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    女体化魏嬰ちゃん、第六話の藍湛視点の途中経過です。
    隙あらば年齢制限の壁を超えようとする藍湛、恐ろしい子(白目)

    #魔道祖師
    GrandmasterOfDemonicCultivation
    #MDZS
    #忘羨
    WangXian
    #女体化
    feminization

    献舎されて蘇った魏無羨が、何故か女性だった話 第六.五話 後篇 もう大丈夫だと我を張る魏無羨に根負けした藍忘機は、左腕に導かれる旅を渋々再開したのだった。出立は譲ったのだからと道中の移動には藍忘機が我を張り、彼を抱き抱えるか驢馬ロバに乗せることが殆どだった。
     身体が鈍るから少しは歩かせろと主張する魏無羨に、藍忘機が首肯することは殆どなかった。だが、その日宿泊する町に辿り着くと、渋々歩かせてやることもなくはなかった。藍忘機としては、それが最大限の譲歩だった。
     自分でも驚きだったが、自らの手で美しく着飾った魏無羨を誰の目にも触れさせたくないと思う気持ちに負けない程、この美しい人が自分のものなのだと周りに振れ回りたく思うのだ。
     心は得られていないけれど、強引とはいえ許婚として関係性を結んだのだ。この旅で彼の気持ちを少しでも惹けたらと、藍忘機は隙あらば魏無羨を甘やかした。
     美しい装飾品を見れば君に似合うと勧め、魔除けの品を見れば有無を言わせず身に着けさせた。藍忘機が何か勧めると、魏無羨は曖昧な笑みを浮かべながらも自分の為に貞淑な婚約者を演じてくれる。
     少し困った笑顔が非常に愛らしく、また、困りながらも自分の立場を思いってくれるその心遣いが嬉しくて、藍忘機はつい目に付く物を片っ端から勧めてしまうのだった。

     しかし、宿に着くと魏無羨は余所行きの仮面を外し、彼本来の自由奔放さを発揮する。藍忘機を挑発するように中衣姿で、華奢な体躯に不釣り合いな極めて豊かな胸を食卓に乗せて、こちらの反応を窺っている。
     端無はしたない姿を晒さないよう注意をしても、彼はにんまりと満足げな笑みを浮かべ、如何にその胸が重く肩が凝るのかと話しながら、両手でそれを捧げ持ちゆさゆさと揺らして見せるのだから堪ったものではない。
     揶揄からかうなと語気を強め、これ以上は目に毒だと視線を逸らし彼が脱ぎ捨てた長衣を畳んでいると、背に温もりと柔らかさを感じた。重たいだろうとそれを押し付けて来る彼を、思わず「魏嬰」と呼んでしまいそうになり、藍忘機は慌てて口を噤んだ。
     自分の反応を面白がる魏無羨は益々調子付き、藍忘機の厚い胸に細い腕を回して豊かな胸を更に押し付けてきた。自らはなるべく触れないようにしていたが、魏無羨から触れて来るのであればこちらとて容赦する必要などない。
     胸に回された細い手首をむんずと掴み取ると、藍忘機は振り返りながら華奢な身体を腕の中に閉じ込めた。ふわりと鼻腔を擽る彼自身の甘い香りに、体温と鼓動が一気に跳ね上がった。
     自分とは違う温もりと細いけれど柔らかな肢体の感触を堪能しながら、藍忘機は荒くなった呼気を彼の耳に吐き掛けた。腕の中でびくりと肩を跳ね上げる魏無羨に、意識されたと喜びを噛み締める。
     愛していると何度も伝えた。我慢出来ずに項や首筋に噛み付いたこともある。彼に触れられて端無く先走りを溢れさせたこともある。夢だと思い貪るような口付けもした。
     それなのに何故、彼はこんなにも無防備なのだろうか。女の身になり金丹も無く、抗う術など何も無いというのに、何故こんなにも自分を煽ることばかりするのだろうか。自分が生身の男であると、怖がらせない程度に思い知らせる必要がある。
     視線を合わせようとしない彼のか細いおとがいを捕らえ、欲を滲ませた眼差しで不躾に視線を絡める。近すぎると抗議するものの声を震わせる彼の態度に効果を感じ取った藍忘機は、フンと鼻を鳴らし魏無羨に覚えが悪いと言葉で責めた。

