのひとつである。




       1


     現在でも続いている激しい戦争。
     毎日喧しく空を飛ぶ鉄の塊。人の怒号。嘆き。奪い合い。
     これらが始まったのは、いつだと教わっただろうか。
     少なくとも彼は、トム・マールヴォロ・リドルと名を貰い生まれてから、十年以上が経つ。カビ臭く古びた孤児院に住むその少年は、常に死と隣り合わせだった。
     国の為に散らす貴重な若き命、それを軍人として育てられることを前提とされたこの時代。十一歳となる時に半ば強制的に住居を移され、ずっと通わされている学校も、物騒なものばかり彼に教えてきた。拳銃の扱い方、身の隠し方、相手の出し抜き方などなど…口に出来ない惨いことも強いられた。
     やらなければ死ぬだけだ。しかし、やったはいいが使えないと判断された者達も皆死んでいった。いや、彼らがどうなったかなんて実際は知らない。だが賢い彼には、それが容易に予想できたのだ。
     キツイ訓練に泣き喚く生徒が出れば、教官は耳元で何やらボソボソと囁き、その生徒は瞬く間に体を震わせ大人しくなった。
     もはや顔も覚えていないが、隣で笑っていた生徒が翌日には存在しなかったことにされていた時もあった。
     そしてこれは偶々見てしまった光景だが…昼食を作っている厨房の片隅で、青白い肌をした子供が虚な目で台の上に横たわっていた。恐らくその日のメインであったシチューには『新鮮な肉』がふんだんに含まれていたことだろう。残すと疑われかねないので食べるしか他なかった。
     …決して悪い味ではなかったが、どうせなら知らずに食べたかったものだと、リドルは無感情な感想を抱いた。
     そんなこんなの日が多々あったのである。彼が早々に自己を押し殺したのも当然だった。
     だが、ただで終わるほど彼は弱くない。
     確かに訓練は面倒だしつらいものがあるが、生き残る為には必要なことだ。プライドも相まって誰よりも知識を蓄えたし、実践でも一位をキープした。
     生徒の中では絶対的な地位を確立して、尊敬の念を向けられるようになった。成績のいい彼は教官からも信頼を得たし、どうせ洗脳しきったのだとでも考えているのだろう。
     馬鹿正直に過ごして消されていく無能な生徒共とは違って、リドルは特別なのだ。
     幼き頃より養われた演技力をフル活用して、あたかも『御国の考え』に傾倒しているよう見せかけただけ。
     生憎お前らに従うつもりは毛頭ない。そう彼はほくそ笑む。そして何より、卒業後も誰かに見張られるなんてゴメンだった。彼は頃合いを見て失踪し、自由気ままに生きてやるのだと密かに目論んでいる。


    中略


     一週間に一度しか与えられない休日、その名も日曜日。男子生徒が漏らしていた××という海は、孤児院から考えれば案外近くにある。
     人の寄り付かない夜、真相を確かめようとリドルはそこへ足を運んだ。
     同い年くらいと言っていたが、果たして本当にいるのだろうか。いなければそれまで、期待した己が悪かっただけ。
     しかし万が一存在するのならば、これほど面白いものない。
     そう、リドルは図らずもワクワクしていた。火のないところに煙は立たない。この海に『何か』があるのは間違いないのだ。今後それが自分の糧となるならば、存分に利用してやろう。
     ちょちょいと伝手を使って、話の元となった老婆から文-ふみ-を預かっている。あの会話で出たヒントは非常に有効であった。ほんの少しの笑顔と共に、「僕がその人魚へあなたの想いを届けましょう」と言えば、老婆はものの数秒で頷いたくらいだ。
     「マートル!僕は君の友人アデル・ソーパーから手紙を預かった人間だ!いるなら反応してくれ!」
     老婆はアデルと名乗り、人魚の名はマートルだと教えてくれた。
     その人魚は引っ込み思案でなかなか出てこないのだとか。なんでも他の人魚から虐めを受けているらしい。理由は答えてもらえなったが、曰く会えば察するとのことだ。
     リドルが声を発してしばらく。辛うじて釣りが出来そうな低い塀の辺りでチャプンッ…と水面が揺れた。急いでその場に駆けつけ、揺れ動くそこに手紙を差し出して静かに待つ。
     人魚の目はそれなりにいい筈だ、水越しでも様子はわかるだろう。
     ようやく納得がいったのやら、決心したのやら…ザバァッ!と勢いよく海から何かが飛び出してくる。覚悟はしていたがそれをもろに被ったリドルは苛立ちを仕舞い込み、顔が拝める瞬間を眼に収めようと黙った。
     「あんた、誰?これは間違いなくアデルの字だけど、あんたはアデルの孫じゃないわ。聞いていた容姿と違うもの」
     ああ。ああ。ああ!これは歓喜。これは愉悦。
     存在した!ソレは絵空事ではなかったのだ!
     ジトリとこちらを睨む彼女は、まさしく人魚であった。
     透明な海から覗く、月光に照らされて反射する鱗達。書物に描かれた像と大して違わない美しいヒレが波と踊っている。顔こそ伝承のように美女とは言えないものの、全身のあちこちにも浮き出た鱗が見てとれる。
     リドルの目の前にいる女こそ、人魚。
     「初めまして、マートル。僕はトム・リドル」
     歪みそうになる口元をなんとか人受けする営業スマイルを変化させ、彼はその人魚を嗤う。
     一体どこまで記述通りなのだろう。確認したくて堪らない。
     本当に不老不死なのだろうか。本当に未来が視えるのだろうか。
     早く早く早く。この手で彼女を調べ尽くしたい。
     「ねぇ、これも何かの縁だ。良ければ僕と友達にならないかい?」
     さぁ、どう"調理"してしまおうか!






