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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    孝雄と潤輝(愚れノ群れ)

    二十代後半ごろ 全部捏造です
    父親の姿をした何かに踊らされたり踊ったりの運命

    父親の剥製 新港ふ頭の風は生温い。孝雄はメビウスを暫し唇の先で弄ぶと、思い出したように胸ポケットのライターを取り出してやっと火を点けた。風除けに窄めた手のひらの内側で、燻された空気は血生臭かった。
     一服して吐き出した煙のカーテンを透かして、潤輝の背中が見える。コンテナの影、彩度の低い長方形の隅に、ダークグレーのスーツがしゃがみ込んでいる。ダークグレーにときどき墨のような黒が混じる。墨のようなそれは、いまや肉塊と化してビニール袋に静かなそれの液体である。

    「……潤輝」

     久方ぶりに喉から出た音は、うまく声帯を震わせきれずに嗄れていた。海を渡ってくる風の声のほうがよほど響いて、それでも潤輝は手を止めた。瓦礫を握りしめた手は白く、そこにも滲んだ墨色の赤のほうが、よほど生命を感じさせる。

    「袋破れんぞ。もういいだろ」
    「……いいけどさぁ。いいけど」
    「ほら。漁船が戻ってくる。早く」

     環境保全の双葉マークがついた、自然に還るビニールが、裏社会に広く流通していることを業界は知っているんだろうか。空虚な考えに思考を泳がせながら、黒くて丈夫でじき土になる袋の端を掴み、固体と液体の中間みたいになっているそれを引き摺る。コンクリートの端から、海に落とした。どぼん、と大げさな音がして、大げさな飛沫が上がる。視界が濡れる。潮を浴びた前髪を掻き上げようとして、その手の臭いを思い出して、止めた。腕の付け根で額を拭うと、出掛けに振りかけたオーデトワレが不意に百合の花を咲かせる。
     六月の横須賀港は空の白むのが早い。ハコスカの二列目に死体を押し込んだときにはまだ宵の入口だと思ったのに、首都高を飛ばすと後ろから朝が追ってくるかのようだった。腕時計は四時過ぎを指している。夏至の空気は冷え込んでいる。

     潤輝が右手を振りかぶって、汚れた瓦礫を海へほうった。こわばった指からそれはうまく離れずに、同じ色をしたコンクリートの上を数度跳ね、転がって、テトラポットの隙間を落ちていった。今度は大げさなほどに無音だった。

    「許せねぇ。あいつさ」

     影が少しずつ濃くなってゆく。傾いていく暗がりから追い出されて、潤輝の薄い色のグラスは指紋で曇っている。

    「西條さんのタマ狙ってあんなことするとか、有り得ねぇよな。マジ、何ですぐヤっちゃったの。全っ然足りないんだけど。なぁ。殴っても殴っても、足りねぇ、殺したくて」

     怒りに任せて地面を打つ拳は、しかし力ない。心はいきり立っていても、肉体は確実に疲弊している。孝雄は短くなった煙草を灰皿の蓋に擦り付け、もう一本を取り出した。潤輝は孝雄に火を差し出しはしない。当たり前のことだ。孝雄はまた錆びた臭いの傘をつくって、紙巻の先端を燃やした。肺の底まで深く吸い込む。目の前に、二十年前の潤輝の小さな拳を見た。孝雄に打ち付けられる、いたい気で純な暴力の幻想。


     潤輝のこの質は危険だ。孝雄は思う。潤輝のこの苛烈なまでの情深さは、いつか己を滅ぼしていくんじゃないだろうか。
     潤輝は愛情に飢えた子どもだった。孝雄とてそれは同じだが、潤輝は組での日々を過ごすごと、萎れた花が水を与えられるかのように健やかになっていった。親父や兄貴分たちに可愛がられ、護られて、潤輝は懸命にその背中を追った。さながら父親を追う息子のようだった。
     チンピラだったものを飽くことなく殴った潤輝。殴り足りないと口では言っても、きっと西條はそれを望まないし、無駄なことをするなと一喝されるのが目に見えている。それを潤輝も分かっているから、眼前の右手は力なく垂れている。
     だが、靖也や龍也に銃口を向ける者が現れたら。孝雄は肺を引き絞るようにして細く煙を吐いた。そうなったが最後、潤輝はどうなってしまうのだろう。潤輝を前に、自分はどうしたらいいのだろう。