    「私は殊、君に関しては我慢が利かない。君からの誘いには乗らせてもらう」

     抱き上げた彼の身体を寝台に横たえ、覆い被さるように四つ這いになると手足を用いて彼の四肢を封じた。こんなにも容易く抑え込めるのだ。不埒な想いを抱いている男に気を許すなとの思いで、唇が触れる程の至近距離に迫った。
     肩が凝っているのだったなと確認すると、無遠慮に彼の腰帯を解いて下衣を露わにした。羞恥に頬を染める彼の瞳が、不安げに揺れている。誘われるように剥き出しになったその細い首筋に触れると、甘い声を上げた彼が視線を逸らした。
     伏せられてしまった瞳をもっと見ていたくて、首筋から頬に滑らせた掌で此方を向かせる。黒檀のような美しい瞳は熱に潤み、熱い吐息の漏れる唇は物欲しげに僅かに開き、さながら藍忘機を誘っているように見えた。
     何とも思っていない癖に、こんな婀娜っぽい表情を容易く見せるだなんて──まるで、藍忘機を欲しがっているような、そんな勘違いをさせるような蕩けた瞳で見上げるだなんて、魏無羨は何と酷い男なのだろう。
     そして、そんな瞳を向けていたのも僅かな間で、彼は直ぐ様余所事に気を取られたようで再び視線が合わなくなる。意識しているのは自分だけなのだと思い知らされ、藍忘機は悋気を起こした。

    「随分と余裕があるようだ」

     機嫌の悪さが窺える低い声になったが、構わず藍忘機は魏無羨の下衣の腰紐に手を掛けた。「ごめんなさい! もうしません!」と慌てて謝罪を口にした彼は、あろうことか固く瞼を閉ざして欲にまみれた瞳を隠してしまった。
     この顔が好きだと、そう言っていたのに。何故此方を見ない。自分ならば、魏無羨の顔であれば四六時中眺めていても飽きないというのに。誰か他の人を想っているのかと、悋気に目が曇った藍忘機は穿った見方をしてしまう。
     そう、例えば温情。彼女は見た目の美しさもさることながら医師としての腕も確かだと、当時の藍忘機の耳にも入る程の評判だったのだから。そして、見目麗しく六芸にも秀でた魏無羨と、短い期間とは言え共に暮らしていたのだ。
     ほんの僅かでも彼と一緒に居れば、誰しも彼の魅力を知り好きになる。二十年前の藍忘機がそうであったように。しかも温情は、一族が苦境に立たされた時に彼に助けられ、最も辛い時期を共に過ごしてきたのだ。好きにならない訳がない。
     夷陵の町で彼と幼い阿苑に出会い、乱葬崗まで訪れた時。魏無羨と阿苑、そして温情が楽しげに談笑する様が本当の家族のようで、藍忘機はあの場から一刻も早く立ち去りたいと、逃げ帰った記憶は今も苦い思い出だ。
     下衆の勘繰りだと判っていても嫉妬に身を焦がした藍忘機には、この想いを止める術を見出せそうになかった。今この瞬間だけでも、彼が自分のことだけで頭を一杯にすれば良い──その思いだけで、藍忘機は魏無羨の腰紐を一息に抜き去った。

    「君は直ぐに嘘を吐く」

     彼は嘘吐きだ。人の為に傷付いては何ともない振りをする天才なのだ。今でも耳に残っている。彼が唯一洩らした、心の声を。かつての自分が答えられなかった問い掛けを。
     ──誰かに聞きたかった。こうする以外にどうすれば良いのか。あいつらを見捨てるのか? そんなことは俺にはどうしてもできない。誰か俺に上手く歩ける道をくれないかな、鬼道に頼らなくても自分が守りたいものを守れる道を──
     その問いに対する答えは、今もまだ持ち合わせていない。けれども、今の魏無羨ならば、守ってやれると藍忘機は自負している。そう、こんなふうに悋気をぶつけるのではなく、彼をこの腕に閉じ込めてどろどろに甘やかしてやれば良いのだ。
     藍忘機の言葉に、魏無羨は眉尻を下げて弱々しくかぶりを振って見せるが、仰向けになって尚張りのある胸が合わせを押し退けようとする気配に、彼は慌てて襟を掴み手繰り寄せた。

