〜水陸松「かんぱーい!」
カラ松が無事映画の撮影を終え帰国してから一週間。再会出来た僕達四人は、カラ松と一松が住む部屋で再会祝いとカラ松の帰国祝いをしていた。
「それにしても改めて見ると、みんな変わったような変わっていないような不思議な感じだな」
転生したら少しは飲めるようになったのか、カラ松がビールのグラスを揺らしながら僕達の顔を順番に眺めた。
「カラ松にーさんは男前になりましたな!」
「そうか?ありがとうな十四松。そう言えば今日、彼女はどうしたんだ?連れてくれば良かったのに」
「仕事っす!にーさん達に会えないけどよろしくって」
「そうか、残念だな」
話してて分かった事。カラ松は前みたいに痛くない、って言うか素の表情を見せてる。一松も十四松もそんなカラ松を見て嬉しそうだ。
「そう言えばチョロ松兄さん」
「ん?」
カラ松と違いあんまり酒に強くならなかったらしい一松が、レモンハイ一杯で顔を赤くしながら眠そうな目を向けて来た。
「おそ松兄さんとトド松はまだ手掛かりなし?」
「うん。こんだけみんな揃って、あの二人だけ転生してないとは思えないから、どこかにはいるんだろうけどね」
「それは勘?」
「そうだね、勘としか言えないけど。勘、って言うか希望…かな」
「希望?」
「そう。僕が勝手にみんな揃ったら良いなって思ってる、希望」
「にーさんだけじゃないっすよ!おれも、おそ松にーさんやトド松に会いたいっす!」
「そうだね…ぼくも、ちょっと…あいたい、かも…」
「素直だねえ、一松」
そう言うと少し照れたような拗ねたような表情を浮かべ、ふいと視線を逸らす。そんな仕草も昔のままの一松を見ているようで面白い。
「それはともかく、俺も探す手伝いするぜ」
「…ぼくも」
「ありがとう。でも無理はしないで良いからね、特にカラ松は」
「どうしてだ?」
「いや、一応俳優だしさ、あんまり目立った事して変な噂にでもなったら困るだろ?」
「兄弟探すのにそんな事にはならないさ。でもありがとう、気を付ける」
「そうして」
うーん…痛くないカラ松が何とも不思議と言うか、違和感ありまくり。でもこの世界ではこれが普通のカラ松なんだろうな。その兄に寄り添って笑う一松も、きっとそれが一番の自然体なんだろう。
「…はー…どこにいるのかな」
「…早く見付かると良いな」
ぽん、と頭に置かれたカラ松の掌が無性に暖かくて頷くしか出来なかった。
本当に…早く会いたい。
-----
…こんな事を言ったらみんな怒るかも知れない。
潰れて寝てしまった三人に勝手に探し出した毛布を掛け、その寝顔を見ながら残ったツマミで一人酒。
兄弟に会いたかったのも事実だし、まだ手掛かりすらないトド松も早く見付かれば嬉しいと思う。
でも僕は、それを口実に多分彼に会いたいだけなのかも。
…おそ松兄さん。
馬鹿で頼りなくてギャンブルが好きなクズでしょっちゅう金の無心をして働く意思なんて欠片もなかったけど、でも誰よりも兄らしかった兄。兄さんがいたから僕は、僕達は好き勝手な事が出来ていたんだと今になって思う。
僕のやることなす事に一々文句を言っては駄々を捏ねて甘えるくせに一番気にかけてくれた。昔むかしの僕の相棒。
僕が彼に恋心を抱いていたと気付いたのは、前世が終わる少し前だった。歳を重ね、意外にも誰より先に兄さんの寿命が尽きようとした時。
ある程度年齢がいった僕達はさすがにそれぞれ仕事を始めた。とは言え、それまでマトモに働いた事のない僕達が出来る仕事なんて限られていたけれど、それでも各々の生活を維持する程度には収入もあった。
そんな中、ただ一人最後までニートを貫いたのがおそ松兄さんだ。働きに出た僕達の身の回りの世話と、年老いて弱っていく両親の介護を一人でやってのけた。結婚は誰一人出来なかったけれど、僕達は寿命尽きるまで六人であの家に暮らした。
「…一緒に生まれて、ずっと一緒に暮らして来たのにな」
いつも底抜けに明るくて馬鹿な兄さんが、病床に伏せった時に一度だけ見せた弱さ。一緒には死ねないんだな、と笑った顔が寂しそうで思わず小さくなった手を握った。
「お前達残してくとか、お兄ちゃん心配だわあ」
でもすぐにいつもの顔でそんな事言うから、堪えてた涙が落ちた。泣くなよ〜、なんて力の入らない手を伸ばす兄さんも泣いていた。その時になってようやく僕は、兄さんに対する想いが兄弟に対するものではなく、恋愛感情なんだと気付いた。遅過ぎたけど、まだ兄さんの命は尽きていない。まだ伝えられる。そう思ってもこんな歳になって今更って気もして、なかなか口には出せなかった。