     マートルをクリスティン達に預け、リドルは何事もなく寮に戻る。…フリをして尾行した。
     彼女らがカフェに入った間、事前に用意していた染め粉で髪色を茶に変え、リバーシブルの上着をひっくり返して羽織り、伊達眼鏡を掛ける。これでパッと見では『リドルだ』と思うまい。
     女子会は順調だ。怖いくらいに。疑り深いリドルですら、問題がないように感じてくるのだから。
     小一時間程が過ぎた頃、マートル達がペチャクチャとお喋りしながら店を出てきた。店先のテラスで紅茶を啜っていたリドルはそれを追う。代金は注文時に払い済みだ。
     「マートルはお金どれくらい持ってる?ご飯だけじゃ味気ないし、買い物にでも行かない?いい所を知ってるの」
     「お金…?それなら今朝、リドルからちょっとだけ…」
     「え〜?それってぇ、彼氏からの貢ぎってやぁつ?マートルちゃんってば愛されてるぅ!」
     「ヘッ…⁈そ、そんなことは…!」
     「ま、いいわ。行きましょうマートル。こっちよ」
     「マートルちゃん、もっと可愛くなっちゃうかもねぇ!」
     クリスティンとヘザーが、しどろもどろするマートルを導く。肝心の彼女は『彼氏』という言葉に惑わされたらしい。顔が赤くなっていた。
     かくいうリドルは、己のことであると知りつつ煙草を蒸した。偶の贅沢品である。
     「止めないさ。絶望が訪れようともね」
     (つくづく不幸な人魚だよ君は。自分が網で包囲されていることに気付かない)
     マートルに降り掛からんとする悪意の塊が、今か今かと待ち遠しそうに蠢いている。
     彼女は自らの足で向かおうとしているのだ。己を喰らう鮫の口内に。
     「僕と君は友達?あんなの嘘に決まっているだろう」
     リドルはマートルを観賞しているに過ぎない。海から掬い上げた魚をだだっ広い水槽に住まわせ、好みの餌を振り撒き、自由だと錯覚させて飼い殺す。
     彼女はリドルのペットだ。実験台だ。
     どこまで知り、どこまで知らないのか。
     何を与えたらどういった反応を示すのか。
     何をすれば喜び、何をすれば悲しむのか。
     「あはは…っ」
     何を一体どうすれば、『マートル』という存在は壊れるのだろうか!





     「平気?そりゃ良かった。なら話の続きをしようか、君のトモダチについて」
     くるり。彼がナイフを弄ぶ。
     ああ、違う。彼は至って冷静だ。クリスティンを睨む彼の目つきには、確実に狂気が潜んでいた。
     「と、友達?さっきも言ったでしょ?私が思い浮かぶのは、ヘザーしかいないって…」
     間違えたら良くないことが起きる。そうは理解していても答えは同じだ。クリスティンは喉を痙攣らせながら、リドルに返答する。
     くるり。またリドルはナイフを回した。チラつく鋭さが物語る。言うことはそれだけか?と。
     「他の子達とは、その…あまり深い関係じゃ、ないし。ねぇ教えてよ、トムは誰のことを聞いてるのっ…?」
     「わからない、なんてことは無い。君は知っている。君が壊した、内気で人見知りで人を疑うことを学ばない、愚かで可愛い女の子を」
     そこまで言われ、ハッと息をする。
     「まさか、あの子のことを言ってるの?」
     (う、嘘よ、彼と私は両想い。私のことだけが好きな筈。あんな眼鏡の冴えない女、リドルだって願い下げよね⁈)
     「あの子がなんだって言うの!せっかくの休日にいっつも付き纏われて、トムも迷惑してたでしょ⁈あなたはひとりの時間が好きだもの!」
     「………」
     「どうして黙っちゃうのよっ…!」
     「『ひとりの時間が好き』か。そこまでわかっていて、君は僕に付き纏ったわけだ」
     リドルの表情が抜け落ちる。彼の思考が読み取れない。そもそも最初から出来ていないが、クリスティンにプレッシャーを与えるには十分だった。
     「あっ…ぁ、ちがっ…」
     否定しようとしたが、その通りである。
     クリスティンは学校でリドルと会うたび、嫌でも現実を突きつけられていた。彼は巧みに言葉を操ってはクリスティンの誘いをやんわり蹴る。当時は向けられたセリフに喜ぶばかりで深く考えてはいなかったものの、後から思い返すと膝から崩れ落ちそうになった。
     『トム・リドルは誰かと共にいたいのではない。必要な時に必要な分だけ、彼からやって来る』
     「わたし…あなたがっ、トムが…好きで……」
     クリスティンは見て見ぬ振りをした。そうでなきゃ保てなかった。自分がしてきたことが全て無駄だったなんて、気付きたくなかった。
     「いいさ、君みたいな奴はいくらでも存在する、それこそウンザリするくらいにね。でも今回のメインはそうじゃない」
     リドルはナイフを持たない方の手でクリスティンの顎を掴み取り、汚物だらけの顔をグィッと上げさせる。
     「君のオトモダチのマートルはね、僕のモノなんだよ。それこそ、骨の髄まで…」
     晒されるリドルの心。クリスティンは希望を失った。同時にマートルを強く憎んだ。彼女さえいなければ良かったのではないかと、クリスティンはここに居ない女を酷く恨んだ。
     「なのにお前達はそれを穢した。それを故意に許容したのは認めるけど、あまりにも御粗末で退屈だ。虫唾が走る」
     (彼は、あの女を虐めた私に怒っている)
     ………あれ?
     クリスティンの思考が一時停止する。リドルは本当に、マートルを大切にしているのか?
     「許容、した……?」
     彼女がどんなことをされるのか、わかっていた?知っていた?理解していた?
     『あのトム・リドル』が、身近な女が別の男に犯されるのを黙認していた、と?彼の背に隠れても健気にクリスティン達と話そうとする、あの子がどうなっても良かった?
     「と、トム…」
     「人を騙すのは楽しかったかい?女を男に売るのは楽しかったかい?わかるよその気持ち、僕もそうだから」
     君を男に売るの、楽しかったよ。そうリドルは言った。
     逸らしていたそれが、隠されていた水底がクリスティンを嘲笑う。これが彼の本性だとでもいうのだろうか。
     「あなたっ…狂ってるわ…!」
     「褒め言葉だね。君も似たようなものだと思うけど…だけどさぁ……生温いんだよね。何もかも」
     「は、」
     「祭はまだまだこれから、でしょう?犯されただけで終わりとでも?」
     ざわりと寒気がした。クリスティンはリドルの手を振り払い、ベッドから転げ落ちて部屋の出口に走る。逃げ出さなければ!彼の狂気は止まらない。
     足裏に付着した血に滑り転けそうになりながら、クリスティンは前へ前へ進む。何も身につけていない裸のままだとか、下半身から滴る液体のことなんて、頭からスッポリ飛んでいる。
     大きな屋敷であるここの間取りは、当たり前だがクリスティンにはわからない。しかし走るのをやめたりなんかしたら、捕まってしまう。
     相当奥の部屋に置かれていたのだろう、曲がりくねった廊下を勘で駆け抜ける。腰が痛い。股も痛い。叫び過ぎた喉も悲鳴を上げる。それでもクリスティンは足を止めない。
     「あっ、や、やった…」
     ロビーに出た。階段を降りた先にあるあれが、外に繋がる扉だと予想がつく。体力の限界がきているクリスティンは手摺りを頼りに、ほとんど腕の力だけで階段を降りる。
     よろめきつつも、やっとの思いで扉に辿り着いた。それは呆気ないくらいにすんなり開き、彼女を解放する。
     ヘザーの所に行こう。そしてすぐにでも学校に相談しよう。トム・リドルは品行方正な優等生なんかではない。人の皮を被った恐ろしい悪魔だ。