    「おねがい、たべないで……」

     固く閉じたせいで溢れ出した涙が伝う頬に、藍忘機は態とらしくねっとりと舌を這わせた。まさか舐められるとは思っていなかったのであろう。円らな瞳を真ん丸に見開いて驚く魏無羨が余りにも愛らしく、また、漸く彼の瞳に自身を映すことに成功した藍忘機は満足げな笑みを浮かべた。そして。

    「覚えておいて、私に隙を見せたらこうなると」

     この身と心は何時だって魏無羨を求め、暴れ出しそうなのだから。
     顔が良いと叫ぶ彼の反応に、藍忘機は漸く溜飲が下がった。だって、彼が言ったのだ。この顔をもっと有効に使うべきだと。クツクツと喉を鳴らして見せれば、魏無羨は「恥知らず!」と捨て台詞を残して衝立ついたての裏へと逃げ込んだ。
     あんなに真っ赤な顔で罵られても愛らしいだけだ。追い掛けて、この腕の中に閉じ込めてしまいたくなったが、深追いは良い結果を招かないと藍忘機には解っていた。
     少なくとも半時辰ほどは、彼もこれに懲りて大人しくしているだろう。衝立の後ろで大慌てで着衣を整える彼に免じて今回は此処までとしておこうと、藍忘機にしては寛大な心で見逃してやることにしたのだった。

     ◇

     彼の体調を心配する余り、旅程は遅々として捗らなかった。けれども、藍忘機に焦りはなかった。魏無羨と一緒ならば、必ず左腕の真相を究明出来ると、そう信じることが出来たからだ。
     彼は頭の回転が速く、また洞察力や推察力にも長けているため、問題を認識し、調査分析し、最適な解決策を導き出し、充分な効果を得られるよう効率良く実行する術を心得ていた。
     ふと、驢馬の背で揺られている魏無羨が、肩を揺らしながらクフクフと笑い始めた為、藍忘機は怪訝な表情を彼に向けた。

    「いや、さっきの人たちがな。あんたを見て余りの神々しさに腰を抜かしてただろう?」

     直ぐに判った。彼が指している人々が、先程通り過ぎた大梵山の麓に程近い小さな農村の村人たちのことであると。だが、彼の見解は誤っている。彼らが見惚れていたのは、美しく着飾り淑やかに彼らに目礼した魏無羨なのだから。
     老若男女問わず、彼らはまるで魂を抜かれたかの如く魏無羨を見上げ、中には天女様と拝む者まで居たのだ。彼は頭の回転が速く、また洞察力や推察力にも長けているが、それが己のこととなると途端に鈍くなる。
     あれだけ言葉と態度で示しているというのに、藍忘機の想いすら気付いていないのだから。勿論、彼が魏無羨であると、何故か気付かれていないと思い込んでいる所為も多分にあるだろう。甘く見られたものだ。
     藍忘機は態とらしくふうっと大きな溜め息を吐くと、大仰にかぶりを振って見せた。その明白あからさまな態度に腹を立てた魏無羨と、彼の鈍さに腹を立てた藍忘機は、詰まらない言い争いを始めてしまう。

