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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    シリウスとヴィクター 千夜一夜イベを経ての散文

    オークションの後、廃墟のプラネタリウムで話す二人。全てが捏造です。

    #エリオスR
    eliosR.

    子供の領分「あれがアルタイル、ベガ、そしてあちらが、デネブ……」

     椅子に凭れて半球を見上げる。古いクッションは黴くさい匂いがする。
     どこか安心する匂いだ、とヴィクターは思った。黴や埃と疎ましく呼んでも、それらは時間の匂いをしている。不変の匂いだ。それでいて、瓦解の匂い。自然に任せて朽ちていく退廃の美しさが、鼻腔から脳へと伝わってくる。

     しなやかな指先がレバーにかかって、軋んだ音を立てながら下ろされる。ガコン、と音がして、半球が動くと同時に、客席がほの明るくなった。

    「おや、季節を切り替えるレバーではなかったのか」
    「いえ、空も動いています」
    「接触不良か。まあ仕方ない、いつから動かされていないのやら、分からないからな」

     親指でレバーを上に戻す、赤い瞳がヴィクターから覗かれた。鮮やかな虹彩を透かす色素の薄いシリウスの髪が、自分と似ていながらどこか違うと、ヴィクターは頭の片隅で考えた。視界にも入る自分の長い髪は、陽に当たれば生成り色にも、蛍光灯の下では金属の色にも見える。だが、あの男の髪の色は、何物にも染まらない、潔白――というのが、これまでの彼の行動とは正反対のようだ。ヴィクターははじめ、彼のことを人伝に聞いた時にはそう思っていた。しかし今は、その考えが改まりつつある。潔白な彼の色。それはまさに、彼自身を表していると、なぜかそう感じられて、ヴィクターは再び視線を上に向ける。


     身を襲う寒さを裏切り、視界は一面夏の夜空だ。ヴィクターは別段そのちぐはぐさを違和感に思うこともなく、ただその空を眺めていた。夏の大三角に、それらを含んだ白鳥座、琴座、鷲座。蛇座を従えた蛇遣い座が悠々と浮いている。
     ヴィクターにとっては、星座など知識の中の出来事で、数度は実際の夜空を見上げたこともあったかもしれないが、実際だろうが架空だろうが、微塵も関係のないことであった。肌の感じる季節感と、天空の星の配置との間に、実感の存在は見当たらない。

     腐敗を感じさせる柔らかさの床を踏みしめて、シリウスはヴィクターの座る席へと歩んだ。暗闇の中に生白い輪郭がぼんやりと浮かんでいる。ヴィクターの二つ隣の座席に手を掛けて、シリウスもまた、天を仰いだ。

    「ニューミリオンの夜景は、何ドルだい?」
    「え?」
    「百万ドルの夜景……と言うなら、僕らにとっては分厚い岩ほどの夜景、ということになるのかな」

     シリウスは笑って、一席挟んだヴィクターの右側に腰掛けた。青灰色のタキシードに埃が立つ。冷たい風が、スラックスの裾を擽った。オークション会場と廃墟のプラネタリウム。似ても似つかない二つの場所で、同じ距離に座っている。視界の端に流れる白い髪。仮面が無い。より近い。

    「ここはロストガーデンによく似ている。風化した無機物に、人工的な自然……」

     天頂を中心に流れていく星空。長らく動かされていないらしい機械は、油を挿していない蝶番のようにぎしぎしとよろめき動く。天の川の明るさにも関わらず、水瓶座の六等星まではっきりと見える。シリウスの言う人工的な自然というのが、ヴィクターにも何となくわかるような気がした。
     それでは、自然的な自然とは、どんなものであったか……そう考えたヴィクターの背を押すように、シリウスは視線を戻し、告げた。

    「折角の地上だ。外へ出よう、ヴィクター」



     ブラッドには、申し訳ないと思っている。本来の任務とは関係のない商品には、少額の特務部経費と、それなりの額の研究部経費と、かなりの額の自費を要した。ブラッドがオークションの出品物の詳細を知っていたかどうかは定かでないが、ヴィクターがここまで任務を脇道に逸れるとは、流石に思っていなかっただろう。それにヴィクターは、オークションでシリウスに遭遇したことを、一切報告しなかった。任務以降もこのオークションに訪れていることや、度々シリウスと会って言葉を交わしていることなど、ヴィクターは報告の検討すらしていない。

     その選択が、これこそは恐らく自分の意志であると、ヴィクターは自分の行動を不思議に思った。エリオスに対する最大の脅威であるイクリプス、その中心人物とこんなにも接触していながら、それを上に報告しない理由の所在が、恐らく自分にあるということが、ヴィクターの実感に欠いている。何故自分は、誰にも黙ってこの男との密会を重ねているのか――その答えを出すには、まだ自分の意志を取り戻せないヴィクターにとって、少々荷が重すぎる。感じないふりだけは、得意だった。


     オークション会場にほど近い、忘れられたプラネタリウム。人の寄り付かない廃墟群はエンタテインメント施設の面影もなく、淀んだ時の香りを滲ませている。

     好き放題に伸びた芝生を踏みながら、二人は何処というあてもなく歩いた。元々は手入れされていたのであろうが、今や鬱蒼としてしまっている庭木の中、シリウスは足を止める。後に続いていたヴィクターも、その隣に並んだ。

