泥濘に落つ「うわぁ……」
ヘドロが池と名付けられた洞窟に来てみたが……これは凄い、一面の泥沼だ。十中八九汚れるだろうし、探索から帰ったら宇宙服を綺麗にしてもらわないと。
『幸いにも道や浅いところはあるみたいですから、そこを進んで行きましょうか』
「了解です」
ピクミンは軽いから沈むのも遅いかもしれないけど、俺やオッチンがうっかり落ちないように気をつけなきゃ。
気をつけてたはずなんだけどなぁ!
ちょっとしたうっかりで深いところに脚を突っ込んでしまった。その先に踏みしめられる地面はないので、もちろんそのまま倒れ込んでしまう。
『まずい、底なし沼です!浅瀬まで、早く戻ってください!』
くそっ、まさか底なし沼だったなんて!深そうとは思ってたけど……。横向きに倒れちゃったから、手を突っ込んじゃってる。どうするんだこれ!
『落ち着け新入り、落ち着いて行動すればそう沈まない。まずは落ち着けよ』
「はい!」
……先輩の方が焦ってない?
変な体勢で倒れたからか結構沈んできてるな……早くしないと。緊急時のワープ機能があるとはいえ、色々と負担はかかるから自力で解決できる方が良い。
……ワープ機能が無かったら俺はどうなるんだ?このまま沈んでいってそのまま?生命維持装置があるから直ぐに死にはしないけど、逆に助からないのにしばらく生き延びてしまうのか?暗くて冷たい泥の中で?一人きりで?
ダメだ、俺の悪い癖だ。ネガティブな想像が止まらない。
◆
「しまった、過呼吸とパニックを起こしてます!」
どんどん沈むことに恐怖を感じたのか、呼吸も乱れ藻掻いてしまってる!
「新入り!聞こえてっか!藻掻いたらダメだ、余計に沈むぞ!……聞こえてても頭に入ってねぇな。おい無線屋!」
「今準備してます!」
体力が無くなってきたのか、藻掻く力が弱くなっていきどんどん沈んでいく。完全に沈むその瞬間、装置が作動しアンシーさんを近くの陸にワープさせる。
「ハァ、なんとか間に合いました……」
「ううむ、もっと作動するまでの時間を短くせねばな……」
自動で作動する状態だと変なときに暴発するので、いつも僕が手動で動かしている。
「そこそこ沈んでも作動するとはいえ……アンシーの精神状態が心配だな」
「探索に慣れてきたとはいえ……まだ2ヶ月ほどですからね」
陸に戻ったアンシーさんは、座り込んだままオッチンにもたれかかっている。
「アンシーさん、大丈夫ですか?」
『はぁ、はぁ、はぁ』
先程よりは呼吸は多少落ち着いてきているものの、精神も含めてまだまだ安定していない。
「アンシー、聞こえるか?聞えるなら私の指示に従ってくれ。深呼吸をするんだ。吸ってー、吐いてー……吸ってー、吐いてー……」
隊長の指示に従って深呼吸をする内に、アンシーさんのバイタルが少しずつ安定してくる。
「アンシー、落ち着いてきたか?」
『はい、だいぶ……』
まだ心配や不安は抜けきってなさそうだけど、会話が出来る程に回復したようだ。
「そうだな……もう探索は終えて帰還し、今日はゆっくり休みなさい」
『っ……はい』
「どうせまだ恐怖が抜けきってねぇだろ。隊長もこう言ってるんだし休め休め!」
『……はい』
納得はしてそうだけど……まだ呆けてるなぁ。
「アンシーさん、立てそうですか?」
『っ………………ダメです、力が入んなくて……』
「ならオッチンに運んでもらおう。オッチン、ビーグル号までアンシーを運ぶんだ!」
『ワン!』
隊長が無線でオッチンに指示をだし、オッチンがアンシーさんを加えてビーグル号まで運んでいく。
「さてミーは甘やかす準備でも……」
「バ〜ナ〜ドぉ〜?」
「モー、ドクターはうるさいですネー、このくらいいいじゃないデスカ!」
「あのねえ、新米くんは甘やかすけど、バーナードまで一緒に甘やかしていいわけじゃないんだからねえ?」
「oh〜!ドクターは厳しいデース!」
「またいつものやり取りをしてるな……」
「バーナードもバーナードでよくあれだけ食えるぜ……結構な歳のはずだろ」
「あまり脂っこいものは流石に若くても厳しいだろうに。……そうだコリー氏」
「はい?」
「アンシー氏に菓子を送るんだったら今度こそはパピヨン氏を通したほうが良いぞ?ククク」
「う〜……わ、分かってますって!」
く、流石に前みたいにこっそり置きに行くのは難しそうだな……。というかなんでみんなパピヨンさん側なんですか!
