いい男にも悩みはある 移動中、スマホでニュースを見て過ごすこともある。
今日話題になっていたのは、四十代なかばの渋い演技をする俳優が、二十も歳下の元アイドルと結婚するというものだった。
ニュースサイトから誘導されてSNSを覗く。もちろん素直に祝福を送るファンもいる。推しの結婚にショックを受ける層もいる。
しかし俺が注目したのは、女性を中心とした『人の親』と思しい人々のコメントだった。
曰く、おっさんに嫁がせるために育てた訳じゃない。貴重な出産適齢期を無為に過ごさせたくない。同世代と過ごす当たり前の日々を奪うなんて、大人の男のすることではない。
難癖をつけることが好きな男どもは、それらのコメントを『中年女の嫉妬』と捉えて罵っていたが、俺はそれに与(くみ)することはできなかった。
むしろ、胸に刺さった。
メッセージアプリを立ち上げる。
『元気か』
『元気ですよ』
斎藤から即答が帰ってきた。メッセージを送っておいて何だが、今は授業の時間ではないのか。せっかく学ばせてもらっているのだから、授業はちゃんと聞け。
……と、説教するのが目的ではない。
『お前、学校に友達はいるか』
『普通にいますよ』
『同級生と遊んだりしろよ』
『嫌ですよ、土方さんと一緒にいる時間が減るし』
ほぼ予想通りの返答だ。
『……もしかして、俺に飽きた?』
メッセージとともに、熊の泣き顔のスタンプが送られてくる。
『嫌だ、別れるなんて言わないで。俺、もっといい男になるから、あんたにふさわしい男になるから』
『そんなこと言ってねぇ』
『今日土方さんち行っていい?』
どうやら、斎藤がいつも感じている不安を焚きつけてしまったようだ。
『ダメだ。明日一限あるだろ』
『覚えられてるのは嬉しいけど、でも、別れたくない』
書いておいてから、斎藤のタイムスケジュールを覚えている自分に驚いた。
『別れる気はないから安心しろ』
『安心できない、顔見て話したい』
『…じゃあ、少しだけ。お前んちの駅前のカフェで』
俺はかつての恋人たちにここまで甘かっただろうか。そう思いながら、宥める意味のスタンプを送る。斎藤はうさぎの泣き顔のスタンプを返してきた。よほど不安らしい。
そもそも、斎藤が俺に一目惚れした。沖田からは掴みどころのないふわふわした学生だと聞いていたが、ずいぶん直情的なアプローチを繰り返してきて、根負けして受け容れた。
とはいえ、乞われるままに『抱かれる方』を選んだ時には、俺も引き返せないところまで来ていたのだろう。
俺は斎藤の時間を搾取しているのではないか。もっと歳相応のいい相手がいるのではないか。
そんな考えが、たまにうっすら浮かぶ。
音楽の趣味も合わない、小さい頃見ていたマンガやアニメも合わない。第一、お互いにあと五歳若かったら事案になる。
ただ俺の見た目に惹かれて、恋に恋しているだけなのではないか。じきに、見た目に惑わされず本当に愛せる相手と巡り逢うのではないか。
ともあれ、斎藤の授業が終わる頃合に最寄り駅に着かなければならない。
スケジュールアプリで、今日締切の業務を確認する。人に仕事を投げるのは好きではないが、背に腹はかえられない。
顔を見せて、斎藤を安心させたい。
自分の抱えている感情の名前を見つけられないまま、俺は帰社後の段取りだけ組み立てた。