なぎこさんと着痩せするが案外乳の大きな女が、斎藤と話している。確か清少納言だったか。彼女が食堂でさまざまなサーヴァントと会話しているのを見かけるが、今日のターゲットは斎藤らしい。
気のせいか、斎藤のへらへら具合はいつもより濃い。よほど目の前の女と交流できるのが嬉しいのだろう。面白くない。
――今俺は何を考えた?
生前は女に不自由したことはなかった。島原の姐さんたち、素人の町娘、老若の女が俺を見ていた。俺を巡って争いが起きたことも一度ではなかった。
俺は他人からの好意に無頓着だった。
このカルデアにサーヴァントとして召喚され、部下だった斎藤と関係を持った。柳のようだと思っていた男は意外なほど情熱的で、俺はしばしばその独占欲と嫉妬に困らされた。
その斎藤が、俺ではない女と談笑している。
生前を合わせても覚えたことのない感情に囚われている。
食欲がなくなった。もともとサーヴァントは魔力を動力源としていて、食事は生前の習慣でしかない。それに、自室にはエミヤが漬けた沢庵の瓶がある(本当は樽で欲しいのだが)。
俺はわけもなく感情を害しながらきびすを返し、食堂を出た。
「あっ、ヒッジ」
なぎこさんの言葉に首を巡らす。副長はちょうど食堂から出ていくところだった。さっきまで見かけなかったが、ずいぶんなスピードで食事を摂ったのだろうか。
「声かけねーの?」
「いや、この距離でいちいち呼ぶのも申し訳ないし、それに」
「それに、さっきまで情熱的に愛し合ってたからってか?」
図星を突かれ、頬に血が集まる。
僕は副長――土方さんと恋仲である。生前届かなかった手が、サーヴァントというかりそめの生を与えられて届いたのだ。
副長の部屋を出て食堂で朝食の蕎麦をすすっていたら、なぎこさんに捕まった。
「あたしちゃん、恋愛っていまいち縁遠くてさ。ちょっと話聞かせてよ」
何でも、サバフェスでエッセイの寄稿を依頼されたという。
「平安時代の宮中って、みんな恋愛してたんじゃないの」
「あたしちゃんは例外だったんだよ。男友達は多いけど、ってやつだ」
そう言うなぎこさんの話術はやはり巧みで、朝っぱらだというのに僕は副長の魅力や可愛さを残さず吐かされた。
「ふんふん、あのヒッジがねぇ」
「認知の歪みは自覚してますよ」
「いや、ちゃんハジが感じてることはちゃんハジにとって絶対に正しいんだよ。それをあたしちゃんや他のやつがどうこう言えない。たとえ対象があのおっかないヒッジでもね」
まっすぐ肯定してくれるのがありがたかった。思わず笑顔になる。やはり誰かから認めてもらえるのはいいことだ(信長公たちからは副長の可愛さを否定されるので)。
今日はなぎこさんとエレシュキガルちゃんと一緒に周回の予定が入っている。蕎麦のトレイを食器返却口へ戻し、連れ立ってオペレーションルームへ向かう。
しかし僕が考えているのは副長のことだ。収穫を得て帰ってきたら褒めてねぎらってくれるだろうかとか、今夜も絆されて身体を許してくれるだろうかとか、そんなどうしようもないことばかり浮かぶ。
「にやけているのだわ…」
エレシュキガルちゃんに言われても、僕は己を律せそうにない。せめてこれから戦うエネミーには集中しなければ、と思うのだけれど。