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    ザリガニ見習

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    【雑伊】現パロ。ヘアドネするために伸ばしている伊作さんの髪が雑渡さんのボタンに絡んでしまった話。曲者ではない雑渡さんです。20240308

    ##雑伊
    #雑伊

    『交差』「骨折だってありえますよ!」
     学生の心配は大きかった。
     自転車に当て逃げされたのは雑渡である。転倒し、打ちつけた掌と前腕の擦過傷に、ゆるやかに水をそそぐ細やかさを発揮しながら、目撃者の想像は実に大胆だった。
     骨折か。経験したことはなく、現在洗浄真っ最中の傷も過去を凌駕する痛みではない。そんなに酷くはないよとからになったペットボトルの蓋を閉める学生に告げた。彼(たぶん)は次にティッシュを差し出しながら、きっぱりとこちらを見上げた。後頭部の中ほどで結わえた髪がシャツの肩からずり落ちる。僕がそうでした。若き経験者の切実さに雑渡は肚をくくった。
     腕の水滴を拭き、警察へ通報。一方、学生もスマホを手に取り、証言します自転車の色も覚えていますと奮然と、しかし冷静に周囲の整形外科を検索した。通信容量を割いてもらった上、この辺りは通学に使うだけだから評判のいい病院も知らなくてすみませんと謝られ、雑渡はこれがジェネレーションギャップかと感じた。高校生ってこんなんだったっけ? 二十年前の己の姿などおぼろげだ。明瞭なのは逃げた自転車。衝突によりスポークが外れたのか、カカカッと喚き去った。消えるなら一生消えてしまえ。当て逃げするような奴と金輪際関わりたくはない。ないが、寸暇を置かず大丈夫ですかと駆け寄ってきた振動が、いまも隣で響いている。
     振動は熱を生む。
     時は残暑。湿度の高さに汗の蒸発をさまたげられ、ねばつく熱が発散を求めて力任せに肚を暴く寸前に、もっと熱い波に引かれて、雑渡は取り返しのつかない方へ踏み出すのを免れた。
     警察の到着を待つ間、他人としか呼べない子どもと一緒でも気ぶっせいにはなるまい。向こうはどうか知らないがと雑渡が窺った矢先に、もう彼は駆け出していた。コンビニで氷を買ってきますと。髪をなびかせ。風のはやさで。手当の始めにおろされたリュックともども置き去りにされ、高校生って元気だなあと雑渡はしみじみ思った。
     水、ティッシュ、通信料、時間と親切。
     貰ったものを数えあげる。そして氷だ。
     雑渡は彼が戻ってくることを疑わなかった。腕と同じくアスファルトで傷をこさえた鞄から財布を取り出す。最近はもっぱら電子決済に頼っていたこともあって、中には堂々たる諭吉が一人きり。お礼である。まるごと渡せば清々しく、けれどあの様子では受け取ってくれはしないだろう。警察の後で千円単位でおろすかと想像する。ATMの前で引き出したばかりの現金を高校生に渡す上背の高さを威圧に使える三十半ばの自分おとこを。今度はこちらが通報されかねなかった。
     お礼の仕方について真剣に悩む事故現場にパトカーが到着した。お怪我をしていますねと助手席を降りた警察官が敏く気づく。説明を進める目の隅に跫をとらえた。すみませんと話を中断して、顔を振動の源に向ける。それは太陽の方角。実況見分が始まっていることに焦ったのだろう。申し訳なさそうな表情の脚が速まった。やはり一万円を受け取ってくれそうにないなと雑渡は、沈まぬ西陽に眼を細めた。
