《とあこい》カウントダウン企画1日目 待ち焦がれる。なんてことを、したことのない二人だった。
「ただいま」
いつものように定時で職場を後にして明日は休日だからと酒を買って帰れば、見慣れないものがリビングテーブルに置かれていた。訝しげにそれを見ているとキッチンから同居人が顔を出す。
「おかえり。あれ、いい酒じゃないか!」
片手に持っていた酒を受け取ると、愛用しているグラスを棚から出してカーヴェはカウチに座る。
「君はまだ仕事だろう」
「今日原案を提出したんだ。依頼主の確認待ち」
「それで、これは?」
いつもの指定席に座ってもう一度箱を見ると、片面に突起が沢山ついていた。
それは全て引き出しのようになっていて、無数の四角い仕切りに一つずつ拵えられている。
「いいデザインだろう? 早めに終わったし模型の廃材があったから作ってみたんだ」
酒をついでグラスを置くとカーヴェは得意そうに縦に長い箱を片手で叩いた。
「アドベントカレンダーという代物だ。実物を見たことはないから、僕のオリジナルだけどね。ここに、一から三十まで数字が書いてある引き出しがあるだろう」
見た目までこだわって作られたカレンダーは、箱全体に装飾が施されていて売り物のような完成度だった。
「一日一つずつ開けて、なにが入っているかを楽しむ。そして最終日を指折り数えて待ち焦がれる。モンドの伝統的なカレンダーだよ」
「この三十日後にはなにがあるんだ」
グラスを傾けながら問えば、同じように酒を口にして「これ美味しいな」とグラスをくるりと回していたカーヴェが笑う。
「①と書かれている引き出しを引いてみてくれ」
顎を手のひらに乗せて、いたずらをした後のような顔で促された。
未だに本を開いていない時点でこの箱にある程度の興味を持っていることは知られているだろう。
舌を楽しませる滑らかな酒と、明日の休日、機嫌の良い同居人。断る理由は特にない。
取っ手に指先をかけて、軽く引く。想像していたよりもするりと引き出しは顔を見せ、引っ張り出した箱を膝の上に乗せた。
「……紙か」
中には薄い紙。チケットのようで、日にちとイベントタイトルが描かれている。
「一ヶ月後に、とあるイベントがあるそうなんだ。僕と君が招待されてる。一日目の箱の中身は招待状さ。君の当日の予定が空いていることは把握しているからな。絶対参加だぞ」
「教令院にイベントについて書かれた書類はなかったと把握しているが」
「それはそうだろう。個人の有志と聞いてるよ」
手の中の紙一枚には《恋》の文字。
「一日一回、一箱ずつ開けるんだぞ。僕が丹精込めて作ったんだ。なにが入っているか楽しみにするといいさ」
「ほう。なにが入っているのか見ものだな。おおかた、君が露天で買ったキーホルダーだろう」
「ふんっ。それなら僕は君が買ってきた美的センスの欠如した乾いた木彫りの置物を入れるさ」
「そうか、君が滞納している家賃が入っているということか」
「僕からのプレゼントにそんな情緒のカケラもないものが入っていると思ってるのか!」
「君がようやく手に入れた恥の自覚が入っている可能性もあるな」
「どうやって入れるんだよ! まったく、君は本当にロマンというものを理解していないな」
並べられたパニプリを口に運び、カーヴェは取っ手を一つ一つ数えるように撫でる。芸術やロマンについて考える時の彼の横顔は昔と変わらない。それを見ながら、口を開いた。
「君が口にするロマンなら、予想できるのは教令院の学生時代のものだろう。そうだな、俺が書いた君の似顔絵か、君が書いた俺への恋文でも入っているのか?」
ピタを一口齧ってそう言えば、カーヴェは驚いたようにこちらを凝視していた。
「な、ま……なんでそれ、いや、ちょっと待て。君が書いた僕の似顔絵ってなんだ? 聞いてないぞ!」
「既に塵となってこの世にはないからな」
「なんだよそれ!」
「それよりも、まるで君が俺宛に手紙を書いたような発言があったな。何日に入っているんだ?」
「書いていない」
「それを示唆する発言があったのは事実だ」
「入れてない! アルハイゼン、その箱をよこせ!」
カーヴェが手を出すよりも先に自分の体の後ろにアドベントカレンダーを隠して振り向く。
「今後、君がこれに触れることは一切許可しない」
「中身を入れ替えると思っているんだろう? その通りだ! 返すんだ、アルハイゼン!」
「既に所有権は俺に移った。君に渡す理由はない。それで、一つ確認しておきたいことがある」
奪い取ろうと近づいていた身体に顔を寄せれば、酒で火照った顔のカーヴェが後ずさる。
「なんだよ……」
「これは一日一回と言ったな。日付が変わった時点で開けて良いものか」
「え? いいけど……って、君、意外と楽しみにしてるだろう!」
「そうは言っていない。必要な確認事項を問いかけただけだ」
その後の食事でも隙をみて手を出そうとするカーヴェをあしらいながら、頭の片隅で鍵付きの箱のありかを思い出す。
(どうせ忘れているだろうし丁度いい)
三十日後よりも先にあるイベントを、己のことに無頓着なこの男は忘れているだろう。
鍵付きの箱に、何を入れようか。知論派出身の書記官が考えたパスワードを解くのに頭をひねる建築家を想像するだけで、酒の旨みが濃くなった気がした。
(俺だけが思考を支配されるなんて割に合わないからな)
新しい本の表紙をめくる瞬間のような、ほんの少しだけ心が躍る感覚。
彼から渡される何もかもが自分の感情を揺さぶるのだと、知られるわけにはいかない。
箱を渡された時のルームメイトの顔を想像して、未だ名前のつかない感情を飲み干すように二杯目の酒を喉奥に流し込んだ。
End
【とある書記官と建築家の恋について】