     隅々まで痛みつけられた体に鞭を打ちながら帰ろうとする女を、リドルはゆっくりとした足取りで追い掛けて窓から眺めた。
     女は知らないだろうが、この屋敷には絡繰がある。決められた箇所さえ把握していれば、遠い部屋にも楽に行き来できるのである。
     「そっちは帰り道じゃないのに」
     富豪が造った絡繰屋敷。これも遊び心なのか、玄関が二つ存在するのだ。街や学校に繋がる正規の玄関と、海が見渡せる崖に繋がる非正規の玄関。
     女は後者の玄関を出ていった。間取り的にそうなるよう仕向けただけだが。
     「真の悪意とは、『生』を辱めるとは、どういうことか…。教えてやるよ。その身を持って」
     まずは先回りして女に追いつく。話はそれから。
     ずっと懐に忍ばせていた拳銃を、リドルは取り出した。舌を湿らせ、ニタリと口を歪ませる。狩りの始まりだ。

     「みぃつけた」
     「ひぃい…!こ、来ないで!」
     女の速度が遅い。崖まではもう少々掛かりそうだ。そうでなくては面白くない。女にはもっと壊れてもらいたいのだ。かつての幼き自分がやったことみたいに。
     ビクつく姿は非常に哀れで仕方がない。好きだと言ったどの口が己を拒むのか。所詮、人などその程度。愛なんぞその程度だ。つまらないつまらない。
     「そんなに怖がらないでよクリスティン、ちょっと脅しただけじゃないか。こっちに戻っておいでよ」
     リドルは笑顔を努めて手を差し出す。女というものは単純だ。この顔にコロッと騙される。
     「なぁんて、流石に難しいよね?こんなもの持たれたらさ」
     まあ、そこまで馬鹿ではないか。人受けするそれを削ぎ落として言った。
     「そ、それっ…ホンモノ…?」
     「………確かめて、みる?」
     パンッ!
     ……。
     ………。
     「いぎゃぁあああああああッ‼︎」
     「本物だよ。わかって良かったね」
     リドルが撃ったのは、右側の二の腕。容易く皮膚を貫通された腕の穴から、止め処なく血が溢れた。
     「いたい!いたいぃ…!」
     女は腕を押さえて咽び泣く。それくらいではすぐに死なないだろうに。看護師候補なら止血しようとしてみないものか。尤も服すら着ていない蛙に、応急処置する道具なんてないのだ、が。
     「僕ね、退屈しているんだ。鬼ごっこしようよクリスティン。森を抜けられたら君の勝ち。その前に捕まったら僕の勝ち」
     「いや…いやぁあ…たすけて、たすけてっ」
     「じゃあ始めるよ?十秒数えるから…逃げ惑え」
     十…九…八……。
     無邪気なカウントにクリスティンは我に帰ったのか、再び走った。
     殺される。クリスティンはそのことで頭がいっぱいだ。
     (森を抜けなきゃ…!この道を真っ直ぐ行けば家に帰れる!悪魔に殺されなくて済む!)
     クリスティンは方角を覚え、木々に紛れるよう草を掻き分け入っていくと、パンッ!と銃声がなる。
     「ッ…」
     「いいね、撃ち甲斐があるよ。動く的と障害物…重要な訓練さ」
     リドルの射撃技術は一流。サービスでわざと外したのだ。クリスティンがさっきまでいた場所の背後の木から、僅かに硝煙が立ち昇っていた。
     外されたからといって安心するのは危険だ。こうしてスレスレを狙うことで彼は暗に伝えているのだ、『いつでも当てられるぞ』
     地面の土や石が足にダメージを与えようと構わない。生茂る枝が切り傷を作ろうと構わない。クリスティンは死にたくない一心で逃げ続けた。
     「ああぁあッ…‼︎」
     今度は左肩を撃ち抜かれる。
     「ひぐぅ……!」
     左ふくらはぎ。
     「ッ!っ…‼︎」
     右太もも。
     「凄いよクリスティン!君がまさかそんなに耐えられるなんて思ってもみなかった!痛いだろう?苦しいだろう?いっそ殺してほしいって思ったかい?」
     クリスティンはもう走れなかった。それどころか立ってもいられず地面を這いずっていた。リドルは歩くだけで追いつけるのに、それをしない。蛙の生き様を観察したいのだ。
     「ああ、おめでとうクリスティン。もうすぐ出口だよ」
     「でぐち……出口…!」
     貧血でリドルの言葉すら途切れ途切れに聞こえていたクリスティンは、出口というワードだけが鮮明に聞き取れた。よく見ると森が開けてきている。あと少し、あと少しでここから出られる。クリスティンは最後の力を振り絞って前に進む。
     「そうそう、言い忘れていたよ」
     リドルが何か言っても無視だ。しかし話すのをやめない。
     「この先についてだけど」
     (うるさい。うるさい。私は勝つんだ。森さえ出れば、街に……!)
     「崖があってね、綺麗な海が見えるんだ」
     (そう、崖…海、……うみ?)
     「あ、ああっ…アアァッ…‼︎」
     クリスティンは掠れた喉で絶叫する。その聞き苦しいガラガラ声に、魔女に声を奪われた人魚姫みたいだと、リドルはどうでもいい感想を抱く。
     「どう?とってもロマンチックで、素敵だろう?」
     森は抜けた。しかしなんてことだ。見渡す限り水ではないか。夜中の海はまるで底無し沼の如くドス黒く、揺らめく波がクリスティンを呑み込もうとしているかのようである。
     ひたり、ひたり…。
     降りれそうもない断崖絶壁の前で力尽き、項垂れて静かに涙を流す彼女の体を、リドルは抱き寄せる。
     「つかまえた」
     お疲れ様クリスティン。鬼ごっこは君の負けだよ。





