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    bntn軸の蘭竜でrndが攫われちゃうお話
    (log:2022.1.12)

    蘭竜 それは心臓の機能を低下させるようなものだった。
     灰谷蘭を構成する上で欠かすことのできない存在がある。己の半身とも呼ぶべきその存在を欠いては生きる意味すらないと本気で思うくらい蘭にとっては唯一無二、それこそが弟の竜胆だった。
     いつだって二人で生きてきた。食事も睡眠も、遊びも喧嘩も、日常から非日常に至るまで常に蘭の隣には竜胆が居た。二人だけで完結する箱庭のような小さな世界。それがこれからも変わらず続いていくものと信じて疑わずにいた蘭にとって、弟を欠くことは世界の崩壊と同義であった。
    「蘭、落ち着いて聞け」
     任務を終えて帰社した蘭にまっすぐな視線を寄越すのは九井の三白眼だ。やけに慌ただしい本部内の様子に違和感を覚えたけれど、まさかその原因が自分に関わることとは露ほども思わなかった。しかし、九井の反応を見れば察するのは容易い。今此処に居る自分が無事であることは即ち、今此処に居ない竜胆の身に何かが起きたことを意味していた。
    「は?」
     事実、その通りだった。
     竜胆が攫われた――九井から齎された情報に頭の中が真っ白になった。背中を嫌な汗が伝い落ちていく。足元からじわじわ侵食していくような不快感を覚えるのは初めての経験だ。散々人の命を奪ってきた身でありながら、失うことに対する恐怖心を正しく理解していなかった蘭はたった今初めてその感情と対峙した。
    「GPSの位置情報は取引先の横浜を最後に途絶えてる。恐らくスマホは捨てられてるとみて間違いない」
    「……それで、攫ったヤツの目星はついてんの?」
     淡々とした口ぶりで蘭は問う。振り切れた感情は妙な冷静さを引き寄せた。声を荒げるでも暴力に任せるでもないその凪いだ雰囲気は他者に得も言われぬ恐怖心を与える。
    「その前に蘭、オマエ◯◯組に聞き覚えはあるか?」
     脈絡のない話に思わず眉根が寄るものの、この差し迫った状況下で無駄なことに時間を費やすほど九井は愚かでない。必要な情報と理解すれば解を示すことに躊躇う理由はなかった。
    「この前の任務帰りに暴れてるヤツ見つけたから遊んでやったんだけど、確かソイツが◯◯組って言ってたな」
    「……その男は正真正銘◯◯組のモンでな。立場は大したことねぇんだけど、随分と上に可愛がられてたらしい」
    「ふーん、それで? それが、竜胆が攫われたのと何の関係があんだよ」
     苛立ちを孕んだ声が空気を震わせる。息苦しさを与えるような空気の中で九井は苦虫を噛み潰したような顔を見せた。
    「今日の取引先のケツ持ちがその◯◯組だ」
     なるほどね――点と点が繋がった。竜胆が攫われた理由や経緯について察するに至った蘭は深々とした息を吐く。己の半身を、己のせいで奪われたとはなんと滑稽なことか。
    「◯◯組なんざウチにとっては大した脅威にもならねぇんだがな……」
     腐ってもヤクザだ。できれば面倒事は避けたいのが九井の本音だろう。組織としての立場だけを考えるならば、蘭だって避けるべきと思う。しかし、竜胆を見捨てることなど出来るはずがない。彼が居なければ上手く息をすることもできない蘭に、その選択だけはあり得なかった。仮令首領の意に反することだとしても、その結果殺されることになろうとも、己が半身を欠いたままで居ること以上の苦痛はこの世にない。
     グッと拳を握りしめて腹を決めたような表情を見せる蘭を諌めるように九井はため息を吐いた。
    「なんか勘違いしてるみてぇだけど、こうなっちまった以上こっちだって黙ってるつもりはねぇぞ?」
     どういうことかと問いかけるように視線を持ち上げる。そうして絡んだ視線のその先で、九井はゆるりと口元に弧を描いた。
    「ボスには全部報告した上で好きにしろって許可を得てきた」
     竜胆が攫われた以上蘭が連れ戻しに行くことは容易に想像がつくと同時に避けられぬ事態と考え、だからこそ九井は早々に調整を行い全ての手筈を整えていた。そうとは知る由もない蘭だけが驚いてみせたが、実際既に九井の指示を受けた部下たちが動き出している。
    「それってつまり、潰してオッケーってこと?」
    「あぁ。梵天の幹部を攫ったんだ。◯◯組だけじゃねぇ。取引先諸共相応の報いは受けてもらうつもりだ」
     口角をつり上げて人の悪い笑みを浮かべる九井につられるよう蘭も笑みを零した。
    「悪い顔してんねぇ」
    「オマエほどじゃねぇわ」
     否定することなく蘭はくつりと喉を鳴らす。竜胆を奪おうとする者を生かしてはおけない。二人の世界を壊そうとする者など、消えて無くなってしまえばいい。
    「三途に車を回すよう伝えてあっから、二人で今すぐ横浜に向かえ。鶴蝶と望月は出先だからそのまま向かわせる」
     九井は矢継ぎ早に言葉を乗せた。全ての駒を盤上に駆り出す準備を整えて、舞台へと送り出してくれるのだから見事としか言いようがない。竜胆を奪われ、余裕さえも奪われて単身乗り込む気でいた蘭の手綱さえもしっかりと握りしめていた。
    「九井は何すんの?」
     ふと抱いた疑問に彼は嗤う。
    「オレは取引先を社会的に潰す」
     出来ないことはしない男が潰すと明言した。それはつまり取引先の未来は潰えたも同然だから、表のことは彼に任せておけばいい。
    「完膚なきまでに潰しといてね」
     言うや否や蘭はその場を離れていく。蘭には蘭のなすべきことがある。欠けた半身を取り戻すべく、彼は三途の待つ車へと急いだ。

