鍾魈🐣話忙しい合間に上手に息抜きするのもプロというものでね、決してフォンテーヌまで噂が届いている璃月の新作饅頭を買うために来たわけじゃないよ?こほん、いわゆる市場調査さ。璃月をテーマにした劇のあとなら璃月のおやつが食べたくなるんじゃないかってね。
ようやく店についた途端可愛い坊やがじーっと見つめてきた。うんうん、可愛いものは可愛いものに引かれる。仕方ない。
「坊や、パパかママは一緒じゃないのかい?」
「ぱ? ま、ま?」
あ、璃月の言葉だとえーと
「父様と母様だよ」
「ととさま!かかさま!おばちゃといっしょ」
結局誰と一緒なのか分からずにいると店の奥から女優かな?という美女現れた。
「あいすまぬ、若君。うっかり香菱と料理談義をしてしまいました。おや、そちらは…」
大事そうに包みを抱えた女性の視線は明らかに僕を「知っている」それだ。やれやれ、人気者は異国でもバレバレで辛いよ。
「みずのねぇね」
ぐ、天然かわいいには勝てないかもしれない。それにしても神の目いつの間に見たのかな?
「ええ、水の国の高名な方と若君のお父上より聞き及んでおります。こちらへはいま話題の饅頭をお求めに?」
見抜かれてしまってはしょうがない。しかしこの坊やのお父上とは誰だろう。僕の膨大なファンリストを当たってみるが心当たりがない。
応えを求めるような間が空いて、ひとまずその通りと胸を張る。僕ほどのスターが買いに来たんだ。これからもっと有名になるぞ。
「それはすまなんだ。今日の分は妾が買った分で終わりだそうで」
は?
ええええーー。
せっかく、せっかくここまで来たのに??そんなそんなーー明日は通しのリハーサルがあるし明後日からは本番でロング公演が確定してるしでほんとにほんとに合間を縫ってやっと来たんだよ。もう次に来られるのはいつになるか、いやこういう話題性のものは旬が大事なんだというか僕の口はもう饅頭なんだよーーー。
「ねぇね」
くいくい、とスカートが軽く引かれる。
「はい」
ほかほかと湯気を立てる饅頭が突き出される。
「ねぇね、あたらしいことばおしえてくれた。ものごとはこうへいであるべき。え、と、ぱぱのことば!」
キラリと、美女が身につけていた赤縁の眼鏡が妖しく輝いたのがちょっと気になったけれど、それより坊やの優しさと饅頭の香りと温もりで僕の心は涙で溢れそうだった。
「若君、ほかには何か教わりましたか?」
「んと……まま!!」
「ふ、ふふふ、岩王帝君パパに降魔大聖護法夜叉ママか…フォンテーヌの客人、暫し待たれよ」
ん?なんだか大層な名前が聞こえた気がするけど気のせいかな。
ご婦人はさっと店に戻ると程なくして小ぶりな包みを渡された。どうやらご婦人が買われた分を分けてくれたようだ。
新しい言葉というほどのものじゃないのに、「学んだ」ということへの御礼をくれるなんて、璃月人は向学心溢れる恩義に厚い人達なんだなぁ。
幸せな温もりを抱えて僕は意気揚々と帰路に着いた。一個ぐらいヌヴィレットに上げようかな。でも饅頭は皮がぱさぱさしてるから嫌がるかな。あ、帰りに翹英荘に寄って美味しいお茶を買えば解決だな。
というわけで、若君の新しい語録が生まれたわけだが、その威力は知っての通り。
その夜璃月に流星群が観測され、そこかしこに温泉が湧き、琉璃百合が一斉に開花した。
どうした旅人、若君の存在、おぬし知らなかったのか?