初夜の午前3時頃 好きな人とのセックスって、こんなに気持ちいいんだ。
今までつき合ってきた数人の女の子たちには本当に申し訳ないのだけれど、僕は彼女たちのことを本当に好きなわけではなかったようだ。
それだけ僕の巨大な感情を呼び起こした人は、ソファで煙草を吸っている。若い頃、寝煙草でボヤを起こしかけて以来、多少おっくうでも起き上がって喫煙することにしたらしい。
ベッドで待ってろ、と言われたけれど、一分一秒でも離れたくない。だから最低限の下着と肌着だけ身につけて、ソファで土方さんの肩に頬を預けている。
この身長差も、少しつらい。僕は土方さんにふさわしい、大人の男になりたいのに、約十歳と十センチの差が現実を見せつけてくる。
今夜僕に抱かれたのも、かるがもの雛のようにうるさい僕を身体で黙らせるためだったに違いない。本当に愛されているかどうかくらい、いくら恋に目を塞がれていても――だからこそ、わかる。
同じ気持ちを寄せ合ったわけではないのに、セックスではこれ以上ないほど感じた。土方さんの乱れ方も、演技ではなかった――はずだ。第一、土方さんには僕にそんな演技を見せる理由はない。
「そんなにくっつくな、煙草の匂いついちまうぞ」
「あんたの匂いがつくなら嬉しいです」
「……しょうがねぇな」
正面を見て、土方さんは尖らせた唇から紫煙を吐き出した。この人の肺を満たす煙にすら嫉妬してしまう。本当に、恋という病は度しがたい。
一本吸い終わった土方さんは、煙草をローテーブルの灰皿に押しつけてソファの背もたれに身体を預けた。その顔に憔悴の陰を見つけて、僕は己のしでかしたことを今更自覚する。
「身体、きつくないですか?」
「きつくないったら嘘になるな」
土方さんは、視線だけ僕へと巡らせて笑う。
「まぁ、でも、俺も楽しんだしな」
「次は自重します……」
「自重できるもんならな」
どんよりと落ち込む僕の頭を、土方さんは撫でてくれる。
言質(げんち)は取った。僕が飽きるまで、土方さんは僕に抱かれてくれる。
土方さんにとって僕は、セフレの一種でしかないだろう。なにしろ、『お前は絶対俺に飽きる』と明言している。
僕の気持ちを勝手に見くびらないで欲しい。
確かに第一印象は見た目だった。男らしさと艶やかさと危うさが絶妙なバランスを取って首の上に乗っている。首から下も均等が取れていて、股下にはスカイツリーが入るほどだ。
しかし、触れ合うにつれ。
用意されなければ沢庵しか食べないことを知った。偏食がすぎる、と見かねて食材を買い込んで簡単な野菜炒めと味噌汁を作った。きちんと手を合わせて食べてくれた。
添い寝している時にお姉さんから電話があった。僕や沖田ちゃんや他の人相手とは違い、目尻を下げて自然な微笑みを見せていた。正直、抱きたい衝動を抑えるのが大変だった。
末っ子だからだろうか、寝ぼけると僕の肩口に頬を寄せてきた。ふにゃふにゃと頬ずりして、時折腕を噛んだ。痛いわけがなく、むしろ自分が砂糖菓子になったかのような感覚を味わった。
土方さんは、顔だけではなく、内面も可愛い。
おまけに、セックスもめちゃくちゃ気持ちいい。
こんな、どこもかしこも最高な人に飽きるなど、僕には考えられない。
僕にできることは。
「ね、土方さん。今度の週末、デートしません? ウインドウショッピングとか、映画とか」
「……」
「い、忙しいです?」
「いや、デートなんてここ何年もしてねぇな、と」
ただれた性生活の一端が垣間見えたが、無視する。
「でも今は、僕が土方さんの彼氏ですよね。カップルはデートに行くもんですよ」
「そうだな」
行き先は僕が決める。お金は土方さんが出す。
その言葉に僕は猛反発したのだが、「学生相手に割り勘するわけにはいかねぇ」と押し切られた。
こんなところにも、僕の未熟さを感じる。来月からはもっとシフトを入れよう。土方さんに食事のひとつもおごれるような男になりたい。
僕の決意をよそに、土方さんは二本目を吸い終わった。
「ベッド戻るぞ」
「あっ、はい」
寝室には熱源がなかった。春とはいえまだまだ冷える。
「だからお前は残ってろって言ったのに」
「あんたと離れたくないですもん」
「かわいこぶるな」
「可愛くないです?」
「どっちかったら可愛い」
セミダブルベッドでぎゅうぎゅうになって、好きな人の体温を感じる。この世でこれ以上の幸福はなかなかない。
暗がりの中、赤い瞳と目が合った。どちらからともなく目をつぶり、引き寄せられるようにキスをする。
「するなら脱げよ」
「はい」
僕は脱皮するようにして、ベッドの下に放る。肌と肌の触れあったところからどこまでも溶けていきそうな感覚。
好きだ。
この気持ちを、腕の中の人と共有したい。
まだこの人は、僕をセフレの延長としか見てくれていないけれども。