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    かわな

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    かわな

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    将来死ぬらしいウィルくんを助けたいガストくんがちょっと頑張る話の前編。
    ウェブオンリーの展示です。
    しんどさ0のゆるふわハッピーエンド。年末には仕上げたい。
    ※細かいことは気にしない人向け

    ##ガスウィル

    タイトル未定(前編)/ガスウィルその日、青い星が落ちてきた。拾ってほしそうにあたりをふよふよと漂うものだから、気分がのって手を差し出した。コロンとした、端が尖った花びらのようなものが五枚。花の形をしたその星は、パキンッと音を立てて手のひらの上で星屑となった。何もしていないのに風が吹いた。ふわっと星色が藍の空に散らばっていく。
    どうやら手紙だったらしい。どういう原理か分からないものの、投影機のように文字が宙に浮かび上がって、疑いもせずに手紙を読んだ。
    その手紙には、こんなことが書いてある。

    親愛なるガスト・アドラー様
    いきなりのことで驚いているかもしれないが、どうか落ち着いて聞いてほしい。俺は、三十歳のお前だ。ガスト・アドラー、変わらずエリオスでヒーローをしている。
    今のお前が何歳で、どの季節の、何をしているお前かは分からないが、「ウィル・スプラウトが生きている」という条件を満たす過去に手紙を送った。
    いろいろと疑問があることを承知で、単刀直入にこちらの要件を切り出させてもらう。
    ガスト、お前にウィル・スプラウトを救ってほしい。
    こちらの世界は一度、サブスタンスの影響で自然がほぼ死滅し、ニューミリオンはおろか、世界全体から植物が消えた。植物が消えるとどうなるか、想像することぐらいお前でもできるだろうから詳細は省くが、その地球を救うためにウィルは死んだ。かつて、イースターリーグでウィルがしたことを、アイツはまたやる。大規模で、人々に望まれて、それが自分のすべきことだと信じて、だ。
    しかし、その半年後、また新たにサブスタンスが空から飛来する。その能力はあらゆるものの細胞を活性化させる有能なもので、地球は一気に緑に包まれる。ウィルが残した植物や種をあっというまに芽吹かせて。
    ガスト、お前はウィル・スプラウトに恋をしている。
    そして、俺もウィル・スプラウトに恋をしている。
    しかし、俺の住むここにウィルは存在しない。13期のみんな、家族、街並み、ウィルが好きだった和菓子屋も、すべてがここに存在するのに、ウィルだけがここにいない。
    それはとても不幸で、やるせなくて、今にも泣き崩れてしまいそうなほど、悲しいものだ。いまさらになって後悔ばかりしている。どうして引き止めなかったのか。もっと手立てはあったはずじゃないか。いまの俺にはもう、どうしようもないことばかりだが、過去のお前になら未来は変えられるはずだ。