     「美味しいかい?」
     「うん!サイコー!」
     リドルが行儀の悪さを叱ることはない。ヘザーもそれに気を良くし、あろうことかおかわりを要求する。リドルは「仕方ないなぁ」と苦笑いしてそれに応える。彼女は行儀や人目よりも食い気が優っていた。
     「そんなに美味しいかい?」
     「あ、トムも食べたかったぁ?」
     「いいや。そうじゃないんだ」
     だってソレ、『人』が入っているから。
     ……カランッ。
     スプーンを床に落としてしまう。シン…と空間が静まり返った。
     「は、ははっ…なに、言ってんのぉ…?じょーだんにしては悪趣味だよぉ?」
     彼は冗談を言ったのである。ヘザーを驚かせる為に、ブラックジョークを言ったのだ。そうだろう?そもそも人なんてそう簡単に入れられて堪るか。仮にそうだとして、どこから調達したとでも言うんだ。
     だから、これは嘘。リドルの嘘だ。
     「どうしたんだいヘザー。食べないのかい?お腹いっぱいかな」
     (なんで否定もしないの…!)
     「シチューが好きなんだろう?最高なんだよね?おかわりしちゃうくらいだもの、相当気に入ってくれたんだね」
     「お、美味しいよ…?だからあのねトム…そぉゆう、不味くさせるよーなことは…」
     言わないで、とお願いしたヘザーだが。フフフッ…と、リドルはいつも通りに笑うだけ。
     (なんなのよこいつ…勉強のし過ぎで馬鹿になったんじゃないの…⁈)
     ヘザーは頭にきた。無視してしまおうかとすら思う。そして、それを実行した。
     シチューはまだ沢山ある。これだけ食べたらもう帰ろう。帰宅している筈のクリスティンに言ってしまえ、「トム・リドルと付き合うのはやめておけ」と。
     「美味しいかい、ヘザー」
     「……」
     リドルの呼び掛けを彼女はスルーした。相手にしてられなかった。
     「っ…!」
     がっつき過ぎたか、何かが喉に詰まって咳き込む。
     リドルは中身の見えないボトルを取り出し、優雅な仕草でワイングラスに液体を注いだ。予想していたらしい。ヘザーは有難くそれを貰って勢いよく煽る。飲み干した頃でつっかえた感覚が無くなり、プハッと息をする。
     「はぁ…死ぬかと思った」
     「ディナーはゆっくり食べるものだよ、レディ?」
     「もぉ黙っててよぉ…」
     「そうはいかない。だって僕の本題は始まってすらない」
     そりゃそうだ。でも彼の変な言葉でヘザーは気分が悪い。話なんて聞いていられる状態ではなかった。しかしそれはそれで構わないらしく、リドルは口を結ぶヘザーにひとりで語り掛けた。
     「僕はね、彼女がとても大切なんだ。だって想像してごらんよ、面白いじゃないか。人の悪意というものを知らない無垢な存在が、グチャグチャの泥塗れに踏み躙られるサマは」
     「は…?」
     ヘザーは反応してしまった。聞き捨てならないセリフがつらつらと聞こえたのだから、当然だった。
     クリスティンは決して無垢なんかではない。狡賢くて人を落とすのに長けている。実力主義の現代で難無く世渡りができる女だ。
     そこでヘザーは理解する。リドルの言う『大事な子』とは、クリスティンのことではないのだと。
     「トモダチが何かわからないんだってさ、可愛いよね。散々男に穢されておきながら、僕を信じている」
     眼鏡の子だ!クリスティンが絶望へ追いやった冴えない女の子!リドルに一番近かった惨めな奴!
     「あの子の、復讐でもするつもりなの…?」
     リドルはクリスティンではなく、マートルが好きだった。そうでなければ説明がつかない。私達は騙されていたのである。クリスティンに靡いたように見せ掛けて、逆に彼女がリドルの罠に掛かった。だとすれば、もしやとっくに彼女は…。
     「クリスティンは、どこ…」
     「え?わからないのかい?ヒントはあげただろう」
     答えなら見てきたのに。そうリドルは心底不思議そうにする。
     「どこって聞いてるのよ!」
     「うるさいなぁ、そんなに騒がなくてもいるじゃないか…君の、目の前に」
     リドルが指を差したのは、ヘザーが食べていたシチューだった。皿には半分程の量が残されている。途中で彼が話し掛けてきたから、すっかり冷めていることだろう。
     『だってソレ、人が入っているから』
     人が、入っているから。
     人が入っている。
     人が……。
     「美味しいってさ、クリスティン。君の友達が言っているよ。ヘザーは、クリスティンの、肉が、美味しいんだって」
     「〜っ⁉…︎オェェェッ!ッェエ!……っ!」
     ヘザーはとうとう吐き出した。それでも食べてきたもの全部を出してしまおうと、顔面が涙と鼻水だらけになっても喉に手を突っ込んで吐こうとする。
     「もったいないなぁ。世界でひとつだけの、スペシャルメニューなのに」
     ねぇヘザー。まだ食べられるだろう?シチューが好きなら食べ切ってよ。彼女の食べられる部分はほとんど使ったんだ。君が毎回学校の昼食を人の二倍食べているの、知っているんだよ?このくらい朝飯前だろう。食べてよヘザー。食べておくれ。
     呪文でも呟くかのように、リドルは平坦な声でヘザーに囁き続ける。
     (イカれてるわこんなの!普通の人間がやることじゃない…!こいつは化け物よ!)
     行方不明なクリスティンの安否云々より、ヘザーは自分自身の安全を確保しなければならない。恐ろしくなった彼女はすぐさま椅子を立ち上がろうとする。
     「ぇ、な…」
     「食事中、相手に断りもなく席を立つのはマナー違反。化粧直しや体調不良でもない限りは、ね」
     椅子と自分が固定されている。椅子ごと歩こうにもその脚すら床に貼り付けられていた。お尻のスカートが引っ張られる感触しかしない。接着剤でも塗られていたのだろうか。
     「君が食べないなら僕が食べさせてあげるよ」
     化け物が近付いてくる。ヘザーは震える身を叱咤させた。スカートを破るつもりで体を捩ったが、完全に一体化しており外れない。ならば脱ごうと思い至り金具へ手を伸ばした時、それをリドルに防がれる。
     「君は口だけ動けばいいから、要らないだろう?」
     「いや!離してぇえ!」
     「…だぁめ」
     ヘザーの両手首はベルトで肘置きに縛り付けられた。ガタガタと揺らして動こうとするがビクともしない。しかしその音すらリドルは気に障ったのか、今度は足首まで縛りに掛かった。蹴りを繰り出しても彼には効きもしない。
     「さて、お待たせ。お腹いっぱいになろう?…はい、あーん」
     シチューの入ったスプーンが、吐瀉物だらけのヘザーの口に寄せられる。
     「いらない、いらないっ…」
     自由の効く首を振り拒むものの、リドルは容赦が無い。
     「ウグッ……⁉︎んっ…!うぇぇ!」
     「遠慮しないで」
     ヘザーの顎を掴んで口を無理やり開かせ、スプーンを喉奥まで押し込んだ。
     「ゲホッ…!」
     幾分か飲んでしまったヘザーであるが、次々と雪崩れ込んでくるシチューに咳き込んで吐き出す。そして、それがリドルの顔へ諸に降り掛かる。流石の彼も嫌悪するように僅かだけ身を引いた。
     「ざ、ざまぁ…ないわ…」
     ヘザーは強がり、彼を嗤った。
     「……いい度胸だ」
     温度のない声がする。ヘザーはあっという間に後悔した。
     「アアアアアアアアッッ‼︎」
     ヘザーの絶叫が屋敷に木霊する。リドルがテーブルにあったフォークで彼女の右手の甲を刺したのだ。追い討ちでそれをグリ…グリ…と左右に抉るように倒す。
     「僕は食事をする君が見たいんだ。友達を美味しそうに食べる…そんな君を。どんな気分だい?とっても最高、だろう…?」
     「抜いて…っぬいてぇ……!」
     「…シチューを食べ尽くしたら抜いてあげる」
     「たべる!たべるからぁ!」
     「そう、嬉しいなぁ。『彼女』も喜ぶよ。ほら、あーん」
     ヘザーはぐずりながら口を開けた。リドルの腕がいいのか定かではないが、味自体は彼女の好みだ。人だと思わなければ普通に食べられる。目を閉じよう、それならただのシチューだ。
     根性で乗り切ろうとしているヘザーを、リドルはつまらなそうな目付きで見下ろしていた。せっかくの晩餐なのだから、これだけで済ませたくはない。
     「じゃあ、コレなんかどうだい?ふたつしか無いものだ」
     リドルの言葉に、ヘザーはそろりと目を開けてそれを見る。彼が掬い上げたのは、丸い物体。野菜でも卵でも、クリスティンの肉でもない。今更何を入れられても一緒だと、ヘザーは従順にそれを食べさせられる。
     (なに、これ…プチッと弾けて、中がトロトロする…)
     「あれ?その様子、もしかして美味しかったのかい?」
     「今の…なに…」
     へぇ、と興味深そうに呟くリドルに、ヘザーは堪らず尋ねた。自分が一体何を食べたのか、気になってしまった。知らずにいればいいのに。
     「肉とは違った味を楽しめるんだろうね、コレは」
     リドルがもうひとつの方を掬ってヘザーに突きつけ、彼女は瞬時に仰反る。それは、まん丸の。
     「め、だま…っ」
     人間の目玉だ。目玉がヘザーを見ている。クリスティンのドロリと濁った青い瞳が、不気味に覗いていたのだ。
     「あと一口さ。お食べよ」
     再び吐き気が込み上げる。ヘザーの心は既に折れ掛かっていた。けれど、従わないと痛い思いをする。右手はジクジクと熱を持っているのに、指先の感覚が無かった。
     ゴクリと唾を呑み込み、目の前のそれが最後だということもあり意を決した。『これは目玉なんかじゃない。ちょっと大きい茹で卵なんだ』そう自己暗示して食べるヘザーの頭を、リドルは優しく撫でた。