     東の空はいよいよ白い。青く霞んだ茫洋の遠くに二つ三つ、黒い船の影も見える。孝雄は潤輝の脇の下に手を差し込んだ。気合を入れて引き上げたが、潤輝の身体は案外簡単に持ち上がった。

    「帰んぞ。コーヒーでも飲んでいくか」
    「……そうだな」

     掠れた声で潤輝は言った。光のない双眸から顎に続いた道筋を、孝雄は見なかったことにした。
     國崎の親父は最近調子が芳しくない。孝雄と潤輝は近頃こうして、締めや後処理を任されるようになった。一方で靖也は取り立てや事務仕事を一任されて、それが向いているとは思われたが、潤輝は気を揉んでいるらしい。
     龍也はもうじき中学校に上がる。相変わらず孝雄と潤輝を父親のように慕っている。
     鈍いシルバーのスカイライナーの中には、埃とヤニの臭いが息を潜めていた。孝雄の手よりは汚れを知らない。潤輝はジャケットを脱ぎ、内側を下に敷いて助手席に座った。孝雄は潤輝のそういうところに触れるたび、胸を搔きむしりたくて仕方がなくなる。


     ビニール袋の中には、髪や皮膚を剥がれた内側の組織だけが詰め込まれていた。バラされ、殴られて、沈んでゆく。腐敗した組織は瓦解する。
     以前どこかで、剥製の作り方を聞いた。内臓や筋肉はすべて煮崩し、外側だけを鞣して元の形を作る。生きたままのような姿で、内側にははりぼてが詰まっている。
     人間の剝製はできるだろうか。つい数時間前に見たチンピラの姿よりも、顔のない父の影が孝雄の脳裡をひらめいた。
     自分たちにとっての父親とは剝製のような存在だ。親父や兄貴に父を見る。龍也を前にそうあろうとする。父親というものの内側を、誰も知らない。はりぼての人形劇に踊らされている。

     東に向かう国道一号線にはトラックの姿が多かった。グラスを外してチーフで拭う、潤輝の指が震えている。孝雄は自分の手が冷えていることを、車線変更のウインカーを出す時にはじめて知った。



    父親の剝製 完
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    お箸で摘む程度

    MOURNING元同室 生徒会選挙の別Ver.
    .昼休みのカフェテリア、注文口まで続く長い列はのろのろとしてちっとも進まない。ヘッドフォンから流れる音楽が、ああこの曲は今朝も聴いた、プレイリストを一周してしまったらしい。アルバムを切り替えることすら面倒くさくて、今朝遅刻寸前でノートをリュックサックに詰めながら聴いていたブリティッシュロックをまた聴いた。朝の嫌な心地まで蘇ってくる。それは耳に流れるベタベタした英語のせいでもあり、目の前で爽やかに微笑む同室の男の顔のせいでもあった。
    普段はクラブの勧誘チラシなんかが乱雑に張り付けられているカフェテリアの壁には、今、生徒会選挙のポスターがところ狭しと並べられている。公約とキャッチフレーズ、でかでかと引き伸ばされた写真に名前。ちょうど今俺の右側の壁には、相部屋で俺の右側の机に座る、ウィルのポスターがこちらを向いている。青空と花の中で微笑んだ、今朝はこんな顔じゃなかった。すっかり支度を整えて、俺のブランケットを乱暴に剥ぎ取りながら、困ったような呆れたような、それでいてどこか安心したような顔をしていた。すぐ起きてくれて良かった、とか何とか言ってくるから、俺は腹が立つのと惨めなのとですぐにヘッドフォンをして、その時流れたのがこの曲だった。慌ただしい身支度の間にウィルは俺の教科書を勝手に引っ張り出して、それを鞄に詰め込んだら、俺たちは二人で寮を飛び出した。結果的には予鈴が鳴るくらいのタイミングで教室に着くことができて、俺は居たたまれない心地ですぐに端っこの席に逃げたんだけれど。
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    お箸で摘む程度