    なあ、ガスト。
    お前の隣にウィル・スプラウトはいるか?
    さほど遠くもない未来から、お前の健闘を祈っているよ。


    「なんだよ、これ……」
    読み終えて最初に出た言葉はあまりにか細く吹き抜けた風に飛ばされた。空に映し出された文字の羅列は読み込めば読み込むほどゆっくりと色を濃くして、夜空と同じ色に変わっていく。三回ほど読み直したとき、手紙は消えた。まるでここには何もなかったかのように跡形もなく空に溶けて、視界にはやけにきらめく星々だけが残った。
    考えがまとまらない。こんがらがっている頭の動きを止めたくて額を手のひらで抑えると、額は熱いのに指先は冷たかった。
    ベンチに腰を下ろし、頭を抱える。花壇があるからか、人の少ない夜は草や花の澄んだ空気がやけに濃く感じて、それがガストの頭の中をよけいにめちゃくちゃにしていく。手紙の内容と、時間をみつけてはここで土いじりをしている同期の後ろ姿が重なると、後頭部を殴りつけられたみたいに頭がズキズキと痛んだ。同時に心臓も。
    「ウィルが死ぬ」
    言葉にしてみると、それはとんでもなく腹の立つ言葉だった。たしかにとんでもない無茶をするやつだし、自分のことを勘定にいれない節はあるが、同時に彼の周りには彼のことをよくみている人がたくさんいる。ウィルのヒーローとしての姿を大事にして、それを尊重してくれる人たちが。そのなかに、図々しいかもしれないが自分自身も入っているつもりだ。
    それなのに、彼は死んでしまう? 
    まさか、ありえるはずない。
    どこかに冗談の種が埋まっていたのではないかと手紙を思い返すけれど、ガストはそうそうに首を振った。ときおり「なんてな」と冗談めかすことはあっても、ああいった類のものは嫌いだから冗談であっても言わない。それにあの手紙の中で、三十のガストは「お前はウィル・スプラウトに恋をしている」と言いのけた。その事実は、いまのところガスト本人しか知らないはずなのに。
    ということは、だれにもウィルを止められないということだ。同時に、止められるほどの打開策もない。
    息を大きく吐いた。うつむいた視界の先に、オレンジ色の小さな花がちらちらと揺れていた。白い月の光を弾いて、昼に見るより優しい色をしている。それがとてもウィルに似ていると思った。
    未来の俺は植物のあふれた地球で同じように感じるんだろうか。毎日、飽きることなく。心地よく風に揺れる葉の音が聞こえると、思わず立ち止まってしまう自分のように。
    空を仰ぎ見ると、雲一つない夜空には月と星が瞬いていた。風が吹き抜け、前髪が揺れる。視界と気持ちが開いていく感覚に、腹の底がぐっと熱くなっていく。風がウィルの髪を柔らかく撫でて、その下に隠されていたまゆが見えたとき、同じように腹の底がぐっと熱くなる。心が動かされている。大切にしたいと強く思う。
    何年後に起こるのかさえ書かれていない手紙のすべてを信じることは難しいけれど、疑うよりも信じるほうがずっと簡単だ。ここで悶々と座り込んでいるよりも動いているほうがよっぽど性に合っているし、建設的だと判断ができる自負がガストにはある。なにより、ガストは一人じゃない。ここには、頼れるヒーローがたくさんいるのだから。そんなヒーローに自分もなれたらいつかは……。
    「よしっ」
    声に出して立ちあがると、応援するかのように強い風が吹き抜けた。手を開いて横に大きく広げてみると、風の道がまっすぐに伸びているみたいだった。風に乗って歩き始める。未来に起こることのきっかけはサブスタンスだ。それなら、まず相談する相手は決まっている。
    まだわずかに日付を越しただけの時計を確認したガストは、申し訳ないなんて気持ちは少しも持たずにヴィクターのいるであろう彼のラボを目指した。


