つごもりの夜、幸福を求めて「数年に一度の寒波らしいですよ」
「ふぅん」
斎藤の言葉に、俺は相槌を打つ。
二人きりの大晦日、午後七時過ぎ。2DKのダイニングに設置されたこたつで、俺と斎藤はくつろいでいる。
帰省しなくていいのか、と聞いたら、
「年明けたら帰ります、土方さんとの年越しなんて見逃せるわけないです」
と言う。斎藤も、言い出せば頑固な男だ。
俺のせいでご家族の予定を変えさせてしまうのは申し訳ないと思いつつ、どこかで胸を撫で下ろし浮き立っている自分がいることも確かだ。
俺は自分で思っていたより老成できていなかったらしい。
大掃除は昨日のうちに終わらせた。寝室はクイーンサイズのベッドを買った際に掃除したから汚れは少なかったが、急に稼働率が上がったキッチンは細かいところに油汚れや野菜くずが入り込んでいた。IHコンロも掃除が必要だった。
「すみません……」
「謝るなよ、無敵のはじめちゃんはもっとうまくなれるだろ?」
「……そうですね、そうですよね」
天然パーマの前髪でなかば顔を覆っていた斎藤は、俺の言葉で光を取り戻してぱぁっと笑った。
こういう、俺の一挙一動で感情を乱高下させるところ。俺はこれに弱い。わざとそうしているのではないのがわかるから、より度しがたい。
それはともかく。
今日はのんびりできる。
先ほど、『抱き納め』は済ませた。我ながら愚かだとは思うが、斎藤のしたいことがよほど人の倫(みち)から逸れていなければ、許してしまう。絆されている。
倦怠感の残る身体を、こたつで温める。気分がいい。
「初詣、行きます?」
「人の多いとこは嫌だな。駅の反対側に氷川神社あるのわかるか?」
「わかんないけど調べます」
「そこならいい」
はい、と斎藤はうなずいた。
年越しそばは、九時頃に届くよう予約済みだ。
さて、あと二時間足らずをどう過ごそうか。
「テレビ見ます? 歌番組とかバラエティとか格闘技とかドラマとかありますけど。それとも映画とか」
「テレビは気が進まねぇな、一度観た映画なら気楽に流せるだろ」
斎藤はテレビのリモコンを操作して、サブスクのアプリを立ち上げた。一度鑑賞して、ウォッチリストから外し忘れた作品を選択して再生ボタンを押す。
西洋の史実をモチーフにした映画は派手なアクションシーンも濃い濡れ場もなく、家族でも安心して観られるものだ。
オープニングが流れる。静かな雰囲気に身を委ねていると、
「土方さん、僕、今めちゃくちゃ幸せ」
と、斎藤が言った。
「そうか」
「土方さんは? 僕といて幸せ?」
斎藤は言葉を欲しがる。言葉にしなくとも感じ取れることがあるはずだが、どうしても俺の口から聞きたいらしい。
俺は本来、感情を言葉にするのは好まない。視線や表情や態度で察しろ、と、他の相手には言う。
しかし。
「あぁ、幸せ、なんだろうな」
俺はすっかりこいつに絆されている。よほど人の倫に外れていなければ、たいがいのことは許してしまう。
「ふわっとしてる……」
斎藤は口を尖らせた。
これ以上の譲歩は求めるな。俺にここまでさせた自分を誇れ。
とは、言ってやらない。