    「言いたいことがあるなら言えよ!」
    「言ったところで君は解らない」
    「言ってみなきゃ判らないだろう?」
    「無駄だ」

     まるで年若い少年同士の喧嘩のようだ。藍思追と藍景儀ですら、こんな下らないことで言い合いなどしないだろう。そう思うと、藍忘機の心は途端に小気味好い思いが溢れてくる。
     ちらりと彼を盗み見れば、山査子飴のように赤く色付き艶のある唇を尖らせている。眉と眦も吊り上げ一目で不機嫌と分かるその表情すら、藍忘機に取ってはただただ愛らしく見えるのだから、惚れたほうの負けなのだろう。
     竹筒を呷るが然程さほど水が入っていなかったのだろう。今日は汗ばむほどの陽気だ。そろそろ彼を休ませる頃合いだとも思っていた藍忘機は、手を差し出し水を汲んで来ると彼に伝えた。
     彼は素直に乗ってくれるだろうか。言い合いをしたばかりで場都ばつが悪いと、甘えてくれなかったら寂しい。祈るような気持ちで待っていると、彼は渋々といった様子ではあったものの、頼むと竹筒を差し出したのだった。
     彼が頼ってくれて嬉しい。それだけでどんな困難にでも立ち向かえる。藍忘機が零した無意識の笑みに、彼は頬を染めて視線を逸らした。その愛らしい反応で漸く、藍忘機は自分が笑みを浮かべていたことに気付いた。
     彼と再会してから再び世界は色付き、心が動かされることが増えた。その全てが、魏無羨を中心としている。満ち足りた気持ちでその場を離れた藍忘機は、一盞茶(約十五分)の後、この時の判断を血を吐く思いで悔いることとなった。

     たっぷりの水を汲んだ藍忘機は、魏無羨が待っている筈の場所へ戻るその道中、驢馬の尋常ではないいななきに白皙の美貌をさっと青ざめさせた。魏無羨の身に一体何が起こったのかと、邪魔な枝を避塵で薙ぎ払いつつ林道を御剣で駆け抜けた。
     魏無羨の姿はなく、残されていたのは血痕と恐慌状態の驢馬のみ。今の魏無羨は莫玄羽の姿形をしている為に油断していたが、彼を夷陵老祖と知る者が連れ去ったのかも知れない。そう思うと、藍忘機は足下が崩れ落ちる心地になった。
     もう少し行けば抹稜蘇氏の治める抹稜だ。蘇憫善は姑蘇藍氏に居た頃から、何かと長いものに巻かれる性質であったことを思い出し、抹稜の先にある蘭陵金氏の宗主である金光瑤が、前宗主の金光善と同じように鬼道を手中に収めんとしていたことをも思い出した。
     もし彼らが、再び鬼道を求めて莫玄羽に献舎させて魏無羨をこの世に蘇らせたのだとしたら────ドクドクと胸を打つ鼓動は速まる一方だというのに、ザッと音を立てて血の気が引いてゆく。指先は氷のように冷え冷えとなり、藍忘機は眩暈を覚えた。
     一刻も早く彼を連れ戻さねばならない。全てが手遅れになる前に。震える膝にしっかりしろと檄を飛ばし、藍忘機は再び御剣した。高度を上げて視野を広げるが、豊かな緑が邪魔になり、魏無羨の行方を知る手掛かりは何一つ得られなかった。
     逸る心を落ち着けるべく、藍忘機は薄い玻璃のような瞳を閉ざして呼吸を整えた。魏無羨の霊力を探ってみれば、意外にもそれは彼が居た場所から感じられた。
     地上に降り立ち地面を確かめると、血痕の散っている辺りに生えている青々とした若い草から彼の霊力が感じられた。藍忘機が水を汲みに行っている間に驢馬が草を食んでいたとしたら、随分と少食になったものだと思う程、草は青々と茂っている。
     恐らくは魏無羨が驢馬の食い散らかした草を、術符を用いて再生させたのだろう。其処から感じられる彼の霊力が極微量なことからも、術符に込められていたものの残留霊力だと察せられた。
     藍忘機は彼の霊力の波形をしっかりと記憶する。そして徐にその場に腰を下ろし胡座を掻くと、忘機琴を取り出し細長いが男らしく節くれだった指で弦を弾いた。
     決して大きな音ではなかったが、それは水溜まりに落とした石が描く波紋のように、四十里(約四キロメートル)四方に空気を震わせながら広がってゆく。この波紋の届く範囲内で霊力が使われれば、藍忘機が察知出来る仕掛けになっているのだ。
     幾度か同じように爪弾いていると、張り巡らせた蜘蛛の巣に獲物が掛かったかの如く、藍忘機は魏無羨の霊力を捉えることに成功した。意外なことに、其処は通り過ぎたばかりの農村であった。藍忘機は忘機琴を背負い驢馬を小脇に抱えると避塵に御剣し、一路村を目指したのだった。

