一ヶ月後の感情の動き 斎藤と肌を合わせるようになって一ヶ月経った。今のところ、斎藤が俺に飽きる気配はない。講義の休み時間ごとにメッセージが来るから、大まかなな講義の時間割りを覚えてしまったほどだ。
花や空、猫の写真もよく送られてくる。
『可愛いものや綺麗なものを共有したくて』
との言葉に、愛されているのだな、とは思う。しかし、かといって俺も愛し返さなければ、という気分にはなれない。
土曜日はデートで予定が埋まった。この間は桜の散り落ちた公園を歩き、隣接している博物館へ行った。二人で長々と刀剣の展示を見てしまったから、他の展示を見る時間がなくなった。
デートの後はそのまま俺の家へ帰って、当たり前のように未明までセックスをする。
斎藤も俺が初めてではないようだが、あんなにがっつかれた過去の女に少し同情する。
木曜は授業が三限かららしく、水曜の夕方にうちへ来ては俺に甘える。『会いたかった』と言うが、『やりたかった』の間違いだろうといつも思う。
そんな中、久しぶりに高長恭と会った。長恭は俺の高校に来た留学生で、向こうの大学を卒業した後、日系の企業に就職した。
馬が合うというほどではないが、顔のよさゆえの悩みを共有できる数少ない知人なので、それなりに大事にしている。
盃を重ねるうちに、近況の話になった。生々しい部分はぼやかして、斎藤の扱いに困っている話をした。
「うっとうしいのなら……別れてしまえばよろしいのでは?」
ネイティブと遜色ない日本語を操る長恭は、不思議そうに俺を見た。
「いや、まだあいつは俺に飽きてねぇんだ」
「そういう約束をしたことは確かでしょう。ですが、その口約束に土方さんがことさら従うことはないと思うのです」
土方さんの負担になっていることがわかれば、その方も強くは出ないかと……と続ける長恭に、俺は驚いた。
長恭の言葉に、ではない。
斎藤と別れるという選択肢が目に入っていなかった自分に、だ。
今まで、セフレは都合がいい悪くなったら切るものだと思っていた。相手がセックス以上のことを求めていると察したら、会うのをやめた。それで俺をこじらせたやつは何人もいたが、みな自分の力で対処してきた。
面倒くさい斎藤も、そのように扱えばいいではないか。
しかし現状、斎藤とのセックスには満足している。俺から切る理由はない。
それに。
綺麗な青空の写真に喜びの意のスタンプを送ると、感激したような小動物のスタンプが帰ってくる。
水曜の夜、翌日の仕事に響くからとセックスを拒むと、この世のすべてから見放されたかのような顔をする。
絆されて腕を広げてやると、あっという間に相好を崩して俺に抱きついてくる。
俺の一挙一動でこれほどの反応を示したやつは、他にいない。
「あるいは」
長恭は言う。
「土方さんは、その方を手放したくないのではないですか?」
まさか、そんな。
しかし、今までのセフレへ対する態度とは明らかに違うと、頭のどこかでは理解している。
「なら、私から何か言うのは野暮ですね」
紹興酒を呷る長恭を、俺は信じがたく見つめる。
スマホが震えた。通知にはもちろん、斎藤の名前が浮かんでいる。
『今どこです?』
『連れと飲んでる』
『セフレ?』
『普通の連れだよ』
メッセージを送ると、疑っていそうな顔の小動物のスタンプが返ってくる。
長恭が問うてきた。
「恋人さんですか」
「そんなんじゃねぇよ。俺の話のどこ聞いてたんだ」
「土方さんが、その方をたいへんに気にかけている、ということを」
「負担だって言ったろ」
「気づいていないんですね、その方の話をする土方さんは、とても柔らかいお顔をするんです」
俺は思わず自分の顔を触る。俺の正面のイケメンは、満ち足りたような顔で俺を見ている。
「土方さんが、恋、ですか」
そんなんじゃねぇ、と再度言い切ることはできなくなった。胸を渦巻く、名状しがたい感情から、俺はとりあえず目を逸らした。