    ◇◇◇


    「よう、ウィル。お茶でもいかないか? 雰囲気の良いカフェを教えてもらったんだ」
    「断る」
    間髪入れずに返した言葉に、目の前の男は困ったように眉根をよせて「そういうなよ」といつもの軽い口調で言った。パトロールから戻ったばかりなのか、少し着崩した制服と気取っていない人好きのする表情は変わらないのに整髪剤じゃなくて汗のにおいがした。
    「弟分がせっかく教えてくれたのに、行かないわけにはいかないだろ? 助けると思ってさ」
    「そんなのは俺には関係ない。ほかの人を誘えばいいじゃないか」
    「たとえば?」
    「たとえばって……ジュニアくんとか?」
    「ええ? なんでジュニアなんだよ。そりゃ、仲が悪いわけじゃないけどさ」
    仲が悪いわけじゃないと彼はおかしそうに言うけれど、揚げ足をとるのならばウィルだってガストと仲が良いわけじゃない。週に何度もお茶やランチに誘われるような関係じゃないと思う。
    「じゃあ、グレイさん」
    「じゃあって適当だな」
    「だって、ほかに思いつかない。あ、マリオンさんは?」
    ガストはいつもみたいに苦笑いを浮かべると、そこでアキラやレンの名前を出さないのがウィルだよな、と余計なことを言った。
    「でも、あいにく俺はウィルと行きたいんだ」
    会話をしていても埒が明かないような気がして、土いじりを再開した。諦めるつもりはないらしいガストはウィルの横にしゃがみ、ただ黙ってウィルが土をいじっているのを眺めている。柔らかな風が吹いて頬を撫でていく。心地よい風だ。風の運んでくれる湿った土とみずみずしい緑の匂いがウィルはとても好きだった。
    「能力使ってるだろ」
    あからさまに大きなため息を吐いた。手は動かしたまま隣にいる風の首謀者に声をかけると、悪びれない返事があった。
    「ああ。こういうときにさ、風が吹いてると気持ちがいいだろ」
    「こんなことに能力使うなよ」
    「ははっ、あいかわらず真面目だなぁ、ウィルは。でもさ、助けたいんだ」
    その言葉に手が止まる。
    「は?」
    振り返ると、手を見ていたと思っていたガストはまっすぐにウィルを見つめていた。
    「……あー、深い意味はねえんだけど。ここの花はきれいだし、マリオンはここにくると機嫌がよくなるし、俺にとっても都合が良いんだ。それにさ。最近めっきり夏っぽくなってきただろ? 俺から涼のプレゼントってやつだな」
    うんうん、と一人で納得したように頷いているガストをウィルはまじまじと見つめた。気持ちいい風は穏やかに屋上を流れていて、じわっと噴き出た汗を乾かしていく。前髪がかすかに横に流れてなびいた。ガストの表情がよく見える。太陽の強い日差しの下で、毎朝きっちりとセットをしている彼の前髪も揺れていた。たしかに夏にはうれしい贈り物だ。
    「なに笑ってるんだよ」
    「え? 俺、笑ってたか?」
    すぐに、よけいなことを言ったなと思った。だけど、撤回しようにもすでに言葉は彼に届いてしまっている。
    「ああ……たぶん」
    「たぶんってなんだよ」
    苦し紛れのいいわけに、ガストは目を細めて笑った。それはパトロールのときに一瞬みせる真摯な瞳に似ていた。
    立ちあがり、蛇口から伸ばしていたホースを手に掴む。ボタンを押すとすぐに柔からな水がシャワーとなって植物に降り注いでいく。
    「そこ、おすすめはなにがあるんだ」
    主語とか名詞とかお構いなしに問いかけた。意味が通じなければそれでいいと思った。けれど、ガストはこういうときにかぎって、きちんと言葉をくみ取ってしまう。
    「わらびもち」
    「ふうん」
    「俺、わらびもちって食べたことないんだけど、やっぱりモチみたいなものなのか?」
    ニューイヤーに食べたモチ、おいしかったよな。
    ガストが楽しそうに言って、わらびもちかー、とうれしく思ってしまったウィルは、わらびもちは伸びないよ、とついつい答えた。
    「食べたことあるのか?」
    「ああ。透明な一口サイズの団子で、つるんとして、のどごしが良くて、きなことか、黒蜜をかけて食べるんだ」
    「へえ、それは楽しみだな。ウィルがそんなにべた褒めするなら甘いんだろ?」
    たしかに甘いものが好きだからちょっと大げさに褒めてしまったかもしれない。だけど、甘くないものだっておいしいものはきちんと褒める。じろっといつのまにか隣に立っていたガストを睨みつけると、俺また余計なこと言ったのか? と形の良い口元を引くつかせた。
    「あー……えっとさ、雰囲気も良いんだぜ?」
    「さっきも聞いた」
    「そ、そうだよなー……ははっ」
    だいたい、男二人、しかもたいして仲が良いわけじゃない二人が雰囲気のいいカフェに行ったところでどうなるんだろう。ストレートに誘うのなら雰囲気で押すよりも、最初から好物の甘いわらびもちで釣ったほうが早い。と、ウィルは自身で考えながら頭を振った。いやいや、釣られちゃだめだろ。
    決意を新たにして、水を撒くふりをしながら横目で隣に立つ彼をみると、どうしてか、視線が交わった。どきりとした。
    「楽しみだな」
    「……アドラー?」
    「ん? どうした、なにか手伝うか」
    その声は本当に楽しそうに聞こえたのに、ウィルを見つめる瞳は水を張ったように揺らいでいるように見えた。言葉ではうまく言い表せられない不安に似た種が撒かれた気になって、思わず水を止める。
    「いや……大丈夫だ。これ、片づけてくる」
    「了解」
    穏やかな風が流れ続けている。ウィルの前髪をふわっと持ち上げる。ガストは何事もなかったかのように気軽に返事をして、ウィルをみていた。