◆
「オッチンも、コリー先輩もありがとうございます……」
「ワンワン!」
「いえいえ。アンシーさんはまだ疲れてるでしょうし、僕に任せてください!」
オッチンに咥えられたまま、シェパード号の中まで運んでもらっていた。そしてまだ力が上手く入らなくて、宇宙服を脱ぐのをコリーさんにやってもらっている。
……なんでコリーさんかって?最初はディンゴ先輩がやろうとしてたけど、体格差で、ね。俺とディンゴ先輩は結構身長差が凄いから……。
「ふぅ、お疲れ様でした、アンシーさん!宇宙服の清掃はやっておきますから、アンシーさんはお風呂でゆっくり温まってて下さい!」
「……いいんでしょうか」
「もちろんですよ!それに体も冷えてましたし、温めるのは心の為にも大事ですしね」
「……ですね」
あんまり自覚出来てないけど、お日様みたいにあたたかそうなコリーさんが言うならそうなんだろう。湯船に浸かれば緊張もほぐれるかもしれない。
オッチンはいつも隊長が洗っているので、いったんここでお別れ。よしよし、また後で会おうな。
「ワン!」
「(シェパード号のお風呂って結構広いよな……)」
宇宙船の中にあると考えたら狭いと思ってたけど、実際に見た時はとても広く思えた。確かにこの広さならオッチンの泳ぎの特訓に使える。
隊長曰く、遭難者を救助したときに風呂が狭いと、心も体も休まらないからな!だそうで。とはいえそれを成し得たのはラッセルさんの技術力あってのことらしい。流石ラッセルさんだ……。
とりあえず体を洗おうとシャワーに向かおうとしたら、誰かが浴場に入ってきた。
「ハーイ、ルーキーちゃん!ミーもご一緒させて下サーイ!」
「!……あ、はい、どうぞ」
ビックリした〜!!まさか誰かが入ってくるとは思わなかった。
「えっと、どうしてバーナードさんも?」
「聞いて下サーイ!ドクターのお説教が長いんデース!」
「……いったい何をしたんです?」
いきなりプリプリと愚痴を言い始める。パピヨンさんがバーナードさんに怒るなら、十中八九食べ物のことだろうけど……?
「ルーキーちゃんにミーのベリーライクなフードをプレゼント!しようとしたら、どうせバーナードも一緒に食べる気でしょ!って怒られてしまいマシタ……!」
「あー……」
そりゃ怒る。俺をダシにして自分も問題なくありつこうとしてたのはたぶんそうだろうし。
「えーっと、ありがとう、ございます」
「いえいえ、ミーに出来ることはそんなにありませんからネ〜」
それでも俺を元気づけてくれようとしたわけだし、ちゃんと感謝の気持ちは伝えておく。
バーナードさんはパイロットだ。パイロットが駄目になったら行くのも帰るのも難しいし、前線になんか来れない。パイロット以外のことが全然出来ないって訳でもないらしいけど、やっぱり出来ることや出番が少ないからちょっと気にしてるんだろうか。
「やっぱりルーキーちゃんが髪を降ろしてるのは新鮮ですネー!」
「そうですかね?」
バーナードさんの素顔の方が新鮮な気がする。
俺の髪型はブレイズという細かい三つ編みが沢山あるやつ。コーンロウは編み込みもセットなのでちょっと違う。
どっちにしても丁寧に洗ったり手入れを気をつけなきゃいけないけど、ラッセルさんの開発した機械のお陰で助かっている。長い髪を乾かすのも早いし、事前設定がいるとはいえ多彩なヘアセットだってできてしまう。プデルさんの技術に触発されて作ったらしい。
どうも、俺とプデルさんの『コーンロウやブレイズは大変』というボヤキを聞いていたらしい。三つ編みを沢山作るのは時間がかかるからなぁ……。
「ミーは最近ちょーっと髪の毛のボリュームが心配に……」
「そうなんですか?」
毛量とかはあんまりよく分からない。まぁでも似合ってるだけじゃ納得できるわけじゃない、のもちょっと分かる。
「ミスターオリマーも気にしてマシタね」
「運送業、大変そうですからね」
レスキュー隊もとても大変だけど、運送業はまた違った大変さがあるんだろう。それにオリマーさんは大体一人で荷物を運んでる。星内ならともかく、星間輸送ともなると孤独の時間も多いだろう。メールでやり取り出来るとはいえ、普通の人は寂しいはずだ。
バーナードさんは結構雑談が上手い。たまに乗り切れない話もあったりするけど。……そういうところがセナさんが嫌ってるとこなのかな。
「ルーキーちゃんもカモ~ン!」
「はい、今行きますー」
毛量が多いから、洗うのに時間がかかる。それでも、さっさと済ませて湯船に浸かろう。
◆
「……入らないんデス?」
ルーキーちゃんが浴槽の隣まで来たところで足を止めた。
「いや、ちが……?」
本人にも足が止まる理由がよく分かってなさそうデース。そのまま1歩出したり、すぐに戻したりを繰り返していますネ。……まさかネ?