    ハリー編


     ザプンッ!と派手な音を立てて海に落ちてしまった。幸いにも岩などに頭をぶつけることはなく、無事に海面から顔を出した時、ダドリー達は言った。
     「お前なんか人魚に食べられちゃえ!」
     ハリーを助けるどころか返事も待たず、彼らはゲラゲラと下品な笑い方をして立ち去ろうとする。それに怒りを覚えたハリーだが、怒鳴っても状況が変わりはしないだろう。
     海に入るのは当然初めてで、カナヅチではなかった自分の身体能力に感謝しつつ、ハリーは溜め息を吐きながら陸に向けて泳ぎだした。
     すると、急にグンッと何者かに足を掴まれた感触。悲鳴を上げる間もなく体は引っ張り込まれ、海の中へと逆戻りしてしまう。
     夕陽の光も届かない闇で、ハリーが必死にもがき逃れようとする。だが相手の力が強く、己は沈んでいくばかり。
     「暴れるな人間が。黙って喰われろ」
     (あっ…)
     掛けられた声と共に下を覗けば、遂に顔が見えた。いや、正確には赤い双眼と、鈍く光る牙のようなもの。こいつこそが人魚なのではとハリーは焦る。
     このままではダドリーの言葉通り食べられてしまうと、心底ゾッとした。自分がただの肉片になるのを想像しては足をバタつかせる。
     なんとか人魚と思わしき存在の手を振り解き、ハリーは全力で泳いで近くの浜辺に上がる。相手のスピードも決して早くはなかったようだ。
     「は…っ……はぁっ…」
     海の見えない場所まで行かねば安心できない。震える足でよろめきつつ浜辺を後にしようとする。
     人魚がハリーを諦めたかなんてハッキリしていない。早く帰るのだ。こんな所から、早く。
     「うわっ…!」
     もたついた足が砂に引っ掛かり、転ぶ。海までは未だ数メートルしか離れられていない。起き上がらなければいけないのに、水を吸った服が鉛のように重く感じた。
     ふと、自分に影が差し込む。
     太陽を雲が邪魔したか?いや、雲ひとつない晴天だったとハリーは記憶している。混乱するハリーを更に追い詰めるかの如く、波の音が大きくなる。さっきまで穏やかだった筈なのに。
     (え…)
     振り返った時には既に遅く、ハリーの身長の三倍はありそうな津波が押し寄せて来ていた。
     マズいと思った瞬間、ハリーは呆気なくその波に呑み込まれてしまう。強烈なパンチを全身に受けた程の痛みを感じながら、揉みくちゃに押し流された。
     「随分と手間取らせてくれたね、子供の分際で」
     ようやくハリーを包む水が引いたと思いきや、仰向けになったハリーの体に、あの人魚が乗り掛かっていた。逆光で顔がよく確認できないが、人魚は酷くイラついた様子である。
     動けずにいるハリーの華奢な両肩を掴み、口を大きく開けて首に噛み付いてこようとする。ハリーはヒッ…と喉を引き攣らせ、堪らず抵抗した。
     「チッ、小魚のクセに…っ。首を切ってやらなきゃわからないのか?」
     人魚は悪態を吐き、闇雲に暴れるハリーにかなりの面倒臭ささを覚えた。
     ひとまず噛み付くのをは止め、代わりに右手を高く振り上げた。するとその細長く白い指から、刃のような恐ろしい爪を五本生やしたのだ。それの切れ味が凄まじいことは、子供のハリーでもなんとなく察せられる。
     「やだっ…いやだ!」
     「禁じられた海に入っておきながらよく言う。好きに泣き叫べ。こうなることくらい、お前も大人に教えられてきただろう」
     押さえ込まれた幼きハリーのなんと無力なことか。まさに今のハリーはまな板の上の鯉、捌く者が人魚なのは大した皮肉である。
     無慈悲にも近付いてくる爪を視界いっぱいに入れ、ハリーは流石にもうダメかと痛みを覚悟してギュッと目を瞑った。
     ………。
     …………。
     海の香りと、細波の音。
     まだ息をしている自分が不思議で、ハリーはそっと目蓋を持ち上げた。
     するとどういうことだろう、人魚がハリーを下敷きにしたまま気絶しているではないか。予期せぬ事態の連続で訳がわからず、ハリーは震える手で人魚を小さく揺さぶった。
     「あ、あの…大丈夫、ですか…?」
     せめてもの敬語で恐る恐る聞いてみるが返事はなく、苦しそうな呻き声だけがハリーの耳をくすぐる。本当に気を失っているのだ。
     ホッと肩の力を抜き、ハリーはひと安心した。一旦ではあるが危機を脱したようである。
     「ん…しょっ…!っと…」
     下敷きの状態では埒が明かないため、ハリーはズシリと重さのある人魚の下から時間を掛けて這い出た。
     「人魚…だよね。どう考えても」
     この間にも身動ぎすらしなかった存在を観察する。人の上半身に、魚の下半身。ハリーを襲ったそれは、紛うことなき人魚である。
     「酷い…。何これ」
     しかしその人魚の体をよく見てみると、あちこちに血の滲んだ傷があった。美しかったであろう鱗もどこか艶を無くし、剥がれ落ちている箇所もある。絹のように触り心地が良さそうな大きいヒレすら、ボロボロだった。
     自分とは違ったサラサラの黒髪。顔に掛かったそれを指で丁寧に払うと、これまた見目麗しい男性の顔が露わになる。
