幸運旅人が塵歌壺に麻雀を持ち込んできた。璃月ではごく普通に楽しまれている娯楽の一つであり鍾離も嗜んではいるが魈は当然存在は知っているというだけ。
鍾離から誘われれば断ることも出来ず卓に着く。
パイモン曰く、モラを賭けたいところだが煙緋に怒られるのでと勝者は右隣に我儘を一つ、となり勝負が始まる。
鍾離は言うに及ばず、魈も初心者ながらコツを掴んだのか一進一退の攻防が続き、最後の局。
「どうした?親であるお前からだぞ」
魈が小さく呻いて固まっている。
「鍾離様…捨てる牌がありませぬ」
「なるほど」
鍾離に促されるままにぱたりと開けば役で言えば平和程度、しかし。
「…配牌で和了…」
旅人が茫然自失の手本のような実況を述べ、パイモンは声にならない悲鳴をあげた。
「ははっ、まさかそのような幸運が訪れるとは、流石は仙人様だ」
「なっ…」
手を叩いて笑う鍾離に目を丸くする。
「ふふっ、さあ、この勝負はお前の勝ちだ、魈。なんでも我儘を言っていいぞ」
「そうだそうだ。こんな幸運、ほんっとに二度とないぞ!とんでもない我儘を言っちゃえ!」
順調に点を重ねていたパイモンはこのまま勝って魈に杏仁豆腐作らせるんだーとうきうきしていたのに、その計画が泡となって消えてしまい空中で地団駄を踏んで憤慨している。
鍾離の右隣は旅人、勝てば彼に極上の夕食を用意してもらう腹積もりだったという鍾離は悠然と腕を組み仙人様の我儘を待ち構えている。
パイモンのへそくりで新月軒の夕食狙いだった旅人も、魈の我儘がどんなものが期待の眼差しを向けている。
魈の右隣は当然。
この状況のどこが幸運なものか…と知らずに握りしめた手が痛い。
三人の我儘がみな食事だった。ならば。
「わ、我はその…し、鍾離様の手作りの朝食が食べたい、です」
夕食は降魔があるからゆるりとはいかない。昼餉は往生堂の仕事に障りがあるから迷惑だろう。ならばと提案したのだが、鍾離はぱちぱちと何度か瞬きをして、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
石珀色の瞳の奥に最高の配牌を見た時のような危険な香りがする光が走ったのを、顔を真っ赤にして俯きながら言っていた魈にはきっと見えていないなと旅人が半眼で見つめる。
朝食を一緒にってことは、そういうことと解釈されてもおかしくないんだよ?
無意識なのか無自覚なのか。
ほどほどにね、先生。
オイラも鍾離の料理食べたいーとパイモンが言い出さないうちに、そそくさと旅人は塵歌壺を後にした。