         *

    「クソが」
     最早何処が痛いのか分からないほどの暴行を受けた竜胆は口の中に溜まった血と共に文句を吐き捨てる。子供の頃から兄である蘭の背中を追い、良いことも悪いことも全て蘭に教わってきた。どれほどの血を浴びようとも美しいままの蘭は、どれだけその手を悪に染めようとも綺麗なまま、触れる手はいつだって優しく温かく竜胆を包み込んでくれた。
     ――兄貴、心配してんだろうな。
     遠のく意識を繋ぎ止めようと思考を巡らせる。今自分が何処に居るのか竜胆には分からない。取引先との商談を終えて立ち上がった瞬間ぐにゃりと歪んだ視界の先に見たのは商談相手の憎たらしい笑みだった。一服盛られたと理解した時には既に遅く、そこでプツリと記憶は途絶えている。
     それからどれほどの時間が経過したのかも分からない。あちこちから襲う痛みで意識を取り戻した竜胆だが、当然のように四肢を拘束され、視界さえも奪われてされるがままの状態だった。これほど死を身近に感じたことはなく、そのたび脳裏に蘭の顔が思い浮かんだ。ああ見えて蘭は寂しがり屋だ。自分がそばに居ないだけで不機嫌になる兄を残して逝くのは些か心配だった。
     痛みすら麻痺し、指一つ動かせない状態になってようやく暴力は止んだ。幾つもの足音が遠ざかっていく中、竜胆の細く浅い呼吸が空気を揺らす。きっと幾ばくも残されていないだろう生に必死にしがみつきながら思うのは、やっぱり蘭のことだった。
     兄のことだ。攫われたと知れば何を差し置いても自分のために動いてくれる。それは傲慢でも自惚れでもなく、純然たる事実として竜胆の前に横たわっていた。全てにおいて文句の付け所のない自慢の兄だが、一つ欠点があるとすればそれは竜胆のこととなると途端に視野が狭くなる点だろう。それこそ梵天を裏切ることさえも厭わない。半身が欠けることを頑として許さない蘭は、仮令裏切りの先に死が待ち受けていようとも構わず竜胆を選ぶ、そういう男だった。
     そうと理解しながら捕まったのが自分で良かったと思うのは単なる我儘だ。竜胆は蘭の居ない世界に一秒だって存在したくなかった。甘やかされて育った竜胆は、蘭の居ない世界では生きていけないことを自覚していた。
     死が手招きするように意識を遠ざけていく。いよいよ死を悟った竜胆は大好きな蘭の顔を思い浮かべて僅かに口角を上げた。最後に兄貴に会いたかったな――声にならない言葉は静寂に呑まれていく。目の淵に浮かんだ涙が血だまりに沈んだ。