     (きっとこの人魚も…僕を襲ったみたいに、誰かに襲われて…)
     本来ならすぐさま逃げ出すべきなのだろう。己を喰らおうとしてきた存在を目の前にしておきながら、恐怖や怒りを差し置いて『助けたい』だなんて…思うのは変だ。
     変だけど…。
     「…っ待ってて、何か薬になりそうなもの持ってくるから!」
     相手に届いていないと理解していても、声を掛けずにはいられなかった。だってこんなにも苦しそうに、眉間に皺を寄せて荒く呼吸している。なんとかしたかった。
     ハリーは立ち上がって浜辺を駆け抜ける。人魚を恐れて閉鎖されたこの禁じられた海は、普通に出入りするだけでも一苦労だ。だけどハリーは知っていた、広く頑丈に覆われた鉄柵の一部にも、錆び付いて壊れてしまった僅かな隙間があることを。
     「よし、ここだ」
     普段から近くを通り掛かる度に見ていたその場所。小さな体を活かし、ハリーは難なく禁じられた海を出られた。
     さて、肝心の薬についてだが、ダーズリー家に戻ったところで提供はしてもらえない。盗むことも考えたけれど、バレた後が大変だ。買うにしてもお金がない。
     ならば今のハリーが出来る唯一のことは、薬草を狩ってくることだった。
     周りに虐められているハリーは頻繁に怪我をする。初めは水で洗ったり冷やしたりしかしなかったが、逃げ場として利用していた図書館で本を読んだのである。
     幼いハリーにも読めるそれは植物図鑑。傷を癒すと書かれた項目を発見してからというもの、ハリーは薬草や毒草、はたまた食べられる草花までも見分けるようになっていった。
     そして現在濡れたままのハリーがやって来たのは、実際何回も世話になっている薬草の宝庫でもある、森の公園。辿り着いたハリーは急いで目当ての物を探し出し、何種類か薬草を抱えてもう一度海に走った。
     「あれ…?あ、ちょっと!」
     浜辺へ戻ってきたハリーが目にしたのは、海に入っていこうとする人魚の後ろ姿であった。
     もしや帰るつもりだろうか。あんなにも傷だらけなのに。
     「待って!待ってってば!」
     ハリーは慌てて人魚に駆け寄った。浜辺に薬草を放り投げ、ザブザブと海に浸かる。
     追い付いたハリーは己を無視する人魚の左腕を取る。途端、人魚が鬱陶しいと言うように振り向きざまで爪を振るってきた。その攻撃は本能のみで後退ったハリーの頬を切り、少量の鮮血を流す。
     「フンッ…。当たれば今頃、首と胴体がお別れしていたのに…運のいい奴め」
     人魚はすこぶる残念そうに話した。
     避けて良かったと内心震え上がりながら、ハリーは負けじと叫んだ。
     「そ、そんなことより!なんで帰っちゃうの⁉︎その傷で泳いで大丈夫なの⁈」
     「はぁ?人間に心配されるなんて、全く僕も堕ちたものだね。大体お前、自分の立場をわかって言っているのか?僕はお前を喰らおうとしたんだぞ?」
     とうとう人魚が呆れた表情をする。きっとあれは素だ。馬鹿なのかと顔にデカデカと書いてある彼に、敢えてハリーは気にせず言葉を返す。
     「食べられてないからいいもん。それより薬草を持ってきたんだ。僕がいつも使ってるやつだから、怖くないよ?」
     「本当に愚かな奴だな…。というか、いらないよそんなもの。人間の施しは受けない」
     「擦り潰して傷に塗るだけだから苦くないよ?」
     「そういう意味で言っているんじゃ…!ぅッ……」
     しつこく食い下がるハリーに人魚が声を荒げたが、やはり傷が痛むのか人魚の動きが止まった。
     人でいう右太もも付近に一番大きな怪我があり、無意識なのかそこを手で押さえて静かに耐えている。鋭かった赤い瞳も目蓋の奥に隠れてしまった。
     人魚の額に浮かぶ水は、彼の髪から伝ってきた海水か、それとも痛みからくる脂汗か。ハリーに判断はつかない。
     「ねぇ、大丈夫?僕も沢山怪我するからわかるんだけど、我慢は良くないよ?もっと痛くなっちゃう…。薬草あるから、それを…」
     「うるさい構うなッ!」
     人魚がハリーの言葉を遮る勢いで怒鳴り、その後は息を整えるばかりで口を開かなくなった。どう考えても、人魚の状態がキツイのは間違いないだろう。
     そんな姿を見かね、ハリーは浜辺に落としていた大量の薬草達を回収し、ドサリと人魚の傍に置く。
     「ここに薬だけ置いて、僕は帰る。だから、だから好きに使ってよ。それなら嫌じゃないでしょ…?」
     「……お前、何故そこまでする。懐柔なら無駄だぞ」
     低く唸るようにして人魚が問うが、ハリーも首を振った。
     「わかんない。でも君のことは、助けたいって思うんだ」
     「…もういい。失せなよ、僕の気が変わらないうちにね。戻って来たら今度こそ殺す」
     人魚は『決して嘘ではない』とハリーに知らしめる雰囲気でギッと睨み付け、顔を背けて黙り込んでしまった。以降会話するつもりは一切ないようだ。
     ツンケンとした態度にハリーは困り果て、帰ると言った手前で覆せない。「じゃあね…」と一言掛けてからゆっくりと帰路に着いた。