    パンケーキは薄いやつとふわふわのやつとあるけど、違いってなんだろうな。
    レシピには、卵白をメレンゲにしたり、豆腐を入れたりするとふわふわになるらしい。
    へえ。ウィルはどっちが好きだ?
    薄いのか、厚いのかってことか?
    そう。
    どっちも好きだから選べないけど……しいて言うなら、薄いのかな。
    なんでだ?
    小さいころ、アキラとレンに作ったのは薄いやつだったから。次は、二人においしいって言ってもらえるようなパンケーキを焼いてみたいんだ。
    そっか。じゃあ、味見は俺がするよ。
    え、いいよ。オスカーさんや、キースさんに頼むから。
    そういうなよ。俺だって役に立つぜ。


    クリームソーダってメロン色だけじゃないんだ。
    推し活? って言うの? それの一環らしいぜ。推しの色を組み合わせて楽しむらしい。
    推しの色を組み合わせるって、どういうことだろう。
    さあ。ただ、推しが二人いたらどっちも選びたいって思うからじゃねえかな。欲張ったっていいだろ?
    欲張る……か。たしかに、アキラとレンを応援するとしたら、どっちかだけなんてしたくないし、選べないもんな。
    あー……なんか、たとえがすっげえウィルらしいな。
    なんだよ、べつにいいだろ。
    もちろん、褒めてるんだからな。それで。ウィルは何色にするか決めたか? たくさん色があって迷っちまうよな。
    うん。でも、この、赤と青にしようかな。アキラとレンっぽいだろ。
    おお、たしかに!
    紫と水色と赤でサウスセクターカラーもいいなって思ったんだけど、さすがにな。そういうアドラーは決めたのか?
    …………。
    ……アドラー?
    ……ああ、わりぃ。すっげえ悩んじまった。でも、決めた! 俺はこの緑と黄色にする。
    アドラーの色だな。
    そ、俺と、ウィルの色な。ウィルのクリームソーダと並べたら、良い感じだろ? やっぱり、アキラとレンがいるなら、ウィルもいないとな。それで、俺もいたらもっと良い。なんてな。
    …………なんてな、はいらないだろ。
    ん? なにか言ったか?
    ……ありがとう……て、言ったんだ。注文しよう。
    ……ああ、そうだな。


    よお、ウィル。雨宿りか。
    ……アドラー。
    おいおい、そんな嫌そうな顔すんなって。仕方ねえだろ、通り雨なんだから。
    別に嫌そうな顔なんてしてないだろ。それより、ほら、早く拭かないと風引くぞ。
    おっ、心配してくれんのかよ。サンキュー。でも、あいにくハンカチを今日は持ってないから、風吹かせてもいいか?
    ……ほら、これ使え。使ってないやつだし、能力を使うにしてもきちんと拭いておかないと体が冷えるから。
    お、おお……なにからなにまで悪ぃな。ありがとな、遠慮なく借りるわ。
    ああ。
    最近、急に雨が降るようになったよな。夏だなって気がするよ。雨の季節ってわけでもないのにさ。
    雨は、夏の季語なんだ。
    季語?
    季節を表す言葉だよ。俳句とかに使うんだ。雨は夏の季語だから、アドラーが夏だなって気がするのはおかしいことじゃないのかも。
    へえ、詳しいな。それも本に書いてあったのか?
    ブラッドさんの部屋にあったんだ。おもしろいよ。アドラーも気になるなら借りたらいい。
    俺がブラッドに? いいのかよ、セクターも違うのに。
    興味があるのなら、良いって言うよ。 ……ふふっ。
    ん? どうしたんだ、ウィル。
    ふふっ、いや。ちょっと、思い出し笑い。
    聞かせてくれよ、それ。
    たいしたことじゃないよ。
    それでもいいよ。ほら、まだ雨も止みそうにないし。
    ……ほんとうに、たいしたことじゃないからな。
    ああ。
    まえに、オスカーさんに同じことを言われたんだ。ブラッドさんなら、良いって言うだろうって。
    オスカーに?
    部屋のリビングに気持ちのいい光が差し込んでて、ここに寄せ植えを飾ったらすてきじゃないかって思ったんだ。でも、まだ配属になったばかりだったし、勝手にするのも気が引けて言い出しづらいなって……。
    ああ、それで。オスカーが言ったんだろ。「ブラッドさまなら、きっとこう言うだろうと思ったんだ」って。
    ふふっ、そうなんだ。俺も、さっきアドラーが俳句に興味があるのなら本を借りたらいいって思ったんだよ。ブラッドさんがダメだって言うわけないって当然のように言ってしまった。きっとアキラも同じように答えるんじゃないか。
    一年も一緒に暮らしてると、そういうところ分かるようになるのかねえ。
    さぁ、それは分からないけど。そうだと……うれしいかも。
    サウスセクターって仲いいもんな。傍から見ててもそう思うぜ。
    なに澄ました顔して言ってるんだ。ノースセクターだって良い雰囲気だと思うよ。
    へ? そうか? サウスみたいにドライブとかはしたりしないけどな。
    べつに一緒に行動していることが仲良しの証明にはならないだろ。一緒にいて、たとえ何をしてなくても、落ち着くなー、もうちょっと一緒にいたいなー、とか、そういうのを感じたりすることが大事だと思う。
    今みたいに?
    ……。
    ……。
    ………………そろそろ雨が上がりそうだな。
    あと十分は無理だろ。