「ルーキーちゃん、ちょっといいですカ?」
「は、はい」
「しっかり手すりを掴んで、ミーを見てて下サーイ。行きマスよ?……エイッ」
「っ……!!!」
両手でお湯を掬ってルーキーちゃんにビシャっとかける。
事前に予告もしてゆっくりやったのに、お湯をかけられたことにとーってもビックリしている。
「は、え??」
「ンー、やっぱりこうデスか〜」
「あの、なにか、分かったんですか?」
ルーキーちゃんはここまで来ても自覚出来てない。結構深刻そうでデース。
「ルーキーちゃん、液体に浸かるのがトラウマになってるんデスヨ」
「っは…………?」
「更に言うと、自分が入れるくらい大きい容器の液体がかかるのもダメみたいデスね」
「…………たしかに」
トラウマになるのも仕方ないデース。なんせ底なし沼に沈んでしまいましたからネ。濁り湯じゃないのに拒否反応が出てしまうのは、とっても心配ですけどネ〜……。
「とりあえず早く体を乾かして、あったかい格好でもしまショウ!ドクターに頼めばスープも作ってくれますヨ!」
落ち着かない様子のルーキーちゃんを押して、脱衣場まで戻る。
「タオル持ってきましたヨ。自分で拭けマス?」
「……はい、流石に拭くのは大丈夫、そうです」
その間にミーも手早く拭いて着替え、ルーキーちゃんの着替えを待つ間に特殊なドライヤーのセッティングをしておく。ミスターラッセルは流石デース!
「シャワーは平気なんですよネ?」
「……はい、特に怖いとかはなくて」
体を洗うのは問題なさそうで良かったですネ!
機械があるとはいえ、髪の毛が長いと大変そうデース。
「後でドクターのところに行きまショウ。専門外とはいえ、ドクターなら心のことも詳しいデスから」
「……はい」
ンー、やっぱりルーキーちゃんのレスポンスが悪いですネ〜。
「ミーでも他の人でも良いですから、何かあったら、イヤ、何かなくても気軽に相談して下サーイ!みんなルーキーちゃんが心配ですからネ」
今はハグは難しいデスから、両手を握って安心させる。ルーキーちゃんはまだまだ若いし、先輩のミー達が安心させてあげませんとね!
◆
「トラウマになっちゃったのかあ」
バーナードと新米くん本人から、浴槽の中に入れなかった話を聞いた。コリーが責任を感じそうだけど、あの状況では多少は仕方ないんじゃないかなあ。
新米くんと一対一で話したいし、バーナードには皆に説明しに行ってもらった。リラックスさせる効果のあるお茶を出して、落ち着いて話そう。
「ウフフ、トラウマがあること自体は大丈夫だよお。だって隊長は宇宙犬以外の生き物がダメだし、逆にディンゴは宇宙犬が苦手なんだもん」
「そんなものでしょうか……」
「そんなものだよお」
新米くんはトラウマはあってはいけないと思ってるみたい。トラウマなんて無い方が良いのは確かだけどねえ。
「ボクだってね、目の前で命が終わる瞬間を沢山見てきたんだ」
「っ」
「今でも怖いし、そういう時はなかなか眠れないんだ。レスキュー隊のみんなが死んじゃうかもって想像するときもある」
幸いにも今回の任務ではみんな救助が間に合ってるし、葉っぱ人になってても治療出来てる。それがどれだけ幸運なことだろうか。
「でもね、ディンゴや仲間の皆が励ましてくれてね、また前に進もうと、一人でも多くを救おうと思えたんだあ」
そのディンゴだって、見つけたときにはもう事切れてた人を沢山見てきた。隊長だって、なんで助けてくれなかったんだって遺族に責められた事だって何度もある。それでもボク達は進まなきゃいけない。
「もちろん、新米くんも無理に今すぐ進めとは言わないよお。ボクが言いたいのはね、君にもちゃんと仲間がついてる。すべてを曝け出さなくても、どうか頼ってくれると嬉しいなあ」
観察してて分かったことだけど、新米くんはどうも心の壁を作って一歩引いていた。
遭難者達との交流を見るにパーソナルスペース自体は狭そうだった。けど、自分のことは話を振られたときに喋るだけで、あえて喋らないようにしているフシがある。