     「やっば…!」
     海から離れて空を見上げれば、夕日はとうに沈み掛けている。このままでは夜ご飯を食べさせてもらえないと気付き、ハリーはバタバタと走った。
     濡れた服の言い訳を考えながら、あの人魚の姿を思い浮かべて顔を赤くする。
     (どうしよう、どうしよう)
     ドキドキと心臓がうるさく鳴っている。
     恐ろしい目に遭ったことを今更思い出したから?走った体で肺が酸素を取り入れているから?否、違う。
     (あの人、すっごく綺麗だった…)
     どうにもハリーは齢5にして、人魚に恋とやらをしてしまったかもしれないのである。




     ハリーは興奮のあまり眠れぬ夜を過ごし、薄っすらとクマを作って翌朝のリビングに現れた。
     叔母にせっつかれながらベーコン、卵、ソーセージをカリカリに焼き上げる。奴隷のように毎日やらされてきたハリーにとって、当たり前の光景だった。
     先日、無事ダーズリー家に帰宅することができたハリーは、びしょ濡れの服について咎められつつ風呂に放り投げられた。「風邪を引いてダッドちゃんに移ったらどうしてくれんだい!」と罵倒を浴びせられながら。
     ダッドちゃん、もしくはダッダーと呼ばれるのは、言わずもがなあのダドリーだ。人魚のいる海に落とした筈のハリーがいることに彼は驚いたが、喋れば自分がやったことも白状するようなもの。ダドリーはこちらを奇妙な目で見た後、何か言いたげにして口を噤んだ。
     ハリーとて、己が話しても味方が付く訳じゃないと重々承知しているため、何事もなかったかのように振る舞った。
     もし、「ダドリーに禁じられた海へ落とされた」だなんて言ってみろ。ダドリーはみんなにこう話すだろう。「ハリーが勝手に落ちたんだ!僕のせいにするなんて卑怯な奴だ!」と…。
     そして何より、叔父のバーノンと叔母のペチュニアは大の人魚嫌い。買い物等、海の近くを通るだけでピリピリと神経質になるのに、人魚だの海だのとワードを出した瞬間には大変だ。
     叔父は顔を真っ赤にして怒り狂って「そんなものはいない!」と叫び出すし、叔母は「その名を出すんじゃないよ!」とキーキー金切り声を上げるのである。
     「まっ、そんなんだから興味を持っちゃったんだけど」
     朝食と洗濯、掃除に草むしり。それらを済ませたハリーは家を出る。図書館に行くとの口実を作って。もちろんこれは建前であり、これから人魚に会う予定なのだが。
     「おいハリー」
     「なぁに、ダドリー」
     玄関を出て数秒、ダドリーがハリーに声を掛けた。叔父そっくりな体型に育ってしまった彼は、そのずんぐりむっくりな体で踏ん反りかえりながら、ハリーを見下ろしている。
     「お前、昨日は本当に何も無かったのか?」
     そうとも。ダドリーだって実のところ確かめたいのだ。人魚の存在は頭ごなしに否定されるのに、海には近付くなの一点張り。字も読めず計算もできないダドリーですら、自分の親が嘘を吐いているのはわかっている。
     「何もって、何が?」
     「とぼけるな!人魚はいたかって聞いてるんだ!」
     「シーッ…大きい声で言うとペチュニア叔母さんに聞こえちゃうよ」
     「あ、ああ…ってそうじゃない!いいから話せよ!」
     ダドリーはこういう時だけ無駄に頭が回る。自身を危険に晒さない方法で調べたかった。
     だから、ハリーを海に突き落とした。子供の好奇心というのは人魚より怖いものではないか?ハリーが帰ってこなければ、人魚に食べられたのだと信じられる。
     更にハリーは、バーノンとペチュニアに毛嫌いされていた。いなくなっても困らないし、恐らく捜しもしないことだろう。
     例えダドリーに質問を投げ掛けられても、「ハリーが海に入ってくのを見た。僕は止めたのに」とでも言って泣けばいい。
     「なーんにも、無かったよ。でも、海から浜辺に行くまで結構泳いだから、僕ってば足を攣っちゃって…歩けるまで時間が掛かったんだよね」
     ハリーは、そんな従兄に真実を言う気などサラサラなかった。
     話したらダドリーも「そいつに会わせろ」とハリーに命令して必ず付いてくる。人魚に会ったと周りの子供に自慢したいのだと思うし、仲良くなれるなら「子分にした」、敵対するなら「やっつけてやった」と言いふらしたいのである。
     (彼に勝てる訳ないのに。僕じゃなくてダドリーが落ちたとしたら、きっと今頃…)
     あの鋭い光を、ハリーは脳裏に蘇らせた。人魚が見せた牙も爪も、本物だ。彼に切られた頬を撫でながら、ハリーは考える。
    (あーあ…ダドリーだったら…)
     「んなことまで聞いてない!ケッ、なぁんだ。やっぱ人魚なんていないのか…」
     「うん、僕もちょっとガッカリした。食べられるのはイヤだけど、見てみたかったなぁ」
     「お前の意見なんて聞いてねぇってば!いないなら話はおしまいだ!」
     ダドリーはハリーに向けて「あのまま溺れちゃえば良かったのにな!」と捨て台詞を吐いて去っていく。
     立派な殺人未遂なのに、ダドリーは捕まらない。理不尽だと思いはするが、訴えるつもりは毛頭ない。勝ち目なんて無いのだから。
     「ダドリーだったら、あの人も満足したのかな?」
     だって人魚は、お腹が空いているみたいだったもの。
     


