悪戯の結末(前編)「ふんふんふ〜ん♪〜〜〜♪」
その日もいつものように学内を作曲しながらぶらついていたおれは、気まぐれに弓道場へと立ち寄った。もしかしたら誰か居るかもなんて思いながら、靴をポイポイっと適当に脱いで射場に足を踏み入れる。
そこに居たのはちょうど陽のあたる場所で丸まってすぴすぴと眠るスオ〜。そのまろい頭には猫の耳、お尻の辺りからはしっぽが出ていた。
「わっ……と。」
思わず大きな声をあげそうになって自分の口を手で抑える。
「そういやスオ〜はキャットだったな。」
この世界に存在する猫耳やしっぽが生えている人達キャットと呼ぶ。生まれつきの人もいればスオ〜のように成長してから突然生えてくる人もいる。基本的にキャットの人々は訓練することで自由に耳としっぽを出し入れできるようになる(原理は未だに分かってないらしい)のだけれど、寝ている時とか意識していない時は出てきてしまう。
白い肌にほんのりと紅く色づいた頬と小さな口、そしてつやつやとした髪と猫耳としっぽが眩しい。
「可愛い…。」
こうやって思わず可愛いなんて声に出しちゃうのはおれがスオ〜に恋してるせい。この前ナルに「最近スオ〜を見るとドキドキしちゃう!それにすっごく可愛く見える!どうしようおれ病気かな」って相談したら『それは恋ね。恋をすると恋愛フィルターっていって、好きな子が前より可愛く見えたり、かっこよく見えたりするものなのよォ。』って教えてくれた。
「普段はチワワみたいにキャンキャンうるさいのに猫チャンだなんて、面白い!そういうとこも強がりなとこも、こうやっておれをぽかぽかした気持ちにさせてくれるとこも全部全部大好きだぞスオ〜。まあ起きてる時には言えないけど。」
起こさないように小声でこっそりと想いを口に出してみる。こんな迷惑かけてばかりの面倒な先輩に告白されても困るだろうし、この気持ちは伝えるつもりは無い。今はユニットでも部活でも一緒に居られるし、それだけでおれは十分……いや少し足りない気もするけど、とにかく今の関係を壊したくないんだ。
そんなことを考えながら綺麗な顔に見惚れてると、視界の端でゆらりとしっぽが動いた。
そのふわふわなしっぽに悪戯心がふと湧いてきた。しっぽ、触っちゃおうかな。目の前にあるしっぽの先っちょを毛並みに合わせてするりとひと撫でしてみる。
「にゃ……んにゅ。」
ピクリとしっぽが動く。なに、今の声。可愛すぎるんだけどもう1回聴きたい。確かにゃいつ達はしっぽの付け根の方撫でた時、気持ちよさそうにしてたっけ。じゃあしっぽの付け根を……ってそれスオ〜のおしり触ることになるよな。大人がしたらセクハラで訴えられるヤツだ。ううん、でも触ってみたい。
よし、触る!後で触ったら良かったって後悔するより、触った方がいい。理性と好きな子に触れたい声が聴きたいっていう欲望が戦った結果みごと欲望が勝利したおれは足音を立てないようにスオ〜の背中側に回った。
そーっとしっぽが出てる袴の穴からつつっと指を滑らせる。
「ふにゃうっ!……んん。」
ビクッと大きく身体を震わせて、耳がピクピクと動いて、目がゆっくりと開いていく。
やばい、触ったって気づかれたら嫌われちゃう!そろりと立ち上がってから急いで弓道場から出る。靴を手に持って靴下の状態で走って、人から見つかりにくい壁に身を預けてずるりとへたり込む。
「スオ〜、ごめん。」
欲望に負けて触ってしまった罪悪感が湧いてくる。でも、
「しっぽ、ふわふわですべすべだったなぁ。声も可愛くて、ちょっとえっちで……。また触りたいかも。」
まさかこの数日後あんな形で再びスオ〜のしっぽに触れることになるなんて、この時のおれは想像すらしてなかったのだった。
おまけ
「んん…。あれ。」
少し微睡んだ後、意識がしっかりしてくる。どうやら眠ってしまっていたみたいだ。
「ふふ、silvervineに追いかけられる夢を見てしまうなんて、私もすっかりCatの思考になったということでしょうかね。」
にゃいつのみなさんも似たような夢を見ていたのでしょうか。
上半身を起こすと、ふわっとfragrant oliveのような優しい香りが漂ってきた。
なんだかとても心地よくて安心する香り。でもこの近くにfragrant oliveなんてありましたっけ?Leaderを探している時に見かけた記憶がないのですが。それにどことなく誰かの匂いに似ているような気が。
あ、耳としっぽを仕舞わねば。他の方に好奇の目で見られるのは困りますから。
耳もしっぽも消えたことを確認してから立ち上がる。
「おや…?」
紙が1枚落ちているのを発見して拾う。描かれた音符たちはLeaderの筆跡だった。
「あぁ、そうだこの香りは、Leaderの。」
そのScoreを胸に抱きしめる。
「Leaderが私のマタタビだったらいいのになんて、高望みしすぎですね。」
自嘲めいた笑みを浮かべてから、Scoreを鞄に入れるために更衣室に入った。