     高く立ち上り天を突き抜ける勢いの火柱を遠くから認め、藍忘機は何事かと肝を冷やした。俄かに雲行きが怪しくなり、空からは大きな雨粒が降り注ぐ。魏無羨にもしものことがあれば──藍忘機は小さく頭を振ると、彼の霊力の残滓を再び追い始めた。
     火柱に近付くと、僅か一里(約四百メートル)離れた所に魏無羨の姿はあった。周りを囲むように叩頭しているのは村人たちであり、どうやら危惧したような状況にはないようだ。
     耳をそばだてると、彼らの会話が聞こえてきた。村人たちは口々に魏無羨を命の恩人の天女と褒めそやし、魏無羨はそれを否定しつつ困ったことがあれば姑蘇藍氏を訪ねるようにと身振り手振りでつたえていた。
     彼の無事が判ると、安堵と共に湧き上がった感情は怒りや嫉妬などの醜いものばかりだった。どうせ、偶然出会った村人たちに旱魃かんばつで困っていると泣きつかれ、お人好しの魏無羨が恵みの雨を降らせてやったのだろう。
     だが、幾ら理屈が解ったからとて、感情は直ぐには変えられない。彼にもしものことがあればと、またみすみす彼を見殺しにするのではと千々に乱れた心は、そう簡単には収まらないのだ。
     落ち着けと到底敵わないことを強いる彼に、どれだけ心配したのかと恨み言をぶつけた。頭に怪我を負っているものの魏無羨の無事を確認したからこそ、身体の芯から震えが湧き起こって来るのだ。
     今回は何事も無かったが、次も同じだとは限らない。彼は行く先々で騒動に巻き込まれ、惜しげもなくその身を捧げてしまうのだから。
     無防備に近寄って来た彼の線の細い身体を、藍忘機は手加減も忘れて思い切り抱き締めた。この温もりを、この愛おしい存在を、失うかも知れなかった。もう二度とあんな思いは堪えられないというのに。
     小さな掌が何度も何度も背を撫で下ろし、漸く藍忘機の凍えた心が氷解してゆく。彼の肩口に顔をうずめたまま、呼吸を整える為に大きく息を吸い込めば、花のように甘い彼の香りが肺腑に染み渡った。

    「無事で良かった」

     熱い吐息と共に吐き出された本音に、魏無羨は薄い肩をぴくりと跳ね上げたかと思うと、その細い両のかいなでこの身を包み込んでくれた。そして、こめかみに柔らかな熱が押し当てられた。
     それが彼からの口付けだと気付くよりも先に、腕の中の彼の全身から力が抜けて頽れてゆく様に、藍忘機は我を忘れて彼の名を必死に呼んだ。こんな時だというのに、彼は心配を掛けさせまいと笑みを浮かべて見せたのだった。