    かき氷にパンケーキ、あんみつにフルーツサンド。たい焼きに季節の大福。たまにサーモンのベーグルサンド。ここまでくると、さすがにうまい言い訳も思い浮かばない。
    「最近、ガストと良い感じだな」
    ベッドに寝転んで、コミックスを読んでいたアキラが不意に言った。机に座って鉢植えの手入れをしていたウィルは内心ドギマギとしながらも丁寧にハサミで葉の選定をしていく。
    「……そうかな。気のせいじゃないか」
    ジョキン、と小気味よいハサミの音と呆れたアキラの声が重なった。気にせず、ジョキンジョキンと音を鳴らす。
    「お前、週に二回も一緒になにかしらを食いに行ってて、よくそんなしらじらしいこと言えるな」
    「し、しらじらしいってなんだよ。同期なんだから、一緒に食事ぐらいするだろ」
    「そりゃするけど? でも、さすがに週二は多いだろ」
    「多いかなぁ……」
    「まあ、裏を返せば、ガストと一緒にいると楽しいってことだし良いんじゃないか。ガストは頼れるし、いいやつだしな!」
    「うう……っ」
    否定がしにくい、とウィルは机の上で唸り声をあげた。
    そろそろヒーローになって一年が経とうとしている。さまざまなことを経験した。絶対に関わりたくないと思っていたガストとパトロールやちょっとした協力を経て、自身の視野がどれだけ狭く、頑なになっていたのかを否応なしに自覚した。ガストをずっと嫌い続ける理由を、ウィルはもう探せないでいる。だからといって、じゃあこれから仲良くしようぜ! なんて調子の良いことも言えないし、できやしない。
    「んで、今日はどこ行くんだ? 今日もガストと飯に行くんだろ」
    アキラがパラパラと宙に掲げたコミックスをめくりながら言う。それでちゃんと読めてるのかなと、ずっとパラパラめくっているアキラを眺めていると、手に持っているコミックスの表紙には見覚えがあることに気づいた。今アキラが一番気に入っている漫画の、一番気に入っているシーンがある巻だ。たしか、大切な人を亡くしたヒーローが、過去を変えるために未来からやってくるとか、そういうストーリーだったはず。どうやって救うのかは知らないけれど。
    「今日は、イーストのリトルトーキョーで和食を食べる約束をしてて……あ、そうだ! アキラも行かないか? レンも誘うのもいいよな」
    ウィルは良いことを思いついたと言わんばかりに声を弾ませた。そうだ、それがいい。畳みかけようと立ちあがろうとして、「はぁ!?」とアキラの素っとん狂な大声にびっくりして思わず椅子に座りなおした。
    ベッドが苦しそうに音を立て、アキラがガバッと勢いよく体を起こす。コミックスを読んでいるときはいつも機嫌がいいのに、いまは不機嫌そうに唇を尖らせていて、苦い気持ちが口の中に広がっていく気分だ。
    「本気で言ってんのか、ウィル。本気で言ってんのかぁー!?」
    「な、なんだよ……そんな変なこと言ったか? 同期なんだから、食事ぐらい誘うだろ」
    「そりゃあ、同期だったら食事ぐらい誘うけど! けどだ!!」
    「け、けど……!?」
    「あれだ……ガストは、同期として誘ってねえだろ」
    アキラの言葉に、思考が停止した。
    「え」
    「え、じゃねーよ。どう考えても、同期としてのはんちゅーってやつを超えてんだろ。週二で食事とか、付き合いたてカップルでもできやしねーぞ」
    「つ、付き合いたてカップルって……あ、アキラ、変なこと言うなよ」
    「変なことは言ってねーよ! 俺は、俺の思ったことを言っただけだ!」
    「そ、そんな堂々と言われても……」
    本当は、ほんの少しだけアキラと同じことを思っていた。最近の交流で知ったことだけれど、ガストの一週間の食事はノースセクターで一回、弟分たちと過ごすことが不定期、ウィルとの平均二回でほぼ埋まる。
    「や、やっぱり二回は多いよな」
    「多いと思うぜー。ちょっと待ってろ、たしかここに……」
    ベッドから降りたアキラはコミックスが詰まっている本棚を漁り始めた。なにを探しているのか気になって近づくと、次から次に物が床に積み重なっていく。
    「ちゃんと片づけしないから」
    「うるせーよ。いまはそういうこと話してないだろ」
    「そうなんだけどさ」
