〜幕間前編・色松とアツシ「お疲れ様でしたー…」
「お疲れさん、一松くん。また水曜日よろしくね」
「はい、お先失礼します」
カラ松に養われるだけのニートじゃ前世と何も変わらないと、レストランの厨房で働き始めた。個人経営の小さな店だけどオーナー夫妻もバイト仲間も良い人ばかりで、人が怖かったぼくでも何とか勤まっている。
毎日働くのはまだ少し怖くて、だから週に二回。水曜と金曜だけだけど、カラ松はそれで良いって、無理しなくて良いって言ってくれたからまだ少し甘えてる。今日はその金曜日。カラ松は夕飯いらないって言ってたし、ラーメンでも食べて帰ろうかな。そんな事を思いながら歩いてたら後ろから声をかけられた。
「あれ、チョロ?」
「え?」
「…あ、じゃないか。トドくんとも違うし」
「…もしかしてチョロ松兄さんの同僚の」
「あ、やっぱり弟くん。チョロの同僚のアツシです」
「一松です…」
「一松くん…チョロのすぐ下の弟くんだ」
「はあ」
何だコイツ馴れ馴れしい、とは思ったけど、この人のお陰でトド松と会えたんだっけ。そう考えたらあんまり邪険にも出来ないな。
「ねえ一松くん、晩飯食った?」
「まだ、仕事帰りだし…」
「良かったら一緒にどう?奢るよ」
「…は?」
「あ、予定ある?」
「ないけど…何で俺?」
「ん?いや、単なる好奇心?ほら、君達前世で六つ子だったんだろ?俺、今も昔も一人っ子だから兄弟の話聞くの好きなんだよね」
「…はあ」
前言撤回。馴れ馴れしいじゃなくて変なヤツだ。
でも飯奢ってくれるって言うし兄さんの同僚でトド松の元カテキョだし、悪い人でもなさそう。
「別に、良いけど…」
「決まり。じゃあ何食べよっか、俺も残業終わりで腹減ってんだよね。焼肉とか好き?」
「好き」
「じゃあ美味い所あるから、それで良い?」
「…ゴチになりまーす」
「あはは、しっかりしてんなあ。チョロとそっくり!」
何かチョロ松兄さんから聞いてた印象と違う。ぼくらの間で良く使ってた、一軍ってこう言う感じなんだろうか。
それはともかく、何故か上機嫌なアツシさんに連れられて焼肉屋へ。途端に腹の虫が鳴り出すのって、我ながら現金だよなあ…。
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アツシさんは意外と良く喋る人だった。連れてってくれた焼肉屋も美味しいし、ぼく達の話を聞きたがったから勧められるビールの酔いに任せて聞かれるままに色んな事を話した気がする。何を話したかあんまり覚えてないけど。
「ちょっと一松くん、大丈夫?」
「食い過ぎた…」
「酒弱かったんだね、飲ませてごめんよ」
「それは平気…」
まあ酔ったけど、それより美味いからって肉を食べ過ぎたのが原因で少し辛い。
「どうしよっか、チョロに迎えに来てもらう?」
「…兄さん、今いない」
「え?あ、そう言えば研修で三日くらいいないって言ってたなあ」
「…大丈夫。食い過ぎただけだから、少し休めば」
「そう?じゃあそこの公園で休んでこうか」
「ん…」
何だかんだ良い人だし、人が苦手なぼくも気負わずに話せる。これはこの人の持ってるスキルかなんかだろうか。手を引いたぼくをベンチに座らせると、アツシさんは水買ってくるね、といなくなった。
少し蒸し暑いけど夜風が気持ち良い。目を閉じて風に吹かれていたぼくの耳に、砂利を踏む足音が聞こえた。
「アツシさん?」
「…一松?」
「え?」
開いた目に映ったのは、驚いた顔のカラ松だった。
「…あ、カラ松…おかえ「アツシって誰だ」
「え?」
「今呼んだだろう。バイト先の人か?」
「あ、違う…あの、」
「一松くん、お待たせ。…あれ?」
「…アツシ?」
「はい?」
あ、ヤバい。これ絶対カラ松、勘違いしてるパターンだ。止めないと。
「違う違うカラ松!この人は」
「一松は黙ってろ」
うわああ久しぶりに見た激おこモードのカラ松!カッコイイ…とか言ってる場合じゃなくて!
