初夜、一度目の後「男としての責任を取ります。俺と結婚してください」
初めて寝た日に求婚された。
「落ち着けよ、俺ぁ処女(おぼこ)じゃねぇんだ」
そう返すと、斎藤は顔を青くした。
「うん、それは、わかってます……三十路にもなれば、いろいろありますよね……」
などと言いつつ、まったく理解も納得もしていない顔をする。
下品な呼ばれ方はされたくないが、確かに俺はモテるし、人並みかそれ以上には遊んできた。男と寝たこともないではない。だからこそ、斎藤とのセックスもうまくいったのだが――。
「でも、もう俺以外のどんなやつにも触らせませんから」
やっかいだな、と思う。
こいつは俺と『結婚を前提とした交際』をしたいと思っている。いずれはこの国でも同性婚が認められるだろうから、その考え自体は間違っていない。
しかし、肝腎の俺に結婚願望がない。
セックスの相手には困っていないし、日常生活に他の人間を介すのには抵抗がある。
末っ子だから跡を継ぐ必要もない(既に俺とそう歳の違わない甥がいる)し、血の繋がった子供の顔を見たいとも思わない。
一人で生きていけるよう、二十五年ローンでマンションを買ったし、家具も家電も揃えた。
現に今、一人寝用に買ったセミダブルベッドで、二人の男がぎゅうぎゅうになっている。
斎藤は俺に一目惚れした。友人として沖田に紹介されたのだが、その日以来俺しか眼中にないとばかりに迫ってきた。俺の性格のほんの一部を知るたびに、目を潤ませて喜んだ。
『顔に惹かれましたけど、顔だけが好きなわけじゃないんです』
俺はとうとう根負けした。一度くらいなら抱かれてもいい。この身体に満足すれば、少しはおとなしくなるだろう。
俺の考えは、少々浅はかだったようだ。斎藤の変な部分に火を点けてしまった。
「結婚って、めんどくせぇぞ。生まれも育ちも歳も違う二人の人間が、一つ屋根の下で暮らすんだ。高確率でいつか嫌になる」
「結婚したこと、あるんですか」
「ねぇけどよ、同級生にはもう所帯持ってるやつもいる。話聞いてりゃわかる」
「よかった……」
このガキ、俺の話を聞け。
「これからは俺があんたを守りますからね、まだ至らないところもたくさんあるけど、あんたの彼氏として頑張りますから」
一度寝ただけで彼氏気取りか。
笑ってしまう。いかにも大学生の考えそうなことだ。
しかし、と俺は思ってしまった。
「……じゃぁ」
俺が呼びかけると、斎藤ははなはだ不安げな視線を向けてきた。高らかに誓いつつも、俺の否定を聞くのが怖いのだろう。
「お前が飽きるまで、一緒にいてやるよ」
「絶対! 飽きません! から!」
世間知らずの斎藤の叫びは上ずっていて、
「少し声抑えろ、ここは集合住宅だ」
「すみません……」
肩を落とすのが可愛らしい。
「賭けてもいい、絶対に三ヶ月で飽きる」
「飽きませんからね」
斎藤は仰向けで横たわる俺に覆いかぶさって、耳許で囁いた。
「顔も心も身体も最高なんだ、絶対手放さねぇ」
その声だけは立派な雄で、先ほどまでの情交を思い起こして背筋に鳥肌が立つ。
幸か不幸か、身体の相性はよかった。
今の俺には特定のセフレはいない。積極的に一夜の相手を探すには仕事が忙しいし、リスクもある。
こいつが飽きるまでは、性欲のはけ口として利用してやるのも悪くない。こいつも俺を抱きたくてしかたないのだ、win-winというやつだ。
「いいぜ、抱けよ」
囁き返してやると、斎藤は待てを解かれた犬のように、俺の身体へ飛びついてきた。
貪られるのも悪くない。
この時、俺は己の内なる薮をつついて蛇を出してしまった。そもそも、今までのセフレを家に上げたことはない。
目先の性欲に負けた俺には、そんな自分の心の動きに気づく術(すべ)もなかった。