         *

     三途の運転で横浜へと向かう道中、九井から連絡が入った。取引先が所有する横浜港の倉庫に連れ込まれた可能性が高いという報告を受け車を走らせれば、明らかに堅気ではない人間が二人を手厚く出迎えた。祝砲のように鳴り響く銃声。放たれた銃弾はフロントガラスを砕き亀裂を走らせた。応戦するように三途が銃を抜けば、いよいよ抗争の火蓋は切って落とされる。九井が手配した部下たちも加わり、そこはあっという間に戦場と化していく。
     向かってくる者を排除しながら蘭は倉庫内を走り回る。行く手を阻む者には銃口を向け、相手が引き金を引くより先にそれを引いて殺す。そうして幾つもの骸を量産しながら駆けずり回ってようやく蘭は見つけた。全身血濡れの状態で、最早生きているのかさえも疑わしい。抵抗できない状態で受けた暴力の痕跡が全身に刻まれ詰まる言葉。目元を覆う布を取り払っても持ち上げられることのない目蓋。否応なく過る死を振り払うよう、その痛々しい胸元に耳をあてた。
     微かな心音。生きようと必死に動く心臓の音を聞き取った蘭はバッと顔を上げてその名を呼んだ。
     竜胆を抱きかかえ無防備になった蘭の背中を守るように立ちはだかる三途は苦い顔を浮かべている。三途の目から見てもその身体は酷い有様で、虫の息と言っても差し支えのない状態だ。仮令心臓が動いていたとしても、あとどれほど持つか分からない。一刻も早く病院に運ばなければならない状態であることは明白だった。
    「――んど、おい、竜胆!」
     それでも蘭は呼び続ける。何度も何度もその名を呼んだ。祈るような、縋るような、なんとも形容しがたい声は蘭の内側にある想いを色濃く滲ませていた。
    「……にい、ちゃ……?」
     ぴくりと動く目蓋。殴られて腫れた目蓋は思うように持ち上がらず、薄い目がぼんやりと蘭に注がれる。
    「竜胆……!」
     蘭は歓喜の声をあげた。
     マジかよ――最悪の状況すら想像していた三途が驚愕の声を漏らす中、蘭は安堵の表情を浮かべる。その存在が此処に在ることを確かめるように傷だらけの竜胆の身体を腕の中に閉じ込めてゆっくりと息を吐き出した。
     抗争の只中にありながら別の空間にあるかのような雰囲気を垂れ流す二人に、我に返った三途が声を荒げる。
    「おい蘭テメェ、弟の無事が確認できたんだからさっさと働けや! さすがにこの人数相手にすんのキツイわ!」
     その手に握られた銃は絶え間なく銃声を響かせている。三途をサポートすべく部下が数名一緒になって応戦しているが、蛆虫のように湧いてくる敵に彼の苛立ちは増すばかりだ。
     状況を理解していながら、蘭は動こうとしない。その腕に竜胆を抱きしめたまま、首だけを捻って笑みを浮かべる。
    「オマエなら大丈夫でしょ。それに鶴蝶たちも到着したみたいだし」
     何処からか届く仲間の声。きっと彼らと一緒に増援も到着したに違いない。だから己の出る幕はないとでも言いたげな顔だ。
    「んなこたァどうでもいいから働けよクソが!」
    「竜胆が心配だからパス」
    「パスじゃねぇんだわ、こんのブラコン野郎がーッ!」
     文句を吐きながらも無理を強いてくることのない三途のその不器用な優しさに表情を和らげる蘭の耳に、竜胆の掠れた声が届く。
    「に、ちゃん」
     視線を戻すと、竜胆の薄く開いた目が蘭を見つめていた。
    「あぁもう、竜胆の綺麗な顔が傷だらけじゃん」
    「ごめ、オレ、」
     傷付いた頬に手をあてて優しく撫でる。折角の綺麗な顔が台無しだ。しかし、生きてさえいればいずれ傷は癒えていく。竜胆が無事で良かったと改めて思いながら蘭はその顔に頬を寄せた。
    「頼むからオレの居ないところで傷なんて作んな」
     蘭らしからぬ震える声は、いつになく弱々しい音となって空気に触れる。竜胆を見つけた瞬間の、生きた心地がしなかったあの感覚はもう二度と御免だ。一瞬でも想像させられた竜胆の居ない世界。そうして突きつけられたのは、蘭にとって竜胆は生命を維持する心臓のような存在であるということ。竜胆なしに生きることはできないという事実だった。



     ○○組は事実上壊滅し、繋がりのあった取引先は幾つもの不祥事が発覚して社会的に死んだ。○○組との繋がりまで白日の下に晒され、株価は大暴落。警察の捜査の手が入り、上層部は軒並み逮捕された。倒産は時間の問題とされている。
     あの日、病院に担ぎ込まれた竜胆は医師の懸命な処置により、現在は快復へと向かっている。何ヵ所も骨折を負い、臓器への損傷もあって入院生活は数ヵ月に及んだが、長いリハビリ生活を乗り越えて今日ようやく退院へとこぎつけた。
    「りーんど! 帰ろ♡」
     蘭の登場に竜胆は傷跡を残した顔に笑みを浮かべる。
    「兄ちゃん!」
     慌ててバッグに荷物を詰め込み始めた竜胆を見つめる蘭の目は優しさに溢れていた。
    「んな慌てなくても置いてかねぇからゆっくり支度しろ~」
     椅子に腰を下ろし、呆れたように笑いながら声を掛ける。すると、竜胆は子供みたいに口を尖らせた。
    「だって、早く家に帰りてぇんだもん」
     病院は兄ちゃんが居ないからつまんない――そう言って頬を膨らます姿は愛らしいの一言に尽きる。蘭の世界を彩る一等綺麗な竜胆を腕の中に引き寄せて、蘭は嬉しそうに表情を綻ばせた。
    「ったく、竜胆はいつまで経っても可愛いなぁ」
     グリグリと頬を摺り寄せる。今すぐこの場で組み敷いてしまいたい衝動をぐっと堪えながら、けれども意図してその耳に舌を這わすと、竜胆は擽ったそうに身を捩りながら満更でもなさそうな面を持ち上げた。
    「早くオレたちの家に帰って、いっぱい甘やかしてね」
     顔を赤らめながら、力が抜けるようにふにゃりと緩む顔。可愛い弟の、いじらしい願いだ。叶えないわけにはいくまいと蘭はその手を取って足早に病院を後にした。

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