瓶の中身は、半分だ。
風真はあまり酒を飲む方ではない。付き合いの居酒屋や、接待でいく料亭などでは失礼のない程度に嗜む。料理を邪魔せず引き立てるような辛口の酒はどちらかといえば好きだ。
だからといって、自宅で晩酌をするかといえばまた別の話だ。一人で酒に合う料理やつまみを用意してまで飲むほど、酒の味自体を好んでいる訳でも、酩酊する感覚を楽しんでいる訳でもない。
風真はダイニングに置かれた、カッティングの美しいガラス瓶をじっと眺める。黒々とした液体は、底も先も見えない。嘆息し、用意していたグラスを引き寄せる。そこには既にミルクが注がれており、僅かに波立ち、溢れそうになる。瓶の栓を開けると、ふわり、と嗅ぎ慣れた香りが広がった。
朝の食卓で、会社のスタンドで、コースメニューの最後に、そして、あいつ。
数週間前、きっかけなんてもう忘れてしまったけれど、酷い言い合いになった。過去の事とか、未来の事とか、そういった話から互いの歯車がずれて、噛み合わなくなって、直そうとしなかった。軋む音が頭に五月蠅く響いて、それを言葉にのせた。その結果、風真は今、一人だった。
グラスに酒を注ぐ。溢れてしまわないように、ほんの少し。ミルクの白に茶色が負けていた。
「…甘い」
あいつはこの酒に何を合わせていただろう。ナッツか、そうだ、俺の作ったクッキーを一緒に食べていた事もあった。甘い酒に甘い菓子なんて、と笑ったんだ。生憎、ナッツは切らしている。クッキーは、ここ暫く焼く気にはならなかった。
あいつのお気に入りのコーヒーリキュール。
この中身が全て無くなるまでにあいつが帰ってこなければ、別れてやろう。そう思い瓶を掴み、グラスを用意したのに。何故か注ぎ過ぎてしまったミルクのせいだ。それでもほんの少しだけ減ってしまった、その事実に、減らしたリキュール程の涙が溢れた。