日曜のお風呂上がり 家主より先にお風呂をいただくのは抵抗がある、と言ったら、
「育ちがいいな」
と、感心された。人として当たり前のことだと思うのだけど、そうでもない人も多いのだろうか。
土方さんはこう見えて末っ子で、歳の離れたお兄さんやお姉さんに可愛がられていたという。それこそ、目に入れても痛くないレベルで。
先にお湯をいただいた僕が髪を乾かし終わったタイミングで、土方さんはお風呂から上がった。Tシャツとボクサーショーツだけで部屋をうろうろするのはやめてください。せめて下、何か穿いて。
という思いも、均整の取れて美しい身体を正視できないから伝わらない。土方さんは冷蔵庫から出したビール缶を手に、僕の隣に座った。脚が長い。
慌てて視線を上向けるけれど、今度は首筋に今朝つけたキスマークを見つけてしまう。血迷って更に視線をずらせば、端正な顔が目に入る。八方塞がりとはこのことだ。
「あっ髪の毛! 髪乾かしますね!」
逃げ道を見つけた僕は、うっすら兆した無敵の分身を隠して立ち上がり、土方さんの背後に陣取った。
普段奔放な癖毛は、濡れてペったりしていても健在だ。あちこちで毛束がはねて自己主張している。
僕はドライヤーを手許に引き寄せ、膝立ちになってスイッチを入れる。ごうごうと音を立てて、熱い空気が吹き出される。
人の髪を乾かすなんて、もちろん土方さんが初めてだ。何回か経験を重ねても、いまだに正解がわからない。
まず、つむじの辺りに風を当てる。ふさふさと豊かな髪が渦を巻いている。普段の身長差では見られない部位に、僕はほんの少し興奮する。逆に、土方さんはいつも僕のつむじを見ているのかと思うと、なんとも恥ずかしい、いたたまれない気持ちにもなる。下手に裸を見られるよりも恥ずかしいかもしれない。
熱風のおかげで、そう長くない髪はどんどん乾いていく。手ぐしで黒髪を梳(と)くと、さらさらな感触が指を楽しませてくれる。
後ろ髪も重要だ。うっかり生乾きにすると、枕のせいで寝癖がついてしまう。実際、僕は一回失敗した。「他もはねてんだ、わかんねぇだろ」と言ってくれた土方さんの優しさに救われ、もっと好きになった。
ドライヤーと手を前に回し、前髪と横髪も乾かす。それとなく顔を覗き込むと、土方さんは目を細めて、実に気持ちよさそうな表情を浮かべている。こういう時は猫みたいだ。僕もとても幸せになる。
「終わりましたよ」
ドライヤーの電源を切ると、土方さんは頭を軽く振って僕を振り返った。
「いつもありがとうな」
ここで『悪い』とか『すまない』ではなく、きちんとお礼の言葉を言う辺り、土方さんもきちんとしたしつけを受けてきた人なのだろうと思わせる。だからこそ、僕に対しても『育ちがいい』という褒め言葉が出てくるのだろう。
土方さんの、普段は撫でつけている前髪がほぼ全部額に落ちて、幼く見える。もともと肌も綺麗で、しみやしわとも無縁だから、このたたずまいなら二十代で通用すると、僕はいつも思っている。
見た目で好きになったわけではないが、見た目も大好きだ。
しかし、まだ土方さんは目に毒な恰好をしている。
美しい肢体から目を逸らしつつ、二リットルのペットボトルからマグカップにお茶を注ぎ、一口飲む。お風呂で少なからず体内の水分が蒸発したからか、実においしい。
好きな人と一緒に過ごせることの幸福。この穏やかな時間があれば、他に何もいらない。
――という気持ちも本当なのだけれど。
「なぁ、お前さっきいやらしい目で俺のこと見てたろ」
低い声が、愉快そうに言う。
否定するのも男らしくないと思えて、僕は素直にうなずいた。
「抱くか?」
「いや、あんた明日からまた仕事でしょ。無理なことさせられない、ダメです」
「謙虚だな」
土方さんは、あてが外れたと言いたげな顔をする。もしかして、これは……誘われているのだろうか。僕に抱いて欲しいと思っているのだろうか。だから、こんなにいやらしい恰好で僕の前をうろうろしているのだろうか。
「……一回だけなら」
「一回で済めばいいな」
たぶん耳まで真っ赤になった僕の頭を、土方さんはかき混ぜる。こういう風に、子供扱いと男扱いを同時にされるのがいちばん困る。
赤い目を覗き込めば、稚気と色気が混在している。その光の刺激があまりに強すぎて、僕は目を閉じて唇を重ねる。
そうだ、ドライヤーの電源を抜いておかないと危ない。
キスしたまま手探りで配線を掴もうとしたら、手首を取られて土方さんの背中に回すよううながされる。
どうか万一の事故など起きませんように。
僕は祈りながら痩躯に体重をかけた。