    アキラの前かがみになった背中を眺めながら、子どものころに比べたらずいぶん大きくなったなー、と当たり前のことを考えていると「あった!」と明るい声がした。
    「ウィル。ほら、これ見てみろって」
    「どれどれ」
    誘われるままに背中から覗き込んでみる。あぐらをかいた太もものうえには男性アイドルがにっこりと笑顔を浮かべている雑誌。アキラが読むとは思えないものだった。
    「……アキラ、好きな子でもいるのか?」
    「はぁ!? な、ん、で、そんなことになるんだよ」
    「いや、だって、それ恋愛特集って書いてあるし」
    振り返ったアキラのまなじりがキッと吊り上がっている。ぐっと近づいた顔に「それに、ほら」と雑誌の一部を指でつつく。足のすきまだったのか、雑誌はつつくたびにポコポコッとまのぬけた音がした。
    「好きな人と仲良くなる方法ってあるよ」
    ウィルが答えると、アキラは勢いよく雑誌に視線を戻した。ウィルの視線がぐんぐんと下がっていく。アキラが「お、おおおお……まじだ」と言ったときには、顔と雑誌がキスをしてしまうんじゃないかと心配になるほど体を曲げていた。
    「ぜんっぜん、気づかなかったぜ」
    気を取り直したアキラが答えて、ウィルは肩をすくめる。
    「どうみたってメインの見出しだと思うけど?」
    「そうかぁ? 俺はさ、こっちの人々を魅了する体づくりってやつしか見てなかった」
    「それ、けっこう文字小さい」
    突っ込んだところで意味はないけれど、言わずにはいられなかった。だけど、アキラのいいところは、自分の関心、興味のあるものへのレーダーがとてもするどいことだとも思った。
    「それで? 見せたかったものって体づくりについてなのか?」
    「んなわけねーだろ。それこそこっちだ、こっち」
    雑誌を持ち上げ、表紙を手のひらでバンバンと叩く。大きな音にしかめっ面をしようとすると、
    「恋愛だ!」
    と言ったアキラの声におもわずポカンとしてしまった。
    恋愛。
    恋愛?
    だれが?
    だれと?
    アキラの言葉がうまく咀嚼できない。少し前にアキラに好きな人がいるのかと聞いたくせに、信じられないぐらい恋愛という言葉がうすらぼんやりとした得体のしれないものに思えてならなかった。だって、ウィルは恋愛なんてしていない。それが、どうしてウィルにみせたいものになるのか。「気づいてすらいなかった表紙と中身がばっちり一致するなんて、やっぱり俺は天才だなっ」と笑っている声がやけに遠くに感じる。
    「ごめん、アキラ。ちょっと意味が分からない」
    頭がずきずき痛むような気がして、指先でこめかみを抑える。アキラは自分のもたらした発言なんて気にも留めずに、「俺は意味が分かる。なんてったって、天才だからな」といつものように明るく言った。話がかみ合っていない。
    「とはいえ、ウィルはこういうの苦手だもんなー」
    よっこいしょっと立ちあがり、リビング行こうぜー、というアキラの声によろよろとした足取りでついていく。リビングルームはしんと静かだった。今日、サウスセクターの研修チームは一日オフだったけれど、多忙なブラッドは緊急会議に出席し、オスカーは昇格試験に向けてイーストセクターのアッシュとトレーニングに出かけている。
    「そこ座って待ってろ」
    アキラが共用のテーブルに雑誌を置き、ソファを指差した。うん、と答えたもののアキラが今からなにをするのか気になって視線は落ち着かなかった。
    小鍋を取り出す。冷蔵庫からミルクとココアパウダーを手に取って、砂糖の入った保存瓶を開けるまぬけなポコッという音。あ、ココアを作るんだと思ったときには、ココアのほろ苦い香りが据わっているソファにまで届いた。
    「熱いのと冷たいの、どっちがいい?」
    アキラの投げかけた言葉に、ふと窓の外を見た。四角に切り取られた窓からみえるニューミリオンの街は小さくて、そのぶん空が大きく広がっている。絵具の青に水を足したような薄い青に大きな白い雲が日の光を弾いて眩しい。日に日に、空や植物や風に、夏らしさが濃く色づき始めている。
    「冷たいのがいい」
    ウィルの言葉にアキラが明るい声で答える。
    「だよな。俺も」

