すいそう村上は電車や船を乗り継いで、遠く日本の端までやってきた。失踪した来馬がいると言われている場所へ向かうためだ。
来馬は数年前に実家の手伝いをすると言ってボーダーを辞めている。わざわざ三門市から出てまで村上が追いかける必要は、本来無いはずだ。だが、来馬が消えたと知った後の村上の行動を止める者は誰もいなかった。
今に渡されたデータを持って、キャリーケースを引きずる。途中までは舗装されていた道も、今ではアスファルトが消え砂地になっていた。村上の逸る気持ちに反比例して、歩みは遅くなる。来馬に比べれば荷物なんて大したものではない。捨ててしまおうかとすら考えたが、後のことを考えて村上はキャリーを持ち上げて運ぶことに決めた。
潮の匂いがする。民家と道路と海以外何もない道を、ただ歩く。歩き続けてその先にある建物に書かれた看板を見て、村上はやっと人心地がついた。
廃墟に見える建物に足を踏み入れると、一面が青に染まる。まるで海の中に飛び込んだかのような世界が、村上の目の前に広がっていた。大小の水槽が幾つもあり、その中を魚が自由に泳ぎ回っている。雑音以外何も聞こえない静寂の中、村上はしばらく水槽に目を奪われた。
まるで海をそのまま切り取ったようだ。村上は数々の水槽たちを見て、そう思った。そして、村上はその水槽を知っていた。優しくて温かで、穏やかな完璧な世界。それはかつて来馬がいた頃の鈴鳴第一そのものだ。
間違いようのない来馬の気配に、村上は砂だらけになっていたキャリーをその場に捨て置き走り出す。
「先輩!来馬先輩!」
果たして一番奥の特別大きな水槽の前に、来馬は立っていた。
「……鋼?!」
静寂を裂いた村上の声に来馬は振り向き、驚きの声を上げる。
「どうしてこんな所に……」
どうして、来馬がそう思うのは仕方がないことだ。三門市を守るために他県からやってきたはずの村上が、三門市から遠く離れた土地に、ボーダーの関係者で無くなった来馬を迎えにきたのだから。
「どうしていなくなったんですか」
「言えないよ」
「だったら帰ってきてください」
無茶苦茶なことを言っていると村上はわかっていた。それでも言えない理由で来馬が消えることを、村上は受け入れられなかった。
来馬は一瞬だけ村上をみたが、すぐに水槽へ視線を戻してしまう。
「好きだから、帰れない」
「それはどういうことです」
「自分の意思で辞めたのに、ぼくの知らないお前ばかりになっていくのが耐えられなかったんだ。どうして鋼の話なのに他の誰かから聞かなきゃいけないんだろうって思ってしまって、ダメだと思った」
来馬の言葉は懺悔のようだった。