「落ち着けバカラ松!違うんだって!この人はチョロ松兄さんの同僚のアツシさん!ほら、トド松のカテキョやってたって人!」
「…は?」
スッとカラ松から殺気が消えた。それからぼくとアツシさんを見比べて、気の抜けた表情を浮かべる。本当にぼくの事となると見境がなくなるんだから。…ちょっと嬉しいけど。
「何だ…そうか、良かった…俺はてっきり」
「てっきり、何?ぼくが浮気してるとでも思った?」
「あー…いや、その…」
「えー、カラ松にーさんサイテー」
「悪かった!謝るから棒読みの兄さん呼びは止めて!」
「…えーと、あの、一松くん、…こちらは?」
あ、これは別の意味でヤバい。浮気とか言っちゃったよな、ぼく。どうやって誤魔化そう、なんて心配は杞憂だった。
「あー、えっと、二つ上の兄のカラ松…」
「…ああ!チョロのお兄さん!初めまして、アツシです」
「どうも、失礼…松野カラ松です。いつもチョロ松が世話になってます」
「いえいえこちらこそ…って、あれ?カラ松さんってもしかして、俳優の?」
「あー、はい」
「うわ、やっぱり!こないだ観に行った映画に出てました!うわー、握手して下さい!」
「あ、はあ…」
カラ松の手を取り嬉しそうにぶんぶん振るアツシさんを見て、コイツが俳優だって事をぼくは初めて実感したと言っても過言ではなかった。
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何がどうしてこうなった。
あれからカラ松はアツシさんを家に連れて来た。いや別に、ぼくも焼肉奢ってもらったし良い人だし全然構わないんだけど。
「それでえー?おにーさんといちまつくんはおつきあいしてるんれすかあ」
ベロンベロンに酔ったアツシさんは首まで赤くしてカラ松に絡んでいる。一方そんな事を不意打ちで訊かれたカラ松は、口に入れたばかりの焼酎を勢い良く噴射した。
「ちょ、カラ松汚い!」
「仕方ないだろ、アツシが変な事訊くから!」
「変な事って何だよ…」
「あ、いやその、違う、そう言う意味じゃ」
「ちわげんかしないれくらさーい…いちまつくんがねえ、おしえてくれたんれすう」
「っはああああ!?!?」
焦点の定まらない目をキョロキョロ動かし、全然力の入ってない指でぼくを指差す。ちなみにぼくはもう酔いも醒めて焼肉もこなれてきた。多分今、ぼくが一番素面だ。
「嘘、ぼくそんな事言った?」
「いったよお?からまつはにーさんだけどせかいでいちばんだいじなひとー、ってね」
「……っ!!!」
「一松っ…」
え、何この羞恥プレイ…耐えらんないんですけどおおお!!ぼく、本当にそんな事言ったの!?カラ松はカラ松で何か感激してるし!感極まり過ぎて体震えてるけど!?
「一松、そんなに俺の事をっ…」
「だあああ!!!忘れろっ!!!」
ヤバい、何で矛先がぼくに向くの!?こうなったらさっさと潰して寝かせようと思ったのに、アツシさんが酔った目をしてふにゃりと笑うから思わず動きが止まった。
「いいなあ…」
「え?」
「アツシさん?」
「おれも、ぜんせからのつながりならよかったなあ…そしたらもっと、おとこどーしとかかんけいなくてさ…」
「…誰と?チョロ松兄さん?」
「……とどくん」
「…え」
「すきだけど、みせいねんのおとこのこじゃはんざい…だよねえ…」
限界だったのかそのまま眠り込んでしまったアツシさん。て、待って待って。アツシさん、トド松の事好きなの?
思わずカラ松を見たら酔いなんかすっかり醒めた顔で、何か考え込む表情を浮かべてる。あ、これ、真剣に思考を巡らせてる顔だ。
「なあ…十四松とチョロ松が会ったのって、十四松の彼女がきっかけだよな」
「え?うん、そう聞いてるけど」
「一松は俺が見付け、俺をチョロ松と十四松が見付けてくれた。…でもトド松は?」
「…何、どう言う事?」
「十四松の彼女も転生してる。そして転生後、俺達より早く十四松に会っている。そして俺達兄弟とも対面済みだ。…十四松をトド松に、彼女をアツシに置き換えたら?」
「…あ、」
「分かるか?俺と一松、十四松と彼女…転生後、最初に会ってるのはそれぞれが運命と思える相手だ」
言いたい事は分かる。でもちょっと待って。それだとおかしくない?
「…チョロ松兄さんは?転生後、一番最初に会ったのは十四松の彼女だよ?それから十四松。それにアツシさんが本当にこの現世で初めて会った人って可能性だって」
「もちろんそれも考えたさ。でも前世の記憶になく明らかに現世で初めて会った人間は、兄弟の誰にも会った事がない。会った事があるのは、彼女とアツシだけなんだ。それと、兄弟以外の第三者が一人目に入る場合はノーカンなんだと思う。二番目三番目に会った、俺と一松ももちろん除外。じゃあトド松は?チョロ松が見付けるきっかけになったのは誰だ?…アツシだ」
「…ねえ、それって」
「前世から運命の糸を持って生まれ変わった二人は、俺達六つ子とどうしても関わるようになってるんだろう。俺がアイツでアイツらが俺、だ。…そう、アツシも転生組なのかも知れない」
コイツ、六つ子の参謀とか言われてた割にはただのバカラ松だと思ってたのに…マジですか。この短時間で何その洞察力推理力。…惚れ直すじゃん、馬鹿。