もちろんそこをこじ開けるつもりなんて無いけど、このままだときっと不安を一人で負担を抱え込もうとしそうだ。レスキュー隊としてそれは良くないし、そうじゃなくても仲間として心配。
「おれが……いいんでしょうか…………」
「もちろん。ほら、おいで」
両腕を広げて新米くんのハグを待つ。
「……!」
「嫌いな人とハグしようとなんかしないから、少なくとも嫌いじゃないよお」
「えと…………」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
目線を緩く合わせて、たまに外して。新米くんから来てくれるまで急かさないようにする。
その内に、新米くんがおずおずとハグしに来る。
「昼も夜も、いつも探索を頑張ってくれてありがとうねえ。新米くんが任せられてるとはいえ、ボクには難しいし助かるよお」
ちょっとずつ褒めて、新米くんも褒め返してくれて。その内に新米くんの心拍数もだいぶ落ち着いてきた。まだドキドキしてるようだけど、褒められて嬉しいからだといいなあ。要観察ではあるけれど。
◆
「そういえば、僕らはアンシーさんのこと全然知りませんね」
「俺のこと……?」
隊長の一声で今日の探索は休みとなっていた。コリーさんも隊長に休めと言われたらしい。
自室だとなんとなく落ち着かなかったのでちょっと広い休憩室で休んでいると、コリーさんが俺のことについて話し始めた。
「確かにそうだねえ。たまに雑談もしてるけど、新米くん自身の話はあんまりしてないかも」
「うーん、そうでしょうか」
……どうしよ、あんまり話したくないのバレたかな。とはいえあんまり良い感じの話もないしなぁ。
「あ、いきなり話を振られても困りますよね。とりあえず……、好きな食べ物の話とかどうですか?」
「好きな食べ物……うーん…………パスタ?」
あんまり意識してなかったけど、多分好きの範疇に入るのかもしれない。
「パスタ!色々味も選べて美味しいですよね!」
「ボクとしては栄養不足がちょっと心配だなぁ」
「あ、それは自分でも気にしてるので、野菜ジュースで栄養は補ってますよ」
「医者からすればちゃんと野菜を食べて欲しいんだけど、新米くん沢山食べるからねえ。食費がすごいでしょお」
野菜は嫌いじゃないけど、エンゲル係数を考えるとジュースの方が安いからなぁ……。ホコタテ星からの輸入物だけど、あそこの星の野菜ジュースは安くても美味しい。
「レンチンで手軽に作れるのも良いですし、あとパスタは安いので助かります。業務用のソースもありますしね。ソースの種類も豊富ですから、飽きにくいのも好きです」
「うーん、そうきたかあ」
「味とか食感はどうなんです?」
「勿論好きですよ。個人的にはちょっと硬めが食べごたえあって好きです」
あ、しまった、確かに食料としての利点の方を気にし過ぎちゃった。
「あ、寒いときにはスープパスタにもしますね。余った野菜を入れるでも美味しくできますし」
うーん、ダメだ、どうしても食料事情になってしまう……。
「ちょっと心配ではあるけど、コリーやバーナードよりも栄養バランスは良さそうだねえ」
「うっ……。僕からすればもっと色んなもの食べた方が良いと思いますけど、たくさん食べるなら仕方なさそうですね」
食べるのは好きではあるけど、あまり頓着しないからこんな感想になるのかもしれない。
「趣味の方がそこそこお金がかかるので、安く済ませられるのが好きなのかもしれません」
「ああ、分かります……。何の趣味ですか?」
「えっと、考古学とか、歴史学とか……」
どういう建築物があったのか、どういう文化だったのか、どういう出来事があったのかを考えるのが好きだ。
「へぇ、凄いですね!」
「いやいや、素人の独学ですから」
「それじゃあ新米君はこの星の建築物とかも好きなのお?」
「はい!それはもう!」