     「そこんところどうなの?食べちゃうの?」
     「いきなり来ておいてそれか、人間」
     海に浸かり続けるのはつらいのか、あの人魚は変わらず浜辺にいた。
     とっくに居なくなっていることもハリーは想定していたが、その姿を発見した途端、なんとも言えぬ高揚感を得て走り出す。
     最初は黄昏たように波を見つめていた人魚だが、ハリーが近付いて来たと察した時、素早く体を反転させて爪を出した。
     ビリッ…とハリーの肌を刺激する感覚は、彼から発せられる殺気とやらなのだろう。
     「んもー!怪我してるなら安静にしてよ!」
     だがしかし、ハリーにそれが通じることは無かった。説教でもするように言うハリーを、人魚はまた呆れた顔で迎える。ハリーの鈍感さに頭痛がするのを感じながら、人魚は仕方なく爪をしまった。
     動きは俊敏だが、傷だらけなのは相変わらずだ。その証拠に例の傷口からは、ボタボタと赤色が落ちて砂浜に染みを作っていた。
     ガーゼや包帯があった方が良いだろうか?ハリーは必死に頭を働かせ、ううんと首を傾げる。
     「無茶をさせていると自覚するなら、僕に話し掛けるな。帰れ」
     「でもさー、お腹空いてるんでしょ?僕じゃ満足しないと思うけど、ダドリーならどうかなって。あいつ、すっごく太ってるんだ」
     「真面目な表情で別の人間を与えようとするな。それより少しは話を聞けガキが!ッ…」
     どうにもイライラしているらしい人魚は、ハリーの言葉をバッサリ切り捨てた。しかしその反動から、再び傷が痛み蹲る。
     「ほら!そうやって叫ぶと痛いってば。はいこれ、今日も薬草持ってきたんだ」
     ジャーンッ!と、ハリーは持ち込んだそれを人魚に差し出す。人魚はチラリとだけ視線を寄越した後、またそっぽを向いた。
     「いらん。必要なのはお前の方だろ」
     「え?僕?」
     なんで?と言うハリーに対し、人魚は「馬鹿なのか。馬鹿だったな…」と呟いた。
     意味がわからないでいるハリーの手から、人魚が乱暴に薬草を奪い取った。
     ついに使ってくれるのかと目を輝かせたハリーの顔面目掛け、人魚は思いっきりそれを投げ付ける。ご丁寧にも束にされた薬草はそこそこ重たい。風の抵抗に負けずそれは真っ直ぐ飛んだ。
     「ヘブッ…⁉︎」
     「その頬をなんとかしてから来い。間抜けが」
     頬、とまで言われて読み取れないハリーではない。人魚が告げたそれは、昨日付けられた切り傷のことだった。
     「ひょっとして、心配してくれてる?」
     ハリーはそのエメラルドグリーンの瞳をパチクリさせ、じわじわと口角を上げていく。そこまできて己の過ちを気付いた人魚が焦り「違う!」と否定する。
     「自分を棚に上げて僕を看病しようとするなと言いたいんだ!」
     考えついた皮肉混じりのセリフを正直に述べたのだ、が…。
     「『僕より自分の身を心配しろ』ってことだよね⁈君ってば優しいんだ。えへへ、ありがとう!」
     「だから……!っもういい!」
     パァッ…と星が舞うかのような満面の笑みをするハリーに、それが通ずる時はこなさそうだった。治まったかと思われた頭痛がぶり返す。
     (目的を忘れるな。ペースを乱されるな。その気になればこいつなんてすぐ消せる…。だから耐えろ、我慢だ)
     人魚は指先で眉間を解しながら深呼吸し、込み上げる熱を空気に変換させて落ち着きを取り戻そうとする。
     「あ、もうこんな時間!明日もまた来るね、じゃっ!」
     せっかく譲ってやろうとした瞬間に限って居なくなる存在に、人魚は「殺したい…」と憎らしく溢したのだった。


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