    TRAININGオスカーとアッシュ ⚠️死ネタ

    レスキューと海賊のパロディ
    沈没する船と運命を共にすることを望んだ船長アッシュと、手を伸ばせば届くアッシュを救えなかったレスキュー隊のオスカーの話。
    海はあたたかいか 雲ひとつない晴天の中で風ばかりが強い。まるでお前の人間のようだ。
     日の照り返しと白波が刺繍された海面を臨んで、重りを付けた花を手向ける。白い花弁のその名を俺は知らない。お前は知っているだろうか。花束を受け取ることの日常茶飯事だったお前のことだ。聞くまでもなく知っているかもしれないし、知らなかったところで知らないまま、鷹揚に受け取る手段を持っている。生花に囲まれたお前の遺影は、青空と海をバックにどうにも馴染んでやるせない。掌に握り込んだ爪を立てる。このごく自然な景色にどうか、どうか違和感を持っていたい。

     ディノさんが髪を手で押さえながら歩いてきた。黒一色のスーツ姿はこの人に酷く不似合いだが、きっと俺の何倍もの回数この格好をしてきたのだろう。硬い表情はそれでも、この場に於ける感情の置き所を知っている。青い瞳に悲しみと気遣わし気を過不足なく湛えて見上げる、八重歯の光るエナメル質が目を引いた。つまりはディノさんが口を開いているのであるが、発されたであろう声は俺の鼓膜に届く前に、吹き荒れる風が奪ってしまった。暴風の中に無音めいた空間が俺を一人閉じ込めている。その中にディノさんを招き入れようとして、彼の口元に耳を近づけたけれど、頬に柔らかい花弁がそれを制して微笑んだ。後にしよう、口の動きだけでそう伝えたディノさんはそのまま献花台に向かって、手の中の白を今度はお前の頬に掲げた。風の音が俺を閉じ込める。ディノさんの瞳や口が発するものは、俺のもとへは決して届かず、俺は参列者の方に目を向けた。膨大な数の黒だった。知っている者、知らない者。俺を知る者、知らない者。
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    お箸で摘む程度

    TRAININGグレイとジェット
    グレイとジェットが右腕を交換する話。川端康成「片腕」に着想を得ています。
    お誕生日おめでとう。
    交感する螺旋「片腕を一日貸してやる」とジェットは言った。そして右腕を肩からはずすと、それを左手に持って僕の膝においた。
    「ありがとう」と僕は膝を見た。ジェットの右腕のあたたかさが膝に伝わった。

     僕とジェットは向かい合って、それぞれの柔らかい椅子に座っていた。ジェットの片腕を両腕に抱える。あたたかいが、脈打って、緊張しているようにも感じられる。
     僕は自分の右腕をはずして、それを傍の小机においた。そこには紅茶がふたつと、ナイフと、ウイスキーの瓶があった。僕の腕は丸い天板の端をつかんで、ソーサーとソーサーの間にじっとした。

    「付け替えてもいい?」と僕は尋ねる。
    「勝手にしろ」とジェットは答える。

     ジェットの右腕を左手でつかんで、僕はそれを目の前に掲げた。肘よりもすこし上を握れば、肩の円みが光をたたえて淡く発光するようだ。その光をあてがうようにして、僕は僕の肩にジェットの腕をつけかえた。僕の肩には痙攣が伝わって、じわりとあたたかい交感がおきて、ジェットはほんのすこし眉間にしわを寄せる。右腕が不随意にふるえて空を掴んだ。
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