     村の長の家に招かれた藍忘機は、用意された寝台に彼を横たえると、直ぐに自身の霊力を送り込み始めた。血の気の失せた頬に顔色が戻ったのは、一時辰ほどしてからだった。浅かった呼吸も落ち着き、藍忘機も漸く人心地着けたのだった。
     暫くすると依然として意識は戻らぬものの、魏無羨は喉の渇きを訴えた。半身を腕に抱え湯飲みを唇に当てるが、やはり口元を濡らすに過ぎず、藍忘機はその度に罪悪感を感じながらも口移しで水を飲ませたのだった。
     口に含んだ水を、自分の舌を漏斗のように彼の口の中に差し込み、少しずつ水を流し込む。水を欲する彼は、無意識に藍忘機の舌に自身のそれを絡み付け、ちゅっと端無い音を立てて吸い上げる。さながら濃厚な口付けを交わしているようで、藍忘機は彼の舌の甘さに眩暈を覚えた。
     更に彼は、舌っ足らずな口調で「らんじゃ……もっと、ちょうだい」などと煽ることを言って来るのだ。これでは看病しているのか揶揄からかわれているのか分からない。藍忘機は白磁のように透き通った耳朶を赤く染めながら、魏無羨に水を与える度に精神的疲労を感じていたのだった。 しかし、夜になっても夜が明けても、魏無羨の意識は戻らなかった。このまま目覚めなかったらという不安が、藍忘機の心身を蝕んでいった。様子を見に来た村人たちから食事を勧められても、少し休むように言われても、藍忘機が首を縦に振ることはなかった。
     彼が漸く意識を取り戻したのは、その日の申の刻になってからだった。気分はどうかと訊ねれば、掠れた声ではあったが彼ははっきりと「よく眠れたからもう大丈夫だ」と応えてくれた。良かった、彼が目を覚まして。良かった、もう一度声を聞けて。
     余りにも深刻な顔をしていた所為だろうか、視線で彼にどうかしたのかと問われた藍忘機は、つい彼が二日も目覚めなかったと洩らしてしまった。彼の表情がみるみる陰ってゆく様に、そんな積もりのなかった藍忘機は雰囲気を変える為に慌てて何か欲しい物は無いかと訊ねたがだった。
     だが、焦っていた為に水を欲した魏無羨につい口移しで飲ませようとしてしまい、彼に自分で飲めると突っぱねられた藍忘機は思い切り咽せてしまったのだった。

     ◇

     翌朝にはすっかり何時もの快活な姿に戻った魏無羨に腕を引かれ、藍忘機は農村を後にした。左腕の導きのままに北西を目指した彼らの旅は順調に進み、北の守りの要である清河まであと少しという所で、それまでずっと北西を指し示していた左腕の人差し指が握り締められ、拳を象ったのだった。
     早速最寄りの街で聞き込みを続けていると、霊犬を伴った金如蘭と鉢合わせることとなった。霊犬をけしかけられた魏無羨はすっかり取り乱してしまい、「藍湛、助けて!」と絶叫し飛び付いて来た。
     その華奢な身体をしかと受け止めてきつく抱き締めながら、騒ぎの元となった霊犬をめ付ければ、犬は尾を巻いてそそくさと飼い主である金如蘭の後ろへと逃げ込んだのだった。
     その金如蘭も、藍忘機と魏無羨相手では分が悪いと悟ったのだろう。直ぐ様犬に合図を送ると一目散に逃げ出したのだった。

     その後、聞き込みを続けるうちに、何時か姑蘇の町で聞いた人喰い嶺の話を再び耳にすることとなった。他にめぼしい情報も手に入らず、二人は連れ立って行路嶺へと向かうこととなった。
     そんな二人を出迎えたのは、七、八体の見るからに弱そうな彷屍だった。また魏無羨の魂に巣食う陰気に引き寄せられたのかと身構えた藍忘機だったが、彼が何かする前に彷屍たちは何かに恐れ戦き、彼らにしては大急ぎで来た道を引き返して行ったのだった。
     彷屍たちは一様にある者を目にした瞬間に、怯え始めたのだった。そして、藍忘機の背後に居るのは、無上邪尊夷陵老祖として今も恐れられている魏無羨その人だった。成る程、陰気に染まっているとはいえ、彼にとってはこの程度の邪気は払わずとも向こうが避けて行くのだ。
     そのことに少なからず安心した藍忘機だったが、魏無羨が態とらしく藍忘機を褒め称えた為、藍忘機は再び大きな溜め息を吐く羽目になるのだった。
     その後、金如蘭の霊犬と再び相まみえた二人は、犬に導かれるまま石室へと入って行き、壁に埋もれた金如蘭を見つけ出すと、何か知っているであろう人物を追う為に藍忘機は魏無羨と分かれたのだった。

