「ねぇ、クロード。自覚がなくてごめん。僕、君に何かした…かなぁ?」
宿屋の一室。荷を下ろし一息つこうとした時に、アシュトンはその背中に問いかけた。
「……アシュトン?」
「いや、あの、僕の勘違いだったらいいんだ。ただ、最近君が僕を避けてる気がして…。僕が何か君の気に障ることをしてたなら、謝りたいんだ」
ずっとじゃなかった。本当にここ最近、急に彼の態度が変わった気がした。目が合っても露骨に逸らしたり、レナと夕飯の買い物をしていた時も、視線を感じるなぁ(普段から背中のふたりの件で十分注目の的なのだが、それとはまた別で)と思ってふとその方向を見ると、彼だったりした。
「………いや、アシュトンは悪くないんだ。これは僕の問題だから。僕こそ、変な態度とってごめん」
クロードは声色こそ申し訳なさが滲み出ていたが、アシュトンと目を合わそうとはしない。違和感はあったけれど、アシュトンはそれ以上聞こうとするのをやめた。
「そっか…。ならいいんだ。僕のせいで、二人がうまくいかなかったら悪いしね」
備え付けてあるポットの水をコップに注ぐ。2個のうちの量が多い方をクロードに渡した。ありがとう、と小さくお礼して受け取る。
「………二人?」
「うん。だって君、レナが好きなんだろ?」
クロードが派手にむせた。気管に入ったのか激しく咳き込む。アシュトンは慌てて背中を擦った。
「なん…で、そう……ちがっ」
「そんな激しく否定しなくても…」
街に滞在する時、夕飯の買い物は大抵レナと二人で行っている。献立の相談も料理の支度もほぼ二人で行っているので、その方が効率が良いのだ。アシュトンはクロードが自分に嫉妬しているとしか思えなかった。
「……僕が好きなのは…いや、いいんだ」
言いかけて、口を噤む。下を向いていたクロードは床が濡れていることに気づき、近くにあったタオルで拭こうとしゃがみ込んだ。
「手伝うよ」
アシュトンも隣でしゃがむ。床を拭く前に、クロードの服の襟元も濡れていることに気付いた。
「風邪ひいちゃうよ」
アシュトンはポンポンと襟元をタオルで押さえた。本当はすぐ着替えた方がいいのに、先に床を気にしてしまうところがクロードらしいな、と思う。
「ちょっとはマシになったかな?」
よし、と服から手を離そうとすると、腕を掴まれた。
「………クロード?」
クロードが真っ直ぐにアシュトンの目を見つめる。アシュトンは、綺麗な瞳だな、と思いながら、彼の目の中に自分が映っているのをぼんやりと眺めていた。奥でウルルンが眠そうな顔をしている。そして、やっと気付いた。
「………僕、なの?」
「…………。ごめん」
「どうして、謝るの」
「……だって、アシュトンも嫌だろ?男から、なんて」
「どうして。好きに、善し悪しをつけちゃいけないだろ。好きの形だって色々あるじゃないか。僕は」
正直びっくりしたけれど、嬉しかったのに。
「……嫌じゃなかった」
むしろ、先に言われてくやしいくらいだ。
時折、背中のふたりと別れる未来を想像することがある。旅を続ける程に、アシュトンはふたりと離れがたくなっていた。お互い貸し借りした恩も、守り合ってきた絆も、今まで数え切れないくらいあると自分では思っているけれど、本人たちに確かめる自信はなかった。
そして、何回でも考えた。もし「その時」、隣にクロードがいてくれたら。故郷に帰らないで、自分のそばにいてくれたら、僕はどれだけ心強いか。
「ねぇクロード」
アシュトンは微笑んで掴んできた手を解き、両手でその手を包みこんだ。
いつも戦闘で、敵の陣形を真っ先に切り崩していくクロード。どんなに自分が傷だらけでも、相手の方が明らかに格上でも、怯まず立ち向かっていくクロードの後ろ姿に、アシュトンはいつも勇気をもらってきた。彼の背中を預けられる存在になりたいと思い、鍛錬も欠かさないできたのだから。
ねぇクロード、僕がどのくらい君が大事か、君は全然わかってない。
「僕はそのままのきみがすきだよ」
クロードの捨てられる子犬のような目に、希望が浮かんでくる。曇った顔が晴れていく。
「僕と一緒にいてくれる?」
「………僕が言いたかったなあ、その台詞」
二人で顔を見合わせて笑う。それから間もなく、背中の双頭龍が、もう存在感出していいか?とでも言いたげに急にギャフギャフと何か言い始めた。アシュトンはまた笑って、ふたりに軽く謝る。
クロードは、ギョロとウルルンの背中を優しく撫でた。ずっとこの時間が続けばいいのにと願いながら。