身体を起こし、あくびを一つ。火車切はそのままぐっと伸びをして、寝ぼけ眼のままぽふぽふと自分のまわりを検めた。ちょいちょいと指先にちょっかいをかける存在を認識して、ようやく火車切の脳は覚醒する。ふわふわがいっぴき、ふわふわがにひき。……二匹?
「……え」
にぃ、と当のふわふわは間抜けな鳴き声を出すばかり。いや、普段とは違い、同じ鳴き声の二重奏になっているのだけれど。わけのわからない状況に、寝起きの頭がますます痛くなってきて、火車切は考えるのを放棄するのだった。
「とりあえず、お前が迷子じゃなくてよかったよ」
どっちが普段のふわふわかわかんないけど。そうひとりで呟きながら、ふわふわの頬をふにふにとつつく。
何らかの顕現不良であることは間違いなく、もういっぴきもこの本丸の火車切自身に由来するものではあるけれど、と言葉を濁した審神者を思い出し、彼は眉を顰める。特定までに数時間はかかってしまうらしく、しばらくは二匹のふわふわを見ている必要があった。
「お前、いっぴきだけでもうるさいのに」
にう、と手のひらの上で抗議の声を上げるふわふわ一号(便宜上こう呼ぶことにする)を無視して、二号の上に重ね直す。今朝放置していたら互いの存在を認識した瞬間に喧嘩をし始めて大変だった。ぽよんぽよんとボールみたいに部屋中を跳ね回って暴れるものだから、危うく障子を破り尽くしてしまうところだった。仕方なく、お互いが視界に入らない場所に隔離するか、雪だるまのように重ねてしまうしかなかった。
「はあ……困った」
「……何か、悩みでもあるのか」
その声に驚いて、やましいことなんか何もないくせに、あわてふためいて廊下の方に向き直る。
「お、大倶利伽羅、どうして、ここに」
「主から、お前を気にかけてやれと」
余計なことを、と半ば八つ当たりのように審神者を恨んだところでどうにもならないのはわかっていて、火車切はうろうろと視線を彷徨わせる。その隙をついて、一号の下敷きにされていたふわふわ二号が、ぽんぽんと元気に跳ねて、とうとう大倶利伽羅の肩に収まってしまった。どこか満足気なその様子に、火車切の表情がかすかに曇る。羨ましい、なんて大胆不敵な、俺だって──いや、そうではなくて。
「……? こいつら……」
「朝、起きたら分裂してて」
この期に及んで困り事はないなどという言い訳ができようもなく、観念して白状する。人ごとみたいな顔するなよ、とふわふわ一号をいつもの定位置に据えてから、二号を回収しようと立ち上がった。火車切の様子に目ざとくも気がついた二号は、不遜にも大倶利伽羅の上着に潜り込んでしまう。こいつ、やりたい放題だ。
「信じらんない……大倶利伽羅、ほんと、ごめん……」
「いや……気にするな。あと一、二時間ほどで解析も終わると言っていた」
「あ、え、でも」
「一匹ずつの方が、世話も楽だろう」
なぜかこいつは俺のことを気に入っているようだし、とは大倶利伽羅も口に出さなかったけれど、言わなくともわかりきっている。二号はどう見たって大倶利伽羅のことが大好きだ。しかも、それを隠そうともしない。やけに嬉しそうにあのひとの首元に擦り寄る二号を、火車切はため息とともに見つめるしかなかった。
結局二時間以上も大倶利伽羅にひっついたままで遊んでもらっていたふわふわ二号は、陽が落ちる頃に小さくにぃにぃと鳴きながら、ようやく座布団の上で眠り始めた。じっと見つめていると、それは──二匹目のふわふわは、一瞬ほのかに光って、それから数枚の桜の花びらになって、ゆっくりと消えていった。いっぴきになったふわふわが、残された座布団にぴょんと跳び乗る。最後に一枚残った花弁が、その弾みでふわりと舞った。
「桜……」
自分によく似た気配の花びらをそっと拾い上げる。審神者の「解析」とやらは、うまく済んだようだった。ふわふわを肩に乗せ、火車切は静かに立ち上がる。
「大倶利伽羅、ありがとう。俺、いってくるね」
「……ああ」
障子戸を開け、振り返った一瞬、目が合ったあのひとが柔らかく笑ったような気がして、わずかに動揺してしまったのは、きっともう看破されてしまっていた。
「結論から言うと、今回の件は『ふわふわ』の分裂と言うよりは……」
「俺、の分裂みたいなもの、でしょ」
「流石は地獄の張番」
「関係ないから」
茶化すように言う審神者を咎めるように目を眇めるが、その人はからりと笑って流してしまう。粗方見当がついていたからこそ、逆にもやもやとしてしまって落ち着かない。ふわふわではなく、俺自身の分裂。ふわふわの見た目をして、ほんの少し素直になった俺。それがあんな、好意と羨望が丸わかりの仕草で──
「ねえ……今すぐ大倶利伽羅の記憶消せないかな……」
耳まで真っ赤になってしまった火車切は、その日一番の消え入りそうな声を出した。