     金如蘭の霊犬がもぎ取った証拠の端切れには見覚えがあった。一問三不知と不名誉な渾名を付けられた現聶家宗主である聶懐桑、その人の着衣だったのだから。
     彼が結丹したのは遅く、また然程修行熱心でもなかったことから、彼の霊力を辿ることは困難だったが、それでも藍忘機は全力で探索を行い彼を見つけ出したのだった。
     聶懐桑はあくまでも此処に居たのは偶然だと装い、のらりくらりと藍忘機の追及を躱した為、藍忘機は鎌を掛けた。莫玄羽に献舎させて魏無羨を蘇らせたのはお前だろうと。
     何の確証も無かったが、自分たちが行路嶺を訪れた時機に彼もまた行路嶺に居たことは、とても偶然とは思えなかった。また、彼が二十年前から一度でも魏無羨を悪く言うことが無かったことも気になっていた。
     この聶懐桑という男は、魏無羨を高く評価しているのだと、藍忘機は薄々感じ取っていたのだ。
     藍忘機の恫喝とも取れる発言にも、当然のことながら聶懐桑は広げた扇で口元を覆い隠し、おどおどと落ち着かない様子で、「ええっ? 魏兄が献舎で蘇ったんですか?」などと惚けて見せるだけだった。
     だが、彼のこの態度で藍忘機は確信した。直接手引きをしておらずとも、聶懐桑がこの件に何かしら絡んでいるということを。
     一見すると彼はとても気弱で、大刀を振り回す豪快な聶家の者には見えない。常に怯え、落ち着きなく視線を彷徨わせるのは、昔から変わらない。だが、献舎の話を振った時に彼はほんの一瞬とはいえ、確かに藍忘機としっかり目を合わせたのだった。
     そして、修真界においても既に絵空事ではないかと言われるような、非常に珍しい呪術である献舎の話を聞いて、彼はそれを素直に受け入れたのだ。修士であれば、そのような古の禁断の呪術が実際にある筈がないと、否定する者が殆どだというのにである。
     但し、彼の目的が判らない以上、藍忘機は強くは踏み込めない。それでも、藍忘機には譲れない強い想いがあった。
     献舎された者は、肉体を差し出した者の願いを叶えなければ、魂は完全に滅ぼされて生まれ変わることは永遠になくなるのだ。幸いにも魏無羨で既に莫玄羽の願いを全て叶えている。
     けれども、陰気に蝕まれた魂を持つ魏無羨は、献舎によって輪廻の輪から外れてしまったのだ。もしこのまま、莫玄羽の身体で結丹し仙術を極めて不老不死の境地に至らねば、彼の魂が蘇ることは二度と無いだろう。
     つまり、魏無羨を失わない為には、藍忘機は道を間違える訳にはいかないのだ。
     聶懐桑が献舎などという不確かな呪術の用いてまで魏無羨を蘇らせたのには、彼なりに譲れない事情があってのことであろう。何事にもやる気を見せないこの男の執着など、藍忘機には一つしか心当たりがなかった。
     十二年前に急死した、彼の異母兄である聶家前宗主の聶明玦だ。
     彼らは異母兄弟でありながら、強い絆で結ばれていた。そして、聶明玦が他界して得をしたのは、当時、聶家にその地位を脅かされていた金家だろう。
     全ては藍忘機の推測に過ぎないが、全くの見当違いでもないだろうという思いが藍忘機にはあった。ひらひらと優美に仰ぐ扇の陰から、探るような聶懐桑の視線を感じるのだ。もう一押しだと、藍忘機は彼の様子を窺いながら、ぽつりぽつりの胸の内に秘めた不安を吐露し始めたのだった。

    「魏嬰の魂は十三年前、乱葬崗で妖魔鬼怪の類に蝕まれ傷付き、記憶が曖昧になっている」
    「以前のように結丹することは難しいかも知れない」
    「今の魏嬰は不安定な魂に引き摺られ、体調も思わしくない。鬼道を使うことも儘ならぬ」

     「そんな、魏兄が……」

     眉尻を下げて物悲しそうな表情を浮かべる小柴居を挟みながら、聶懐桑が見せたほんの僅かな瞬間の動揺を、藍忘機は見逃さなかった。

    「何を企んでいるのか全て話せ。さもなくば私は魏嬰を雲深不知処に連れて帰り、彼の余生が穏やかなものとなることだけに努める」

     聶懐桑の計画に魏無羨は必要不可欠なのだろう。額に汗を浮かべた聶懐桑は観念したのか、ふうと息を大きく吐くと渋々首肯したのだった。

     《続》
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