     目撃者と警察を引き合わせる。怖じずに高校生は名を告げた。ぜんぽうじいさくです。全然漢字が浮かばなかった。警察も同様だったようで、バインダーに付箋を貼って自書を求めた。高校名とフルネーム。個人情報の取り扱いに厳しい仕事柄、覚えた態度が首をそらす。しかれども、ああここかさすが優秀な生徒さんだと褒めたつもりの言葉を警察が放ったものだから、雑渡の耳は情報を得てしまった。個人情報は厳粛に取り扱え警察だろうと役所勤めは歯噛みした。
     見分はあっさり終わった。合間に高校生が買ってきてくれたアイスを食べ、麦茶を飲んだ。家の囲いが作る日陰にりながら。袋に小分けにした氷をさらにハンカチでくるんでもらって。レジ袋も有料の時代に与えられたこの厚情に一万円は安すぎた。
     さっそく病院の場所を共有してくれようとする学生に先ず深謝した。二個入りの餅状アイスの空箱や氷の残りが入った袋ごとレシートを貰い、目を通さず紙幣を渡せば、子どもはうろたえた。あわてて財布の中をあらためて、明らかに釣銭が不足していると判断するや、コンビニでおろしてきます!と、また疾走の用意についたので、雑渡はつい引き留めるための腕を伸ばした。
     リュックの上でそれらは絡み合った。やわらかに波打つ髪と暑さに袖をまくったシャツのボタンが。リュックを取ろうと屈みかけた学生と、その頭の先に腕を伸ばした雑渡と、二人の間に緊張の糸が張る。髪が長い男子高校生はめずらしい積極的に校則を破る風情でもないのにと思ってはいたが、ひとの容姿である。まして夏のいっときすれ違っただけの相手だ。疑問も糾弾も及ぼす筋合いはない。
     だからただボタンを引きちぎった。
     力があってよかった。ハサミ要らずだ。膝をつき、もう少し待ってと言い、垂れた髪の先から不純物を抜き取った。髪は無事で、だのに学生は顔色をくらくした。
     見るからに肩身を狭くした様子に雑渡は謝った。
    「突然さわってごめん。ちゃんと了承を取るべきだった」
    「あっ、えっと、違います。あの、変な話なんですけど、僕って運が悪いことが起こりやすくて。お前のがうつったって言われることあって。おにいさんのボタンが駄目になったのも、そもそも、僕が通りかかったばっかりに事故に遭ったのかもしれないと、思って、」
     少年の献身のわけを察した。
     そしてせいぜいが一時間を過ごした他人に”納得できる説明”をせざるを得なくなるほど、積もった自責の重さを。
    ”僕のせい”な訳がない。
     錘に引かれ俯く首を雑渡は仰いだ。一時間前に助け起こされた地面に膝をついたまま。一時間前よりは近い距離で。
    「うつらないよ」断言する。「私の事故には加害者がいる。あの逃げたやつだ。私の〈不運〉の責任はそいつにある。加害がなければ被害はない。というのは、心理の先生が本で言っていた受け売りだけど。だけど、実際そうじゃないか。善法寺さんのせいじゃない。うつらないよ、不運は」
     だいたい私はついさっき自分が力持ちでラッキーと思ってたんだ、ハサミがなくても問題を解決できたからね。
     立ち上がる背丈につられ、首を上げた善法寺伊作はしっかりした声で、そう思おうと思いますと表明した。

