二人でこたつ「こたつ買ったんですか」
「ああ」
週末。いつものように土方さんの家へ来て、驚いた。フローリングのダイニングにあったダイニングテーブルが端に寄せられ、その代わりこたつが鎮座していた。黒に近いダークブラウンのこたつ布団がおしゃれだ。こたつ板の上には、みかんと湯呑みが乗っている。土方さんは既にこたつの一画でぬくぬくとしていた。
「どうしたんですか、急に」
「前から欲しいとは思ってたんだぜ」
土方さんはこたつ板に肘をついて色っぽい笑顔を浮かべる。本人は無意識らしいから、本当に罪深い。
「ただ、一人でこたつ入ってもつまんねぇだろ。わざわざ今の家具片してまで買うほどじゃなかった」
一人で暮らす分には、よほど困らなければ部屋の模様替えはしないものだろう。
そして僕は、土方さんの言葉に込められた意味を感じ取る。
「今の土方さんは『二人』なんですね」
「そりゃそうだろ」
かなりどきどきしながらの僕のセリフを、土方さんはごく自然に受け止める。
「俺にここまでさせたやつはなかなかいねぇって自覚しろよ」
土方さんは僕に小さめのクッションを投げてきた。僕が受け止めると、
「ほら、入れ」
と、自分の左側の布団をめくっていざなってくれる。
「正面じゃないんですか」
「こっちの方が、何かと便利だろ」
確かに、お茶を淹れたり、ごはんを食べたりするには、角度がついている方がいいかもしれない。
クッションを抱っこして、こたつに足を入れた。既に温まっていたこたつは、外気の冷たさに縮こまっていた僕のすねに生気を与えてくれる。
「……はぁぁぁぁ……」
思わずため息をついた僕に、土方さんはポットのお茶を分けてくれる。この家にあった、土方さんの地元のゆるキャラが描かれたマグカップが、今では僕専用になっている。
いただいたお茶を一口飲んだ。あったかい。胃の辺りも冷えていたのだと、改めて自覚する。
「甘いですね」
「桃のフレーバーティーだそうだ」
「土方さんが買ったんですか?」
「俺が買うかよ。姉ちゃんからのおすそ分けだ」
土方さんのご実家は地元に根ざした製薬会社で、今はお兄さんが継いでいる。お姉さんが嫁いだのは、やはり地元の素封家だという。土方さんの、どこか他人の善意を信じがちなところは、年の離れたご兄弟に可愛がられて育ったところから生まれたのかもしれない。
僕は土方さんと一緒に生きると決めた。いつかはご挨拶に伺わなければと思うけれども、それは最低でも就職してからだろう。親がかりの学生の身分で「弟さんを幸せにします」なんて言っても、滑稽なだけだ。
「疲れてるだろ、みかんも食え」
土方さんは、自分の前に積んであったみかんをひとつ僕へよこしてくれた。
「ありがとうございます」
「バイトはほどほどにして勉強しろよ」
「嫌です、早く土方さんにごはんおごりたいですから」
「そういうことは就職してから言え」
土方さんはいつも、「学生の金で食う飯はまずい」と言って僕におごらせてくれない。それが歯がゆくて悔しくて、僕はつい背伸びしてしまう。
約十歳の差が、いつも僕を焦らせる。
けれども土方さんには、そんな僕の葛藤も手に取るようにわかるらしい。
「卒業できなきゃ就職もできねぇだろうが」
「それは、そうですけど……」
「誰もお前におごられたくねぇとは言ってねぇんだ」
セクシーな笑顔とパーツは変わらないはずなのに、土方さんは時折ひどく慈愛に満ちた顔をする。僕の成長を待っている、と表情で僕に理解させてくれる。
うなずく僕の長い髪に手をやり、土方さんはかき混ぜる。
「髪も冷たいな、飯食う前に風呂入れ」
「もう少し一緒にいてからでもいいですか」
僕が言うと、
「まぁまだ何食うかも決めてねぇしな。二人でゆっくり考えようや」
また甘やかしてくれる。
早く対等な関係になりたい。僕も土方さんを甘やかしたい。大変な思いをして働いている人の支えになりたい。
けれどそれは一朝一夕にできることではない。
僕は受け取ったみかんの皮をむいた。ひと房口に含めば、甘酸っぱい。
「うまいか」
「おいしいです」
「それはよかった」
あぁ。それでもやっぱり、一日でも早く大人になりたい。