「誰より寂しがりで構ってちゃんな兄さんだから、一人遺されるのが嫌で一番先に逝くんだろ」
そんな軽口を叩いた僕に、えーバレちったあ?先に行って待ってるぜー、と泣きながら笑った。
兄さん自身の希望で、最期は家に連れて帰った。息を引き取る間際、もう意識朦朧としていた兄さんに僕は、好きだよと告げた。兄弟愛とも恋愛感情とも取れる曖昧な言い方で。聞こえたかどうかは分からなかったけれど、弟五人に見守られながら眠りについた兄さんは満足そうに笑っていて僕や弟達はボロボロ泣いた。でもその中でカラ松だけは泣かなかった。ぐっと唇を噛み締め、握った掌に爪を立ててでも涙は落とさなかった。長男がいなくなって、次男であるカラ松は何かを決意したのかも知れない。僕がカラ松の涙を見たのは、兄さんの一周忌が終わった夜だった。
「…俺、頑張ったよな、兄貴…もう良いよな、もうみんな大丈夫だよな…」
みんな寝静まった夜中、誰もいない居間で兄さんの遺影を前に飲んでいたカラ松が小さく呟き、顔を覆い声を殺して泣いていた。
たまたま起きた僕はそんなカラ松に声を掛ける事も出来ずそっとその場を後にして、そうしてそれきりカラ松の涙を見る事はなかった。
-----
「…チョロ松、眠れないのか」
「あ、ごめん、起こした?」
「いや…喉乾いた。お前も水飲むか?」
「うん、貰おうかな」
のそりと目を擦りながら起き上がったカラ松が、爆睡している弟達を見て小さく笑った。
「みんな潰れたのか。…一松、ちゃんと布団入れ。十四松も」
「ん…ぅ…」
「…仕方ないな。チョロ松、手を貸してくれないか」
「ああ、うん」
カラ松は一松を、僕は十四松を抱えて案内されるまま寝室へ連れて行った。大きなベッドに二人並んで寝かせ、カラ松はそのまま台所へ行って水を持って来てくれた。
「ありがと」
また二人して飲んでいたテーブルに戻り、腰を下ろす。
「…ねえ、カラ松」
「ん?」
「前世でさ、カラ松が一番最後だったよね」
「…ああ、そうだったな」
「僕と張り合ってさ」
「え、お前張り合ってたのか?」
「いや、それは冗談だけど」
兄さんが逝って、暫くしてから弟達も旅立った。順番も間隔もまちまちだったけれど、寂しんぼの兄さんが寂しくないように先に逝ってくれたのかも知れない。
僕とカラ松は弟の旅立ちを二人で見送り、そうして僕もカラ松に見送られる事となった。
もちろんその後のカラ松がどうしたかは知らない。それからも長く生きたのか、それとも。
「…兄貴と約束していたからな」
「え?」
「一番先におそ松が逝っただろう。その時に、弟達を頼むって言われてな。だから俺は最後まで生きた。弟達が安心して兄貴の所に行けるように、見守って看取った」
「…兄さんが、そんな」
「そんな約束しなくても俺は最後まで見守るつもりだったけど、兄貴に頼まれたら尚更だろ?」
「…そうだね。…馬鹿だなあ、本当に。自分が死ぬって時まで僕達の心配とか」
「…兄貴らしい」
「…うん」
ちびり。少し残っていた酒を口に運びながら、カラ松は懐かしそうに遠い目をした。
「子孫を残せなかった俺達だから、やらなきゃいけない事は全部済ませた。家も墓もそれなりの手続きをして、俺は最後にお前達の写真に囲まれて…」
「…そっか。大変だったんだね。ありがとう」
「幸せだったよ、最期まで」
「…うん」
そう、僕達はどんな形の生き方をしたにしろ、幸せだったんだ。ずっと六人一緒で笑っていて、それ以上の幸せなんてなかった。
だから今、この世でも僕は揃っていたいのかも知れない。
「さて…結構良い時間だな。そろそろ寝るか?」
「そうだね。カラ松、明日は?」
「午後からだから大丈夫だ。待ってろ、今寝室に布団敷いて来るから」
「うん、ありがとう」
布団を敷きに行くカラ松を見送り、僕はテーブルの上を片付けた。洗い物も済ませ寝室に行くと、これまた大きな布団が一組。
「たまにはチョロ松と一緒に寝るのも悪くないな」
「…一松に怒られても知らないよ」
そんな軽口を言い合いながら並んで布団に入る。
考えてみればカラ松と並んで寝るのは初めてで、少し擽ったい気もした。何だかんだ言っても、カラ松も僕にとっての良い兄さんだ。
「おやすみ」
「ん、おやすみ」
ぽんぽん。いつも一松にやってるのかも知れない、布団の上から優しく軽く叩かれていつしか僕は眠りに落ちた。