    アキラの作ってくれたココアはびっくりするほどおいしかった。あまりにびっくりしてごくごく飲んでいると、天才だからな、と聞きなれた言葉に今日ばかりは大きく頷いた。
    「んで、恋愛についてだ」
    ぱらぱらと雑誌をめくりながら、アキラが飲み干したココアをテーブルの端に追いやる。その隣にはミネラルウォーターのペットボトルが準備されていて、今飲んでいるココアがウィルの好みに合わせたものだと気づいてうれしくなった。
    「ありがとな、アキラ」
    「ん? なにがだ。まだなんにも話してねーぞ」
    「そうだけど、ココアがすごくおいしいからさ。言いたくなったんだ」
    「ふうん。じゃあ、ありがたくもらっとくわ。どういたしまして」
    「ふふっ、うん」
    怒ったり、ましてや落ち込んだりはしていないけれど、驚いて頭がこんがらがりそうだったのは事実だった。ココアはそんなぐちゃっとなった頭の中をきれいに一つずつ整理することに一役買っているらしい。きれいに磨かれたフローリングにつけた足が、しっかりとした感触をウィルに伝えてくる。
    「それで、恋愛だ」
    アキラがまじめくさった声で言う。それに、ウィルも真剣な顔を作る。
    「それなんだけどな、アキラ。どうして、俺とアドラーが食事にいくことと恋愛が結びつくのか分からないんだけど」
    「そりゃあ、ウィルは当事者だからだろ」
    「それはそうだけど……じゃあ、アドラーはどうなるんだよ。あいつだって今、こんなこと言われてると知ったらびっくりすると思うぞ」
    「まあ、ウィルとは違った意味でびっくりはするだろうな」
    「どういうことだよ、それ」
    アキラは肩をすくめて首を振った。教える気はないということだ。
    「まあ、それは置いといてだ。ここをみろ、ウィル」
    「もう……あとでちゃんと教えてくれよ」
    「はいはい」
    適当に流された返事にムッとしながらも、テーブルの上に開かれた雑誌に目を落とす。そこには散々表紙に書かれていた「恋」だとか「恋愛」だとか「恋人」といったワードがページいっぱいに散りばめられていて、目がチカチカした。
    「……れんあい」
    まるで始めて聞いた言葉のようにウィルが呟くと、雑誌に落ちていた影がゆらゆらと揺れた。
    「笑うなよアキラ」
    「わりぃわりぃ。まあ、でもさ。ようはこういうことだろ?」
    「うーん……」
    雑誌には、「好きな人には積極的に!」と書いてあった。時間と好きの共有は、好意をよせる相手とは必要不可欠! とも書いてある。
    たしかに、ガストは最近よくウィルを食事に誘う。それまでは見かけてもなんとなくそれっぽく挨拶を交わしていただけだったのに、最近は挨拶には食事の誘いが必ずついてくるようになったのはいつのころからだろう。
    ココアを飲み、ココアキャンディのような氷を口のなかで転がしながら、ガストのことを思い返してみた。仲良くしたいと言うこと、そうっとうかがうようにしてバースデーを祝ってきたこと。保護者クンといつのまにか言わなくなったこと。顔を合わせるたびに、食事に誘うこと。ときおり、考え込むようなそぶりを見せること。気づくと、必ずウィルを見ていること。
