目を覚ますと見慣れない部屋に居た。
俺の部屋でも、見慣れた七ツ森の部屋でもなく。
病室のような真っ白な部屋の真ん中に大きなベッドが一つ。
ダブルサイズ…いやクィーンサイズか?ベッドだけあるとイマイチ大きさの尺度がわからない。
「…あ」
ベッドに注視したところでそのベッドに突っ伏している見慣れた人影を見つける。
立ち上がり、近寄って肩をゆする。
眠っていたようで、メガネを外して目をこすってから身体を起こして欠伸をした。
「おはよ、玲太。……ここどこ?」
「さぁ。俺もよくわからない。七ツ森、お前も知らないのか?」
俺の言葉に七ツ森は目をぱちくりさせて俺を見る。
その視線はなんだか訝しげで、なんとなく違和感を感じた。
見た目は俺の恋人である、七ツ森実そのものだ。
だけど、なにかが変だ。
そう思った瞬間、七ツ森の顔が近づく。
キスされる。
そう思って目を閉じて受け入れる、と。
違う。
そう瞬間的に思って身体を離した。
目の前の七ツ森を見ると多分俺と同じような顔をしていて。
思わず口を開くと同じタイミングで七ツ森も声をあげた。
「「おまえ誰だ?!」」
言われた言葉にお互い目を見開く。
七ツ森だけど、七ツ森じゃない。
…少なくとも、俺の恋人の七ツ森実じゃ、ない。
七ツ森が戸惑った様に口を開いた。
「…俺の玲太じゃない。…だけど、キスは嫌がらないんだな…どうなってるんだ」
「そりゃそうだろ。見た目はおまえ、俺の恋人の七ツ森だから」
「…へ」
そう言って目をぱちくりさせて。
眼の前の七ツ森は頬を紅潮させて顔を緩ませた。
「…へぇ。おまえの恋人も俺なんだ?なんか変な話だけど、俺の玲太とおまえは別の人間。おまえの七ツ森も俺とは別の人間。だけどどっちも恋人同士なんだな」
「……そうらしいな」
「へー。…そーなんだ。…そっか」
「…嬉しそうだな」
ニコニコと微笑む七ツ森は俺がいつも見ている表情とは違う笑顔だ。
なんというか……かわいい。
その笑顔を俺に向けて、七ツ森は嬉しそうな声を上げる。
「嬉しい。俺と玲太ってやっぱこうなる運命なんだって思えるからさ」
「……なるほど、確かにそうかも」
「なんだよ、おまえは嬉しくないのかよ、カザマ」
自分でそういって、なにかに気づいた顔をして、またクスリと笑む。
首をかしげると、またニコ、と微笑う。
「や、久しぶりに『カザマ』って呼んだなって思って」
「…ああ。そっちはずっと名前で呼んでるのか」
「まーね。なに、おまえは違うの?」
「あー……俺たち、は…まあ、特別なときだけ名前で呼ぶ、かな」
「特別……あーもしかしてベッドの中とか」
「ぼやかしたのにはっきり言うなよな」
「えー、そんな照れるコト?今更?だっていっぱいしてンでしょ?」
「……いっぱい、ってほど、では…まだ数回しか」
「数回?!えっ?…あー…そう」
なんだよ。変なところでマウントとってくるな。
ベッドに腰掛けていた七ツ森はそのままごろんと横になって、俺を手招きする。
七ツ森の横に腰掛けると、七ツ森は俺の手をとってきゅ、と握り込む。
「カザマはさ、もうひとりの俺のこと好きなの?」
「え?」
「や、俺の知ってる玲太はあんまそういうのガマンしないからさー。同じ風真玲太であるおまえが好きなのにガマンできるのかなって」
「う…そう、だな。ガマン…はあんまりできてないかも」
「そなんだ?なのに数回なの?」
「俺はもっとしたいんだけど…七ツ森がなかなか抱いてくれなくて」
「……えっ?!」
がば、と起き上がる七ツ森。
その反応に俺は目を瞬かせる。
そんな俺を頭の上から下まで視線を動かして見る七ツ森。
な、なんだよ。
そう思ったところで七ツ森が思わず、と言った感じで小さく呟く。
「……逆なんだ」
「え?」
「カザマ、俺に抱かれてるの?突っ込まれてンの?」
「言い方。……まあ、そうだけど…って、もしかして」
「おまえの考えた通り。俺も普段は俺の玲太に抱かれてる方。……あっそう…へー…そういう関係性にもなるんだ…へえ…」
「おまえが…俺に…?」
そう呟いたところで、突然上から一枚の紙が舞い落ちてきた。
ベッドに落ちたそれを拾い上げると、そこにはフォント文字でこう書かれていた。
「えっちなことをしないと出られない部屋」
……は?