    「さて……夜景が素晴らしければ素晴らしいほど、夜空の価値は下がっていくものだ」

     木立の間から覗く空。漆黒の宇宙はしかし地上の明るさを映して、星々の輝きを損なっている。

    「ヴィクター。この空を“自然的に”見るなら、どうする?」
    「……」

     ヴィクターは空を見上げた。林冠に遮られながらも、人工の明るさに白む空。まずはこの、明るすぎるのが仕方ない。

    「そうですね、まずはプリズムを用いた光の分散作用で、視界に届く明るさを減少させます」
    「やってみろ」

     シリウスの言葉に、能力を発動させる。空全体の考慮や、また完全な減光とまではいかずとも、木立から覗く狭い空は幾分、元の深い暗闇を取り戻したように見受けられた。

    「ふむ、エクスペリメント……光学素子まで操るか。流石の能力、そして使い手の知識があってこそだ」
    「私は光学にも疎い方です。恐らくは、もっと上手い方法があるでしょう」
    「そうかもしれないな、サブスタンスの可能性は無限大だ。それで、次はどうする」


     減光に加えて空気中の塵の排除、水蒸気や温度差による靄の発生の削減などを試行錯誤し、頭上はプラネタリウムとまではいかずとも、周囲の景色も相まって山中のような瞬きを見せた。

    「ああ、これでやっと、冬の星座を見ることができる」

     シリウスの目論見を腹中探っていたヴィクターであったが、シリウスから漏れたのはそんな言葉だった。まさか、ただ、プラネタリウムで見られなかった冬の夜空を見たいがために? おそらくは最中晒したエクスペリメントの能力についても収穫にはされるだろうが、しかし結局いまのシリウスは、無邪気に天体観測を楽しんでいる。
     最初に任務でシリウスと出会って以来、ヴィクターにはこの男の行動原理が全く理解できなかった。オークションで見せた興味の先も、会話に見られる感情も、彼はただ純粋に、研究の発展を望んでいるようにしか思えない。何故エリオスを襲うのか、果たして彼がそれを望んでいるのかどうかすら、ヴィクターには信じ難いこととして映った。ただシリウスは、真摯な熱意と純粋な好奇心を持った研究者であるかのように思える。まるで、子供のようだ。まるで、在りし日の、オズワルドのよう――


    「あれがベテルギウス、プロキオン、そしてあちらが、」
    「シリウス」

     シリウスはくるりとこちらを振り返った。その目は楽しそうに輝いている。

    「そうだ。冬の大三角」
    「……」

     ヴィクターは、もちろん星の名前を挙げたのではなく、目の前の男に呼びかけたのであったが、それを改めることはせず、黙ってシリウスに倣った。
     ベテルギウスとリゲルの眩しいオリオン座、真っ赤なアルデバランを含んだ牡牛座、プロキオンと小さな星の小犬座、それから、どの星よりも明るく、強い輝きを放つ、シリウスを携えた大犬座。


     冬の星座。ヴィクターにとって頭の中の知識でしかなかったそれが今、末端から体温を奪うような寒さと草木の香り、そして視界の端の白い髪、それらの五感に結び付くような感覚があった。

    「こんなふうに夜空を見上げるなんて、何だか子供みたいじゃないか?」

     シリウスが言った。子供を楽しむ大人の声だった。
     ヴィクターはただ黙って、努めて何も考えないようにしながら、星空を見上げる。得意だったはずのことを、習得する前に戻ってしまったかのようだった。



    子供の領分 Fin

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    お箸で摘む程度

    TRAINING研究部
    感覚からヴィクターを想起してみるノヴァのお話。
    move movement poetry 自動じゃないドアを開ける力すら、もうおれには残っていないかもなぁ、なんて思ったけれど、身体ごと押すドアの冷たさが白衣を伝わってくるころ、ガコン、と鉄製の板は動いた。密閉式のそれも空気が通り抜けてしまいさえすれば、空間をつなげて、屋上は午後の陽のなかに明るい。ちょっと気後れするような風景の中に、おれは入ってゆく。出てゆく、の方が正しいのかもしれない。太陽を一体、いつぶりに見ただろう。外の空気を、風を、いつぶりに感じただろう。
     屋上は地平よりもはるか高く、どんなに鋭い音も秒速三四〇メートルを駆ける間に広がり散っていってしまう。地上の喧噪がうそみたいに、のどかだった。夏の盛りをすぎて、きっとそのときよりも生きやすくなっただろう花が、やさしい風に揺れている。いろんな色だなぁ。そんな感想しか持てない自分に苦笑いが漏れた。まあ、分かるよ、維管束で根から吸い上げた水を葉に運んでは光合成をおこなう様子だとか、クロロフィルやカロテノイド、ベタレインが可視光を反射する様子だとか、そういうのをレントゲン写真みたく目の前の現実に重ね合わせて。でも、そういうことじゃなくて、こんなにも忙しいときに、おれがこんなところに来たのは、今はいないいつかのヴィクの姿を、不意に思い出したからだった。
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