     薄青のベンチに腰掛ける。平日の診療終了間際の初診患者にも、受付者は丁寧に対応してくれた。病院内は冷えていた。六番診察室の前で待ちながら、袖の長さを元に戻す。閉じきれぬ右側に合わせ、左の袖口も手首がのぞく位置で折り返した。
     たのしかったな。
     と、感想が浮かぶ。ありがたかったし、知らずにいたことを教えてもらった。コンビニまでの道すがら、お気遣いありがとうございましたと、背中のリュックをよけて肩から胸に流した髪を慈しむ声音が礼を述べた。ヘアドネーションに資するべく伸ばしているのだと言う。男性でも髪の寄付が可能なのか。雑渡は衝撃を受けた。己のもの知らずに。実はそろそろ切る予定で、でも全然そんな事情を知らないのに、雑渡さんに気にしてもらったことが、応援みたいで嬉しかったです。
     見分の合間に名刺を渡し、あらためて身の上を尋ねれば、学生証の提示でもって証明されてしまった(個人情報は大切にしなさいと口出ししてしまった)高校のウェブサイトを閲覧する。つらつらと見回る流れで生徒会のページを開いた。五年前、生徒の運動により頭髪に関する校則が撤廃された。誇らしげに輝く文字装飾を眩しく眺めて雑渡は得心した。なるほどこういう学校を選ぶ子なのだ。
     金銭的なお礼を頑なに固辞された一幕を思い返す。お礼を受け取るのも社会を公平に保つ一環だよ恩を返せないのもやがて負担に変わるんだと説得し、支出にあたうお菓子やらカップ麺やらで何とか返還を果たした。雑渡の心情としては圧倒的に恩返しには足らなかったのだが。
     それでも余計な行動は慎むべきだった。未成年者との接触の継続を企てる不穏ととられて不安を与えぬ注意深さで。明日に備えて学校の電話番号をスクショする。そちらの学生にお世話になったこと、診断結果、了承をいただければ保護者に直接お礼の挨拶をしたい旨を伝えると頭に刻む。
     心には恩人の名前を繰り返した。もう忘れようがなくなったものを。善法寺伊作。彼を脅かしたくはない。
     名前を呼ばれて診察室に入る。念のためレントゲンを撮影することになった。案内された検査室で金属の所持を確認される。ポケットを探った指がプラスチックのボタンを摘んだ。それを鞄の内ポケットに託す。ここならまた地面に蹴倒されても安心だった。
     彼の言った、応援のようなものだ。
     誰かに大いに気遣われたから検査結果も大丈夫と考えるのは、“不運がうつる”のと同じくらい非科学的に過ぎると雑渡は知っている。若者から繋げられた医療の台に寝そべる彼に、けれど不安はなかった。
     明日はいい報告ができるだろう。
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    『交差』「骨折だってありえますよ!」
     学生の心配は大きかった。
     自転車に当て逃げされたのは雑渡である。転倒し、打ちつけた掌と前腕の擦過傷に、ゆるやかに水をそそぐ細やかさを発揮しながら、目撃者の想像は実に大胆だった。
     骨折か。経験したことはなく、現在洗浄真っ最中の傷も過去を凌駕する痛みではない。そんなに酷くはないよとからになったペットボトルの蓋を閉める学生に告げた。彼(たぶん)は次にティッシュを差し出しながら、きっぱりとこちらを見上げた。後頭部の中ほどで結わえた髪がシャツの肩からずり落ちる。僕がそうでした。若き経験者の切実さに雑渡は肚をくくった。
     腕の水滴を拭き、警察へ通報。一方、学生もスマホを手に取り、証言します自転車の色も覚えていますと奮然と、しかし冷静に周囲の整形外科を検索した。通信容量を割いてもらった上、この辺りは通学に使うだけだから評判のいい病院も知らなくてすみませんと謝られ、雑渡はこれがジェネレーションギャップかと感じた。高校生ってこんなんだったっけ? 二十年前の己の姿などおぼろげだ。明瞭なのは逃げた自転車。衝突によりスポークが外れたのか、カカカッと喚き去った。消えるなら一生消えてしまえ。当て逃げするような奴と金輪際関わりたくはない。ないが、寸暇を置かず大丈夫ですかと駆け寄ってきた振動が、いまも隣で響いている。
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    DONE【譲テツ】サンタさんからプレゼントを貰っちゃって焦る譲介(高1)と、子どもに伝承される「サンタさん」という夢の話。20231226
    『僕のサンタ』 ポイントは目に涙をためること。
     さも「事実」を知って傷ついた子どものふりをする事だ。
     僕たちには親がいないからサンタさんも来ないんですよね、だって、サンタさんの正体は、
     親の成りすましだと暴くもよし。言葉を濁すもよし。養護施設の職員をまごつかせる遊びだった。サンタクロースを信じる子どもが職員にまとわりついている時を狙う。眼を張り、耳を傾け、大人の機嫌を乗りこなす正しい方法を懸命に探りながら、大人の語る欺瞞ゆめを信じて握る小さな手。その矛盾に譲介は耐えられなかった。期待は裏切られるために在る。早く「真実」を知るべきなのだ。
     だから今年も譲介は、目覚めのプレゼントを投下した。

     高校入学前に移った施設の食堂で、くしゃくしゃのピンク色の画用紙を譲介は拾った。引き裂かれ、棚の裏に隠された悪意の花びらを案内の職員に渡す。ひどいやつがいますねと眉をひそめて見せた。みつけてくれてありがとうと顎の位置で髪を切り揃えた職員は微笑んだ。こちらに同調して世話してるガキ共を腐さなかったなと譲介は胸中に記録した。
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