きっと間抜けな顔をしていたんだろう。
七ツ森が身体を起こして俺の手元を見て同じ様に目を瞬かせる。
そして何かを理解したかのようにうんうんと頷いて。
俺の肩を掴んでベッドに押し倒した。
「えっ」
「仕方ないデショ、えっちなことしないと出られないんだってさ」
「……おまえと?」
「だって俺とおまえしかいないじゃん」
「えっ…いや、その」
「往生際が悪い」
「…っん…!」
七ツ森が俺の胸に触れて軽く指に力を入れる。
それに反応してしまって声をあげると、七ツ森が目を細めた。
「へぇ。やっぱ玲太と同じなんだ。感じるトコ」
「っえ…おまえ、抱かれ、てるんじゃ」
「まーね。あーでも、玲太ともちょっと違うな。カザマのほうが感度いいんだ」
「っあ…ばか、なに、言って」
「ほら、カザマ。えっちなことしよ」
唇を寄せられて俺の七ツ森と同じ声で囁かれると無条件で頭がぽーっとなってしまう。
甘えるように七ツ森に身体を寄せ、唇を首筋に這わせた。
ちゅく、ちゅくと音を立てて舌を這わすと七ツ森は敏感に反応する。
…確かに。俺の七ツ森はこんなことでここまで反応しない。
膝を立てて七ツ森の頭を抱えると、七ツ森はシャツの上から俺の胸を唇で食む。
ぞくぞくした感覚が背筋を走るけれどガマンしつつ、おかえしとばかりに俺は七ツ森の耳を食んだ。
「っんぁ…!」
聞いたことのない七ツ森の声。
へえ。
七ツ森もこうやって感じるんだ。
執拗に甘く耳を攻めると七ツ森の声はどんどんと甘く、官能的になる。
ああ、確かにこれは色を知っている声だ。
この七ツ森の『玲太』がきっとたくさんこの七ツ森を開発してきたんだろう。
「っは…んん…ちょ…みみ、だめなんだ…」
「そうなのか。…良いこと聞いた」
「…ばか、耳元で囁くな」
「なんで。…俺の声、好きだろ?『実』」
「っは…すき…」
とろんとした表情で俺を見る七ツ森は確かに全身で『俺』を好きだと言っていて。
こうしていつも蕩けた顔をして俺に抱かれているのだろう。
「…実、すき」
「っは…俺も、すき…玲太、だいすき…」
どちらからともなく名を呼び合って。
だけどきっとお互いのことじゃなくて。
それでも。
俺と七ツ森はゆっくりと唇を重ねた。
やっぱり感じる違和感。
そのまま、深く唇を重ねて。
そしてゆっくりと意識は沈んでいった。
重い瞼をなんどか瞬きをしてから開くと、目の前には俺の恋人がいた。
ちらりと視線をずらすと見慣れた天井や壁紙が視界に入る。
…七ツ森の部屋、だ。
身動ぎした俺に気づいた七ツ森が瞼を動かし、俺をきゅっと抱きしめる。
「んー…どした?まだ夜中デショ」
「ちょっと夢、見てたみたいだ。…ちょっとインパクトのある夢」
「そなんだぁ……どんな夢?」
「…えっちな夢、かもな」
「えー…まだ足りない?カザマ」
「っていうかさ」
俺は七ツ森に唇を寄せて唇を食んだ。
少し笑って七ツ森も唇を寄せてくる。
キスを堪能してから、七ツ森は薄く目を開けた。
「『ていうか』ナニ?」
「そういう世界線もあるんだなって思った」
「…ん?どういう意味?」
目を瞬いた七ツ森に俺は笑いかけ、身体を起こす。
そのまま七ツ森の肩口に手をついて覆いかぶさった。
「俺が、七ツ森を抱く未来もあるカモってこと」
「…………え?!」
顔をひきつらせた七ツ森に笑いかけ、俺はもう一度唇を落とした。