    それらをつなぐとき、いつもあるのはウィルの好きな甘いものだ。おまんじゅう、ケーキ、アイスクリームにパンケーキ。ときどきサーモンのベーグルサンド。ガストはそこまで甘いものが好きだというわけではないけれど、ウィルの瞳に映る彼はいつもおいしそうに食べている。
    「……嫌われては、ないような気がする」
    そうっと呟くと、テーブルの上の影が大きく何度も揺れた。口のなかの氷が熱でゆっくりと溶かされていく。なんだかとても恥ずかしいことを言ったような気がする。
    「まあ、アドラーが人を嫌うなんてことなさそうだけど」
    言い訳するように付け足すと、「まあ、ウィルにしては上出来だろ」とアキラは満足そうに言った。
    「しない後悔より、する後悔ってやつだな!」
    「なんだよそれ」
    「コミックスからの受け売り。どうせ後悔するなら、やってみたいって思ったほうを選んだほうが楽しく後悔できんだろ」
    「楽しく後悔って……できれば後悔はしたくないよ」
    「そりゃあな。でも、後悔しないなんてこと、無理だろ」
    グラスを両手で抱え、カラカラと氷を流しながらアキラの言葉に耳を傾ける。今まで過ごしてきたなかで感じた「ああすればよかった」「こうすればよかった」という選択の数々が真っ黒な渦となって頭の中を支配して、指先がきんと冷たくなっていく。だけど、それは今となってはつらいだけでもないのかもしれない。目の前で格好いいヒーローとして成長していく幼なじみをみて、そう思わずにはいられない。
    「なに。アキラも後悔したりするの?」
    笑いまじりに正面に座っているアキラをみた。いつもキラキラと光ってパワーがみなぎっている瞳は、窓から差し込む太陽の光を取り込んで、さらに輝いていた。幼いころに芽吹いた後悔の種はいまだウィルの中に埋まって一生枯れはしないけれど、だからといって新たに芽吹こうとしている種をなかったことにする必要はない。その考えはガストと過ごすことにも当てはまるはずだ。そう、信じていいとアキラの強い瞳の色をみていると思う。
    「俺が後悔なんてすると思うのか!?」
    「するわけないよな。だって、アキラは天才なんだから」
    アキラが自信満々に言うであろう言葉を、ウィルは穏やかな心持ちで引き継いだ。指先は冷たいけれど、ちゃんと動く。
    「とーぜん!」
    しばらく見つめ合った。胸を張っているアキラと、それをまじまじと見つめるウィル。数秒ももたず、こらえきれずに噴き出して、二人で笑った。そのたびにグラスの氷が楽しそうにカラカラと音を立てて、部屋に響いた。
    「ウィルはいま、楽しいか?」
    アキラがいつでもまっすぐな声で尋ねた。まっすぐに、真剣にウィルの胸に届くから、誠意をもって返したいと思う。
    しっかりと頷いた。
    「うん。楽しいよ」


    (つづく)
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