「一番星の隠れ家を見るに、俺たちよりも遥かに巨大な生き物が存在していたのは確実でしょう。それを考えると我々が建築物と捉えていた物が、道具程度のサイズの物の可能性が出てきます。例えばひだまりの庭の古代のアーケードなんて、単なる屋外用の椅子や台かもしれません。他にもとこなぎの浜辺の城は砂で出来てますから、巨人が乗っては当然潰れて崩れてしまうでしょう。城として求められるような構造もありませんし、あの城はままごとや遊びの一環で作られたものだと思われます。そして……」
「わわ、落ち着いてください!」
「んぅ」
地下が明らかにおかしいって話もしたかったけど……仕方ないか。
「新米くん凄いねえ、そんなに色々考えてたんだあ。お金がかかるのってやっぱり本?」
「本もそうですね。あとはやっぱり実際に見に行きたい遺跡もあるので、旅費もそこそこ……安い方法でもそれなりにしますし。なんなら一時的にバイトで調査の補助やら手伝いをするとなると、自前の道具が欲しいときもありますかね」
「わぁ、それは大変ですね……」
勿論必須な道具は支給されるけど、これがあると便利、な道具は大体自前になってしまう。大体は食事が出るので良いほうだ。
「僕も本はよく買うなあ。物理的な本が良いから、どうしてもスペースや重さを取りがちなのが難点だけどねえ」
「隊長にキツく言われてますから、シェパード号に持ち込んでるのはほぼ電子書籍ですけどね。シェパード号の容量にも限度はありますし」
「俺はあんまりこだわりがないので、電子書籍以外のはスキャナーで読み込んだら本自体はそういう蔵書が多い図書館に寄贈してますね。物理で読みたい時はそこに行けば良いですし。……床の心配もしなくて済みます」
欲を言えば移動式の書架も欲しいけど、そんなスペースも金もない。
「紙って沢山あると重いからねえ。レスキュー活動のことを考えると空きスペースは大事だから、流石に諦めたけどねえ」
「……いやいや、たまに物理的な本を持ち込もうとしてません?」
なんかこの前隊長がそんな感じの話をしてたような……。パピヨンさんは穏やかに見えて強引なところあるんだよなぁ。
時間は変わって夜。自室のベッドに横になっていたけど、なんだかなかなか寝付けない。なんというか……落ち着けない。
「(明かりが殆どないから星空が綺麗だなぁ……)」
部屋の小さな窓から夜空に浮かぶ星々を眺める。夜の探索のときは忙しいし、なかなかよそ見をしてる暇なんてなかった。
ホットミルクと、パピヨンさんにリラックス効果のあるハーブティーももらってあわせて飲んだ。それでもどうにも落ち着かなかった。
「うーん、ちょっと外に出てみよう、かな」
この辺りは原生生物も現れなくて安全みたいだし、ちょっとくらいなら大丈夫だろう。
あんまり良い顔はされなさそうだから、宇宙服を来てこっそり外に出る。
「すごい、満天の星空だ……」
この星にも月があって、満月のときは流石にちょっと星明かりも負ける。けど今日はそこそこ欠けてるからか、星たちがよく輝いて見える。
夜の外出は怒られるだろうという自覚はあるので、シェパード号から見えなさそうなところで横になる。花壇っぽいけど巨人的にはとても小さな花しかないし、そもそも花が少ない。そういう趣向のヤツなんだろうか。それとも時間が経って植生が自然に変わっていったんだろうか。
外に出て横になってると、自然と気持ちが落ち着いてきた。大自然の癒やしの力的な?外のほうが開放的だからかもしれない。
目を閉じて自然の音に耳を澄ませる。風で木々や草花がざわめいていたり、どこかで澄んだ虫の声が聞こえる。こうして自然のことを気にするのも子供の頃以来な気がする。
この星は良いところだ。
そろそろ戻らないと、と思っていたとき。どこからかヒカリピクミン達がやって来た。
「ミィ~」
「お、ヒカリピクミンだ。近くにヒカリヅカでもあったのかな」
でも今までこの辺りでヒカリピクミンを見かけてはないし、もしかしたらわざわざ自分のところに来てくれたのかもしれない。パピヨンさんが一人で夜にヒカリヅカを観察をしてたときも見なかったらしいし、やっぱり俺がヒカリピクミンからすると特別なんだろうか。
「俺を特段好いてくれてるなら……結構嬉しいな」
「ミン」
「んふふ、そうだよって言ってるのかな」
ピクミンは大地のエキスを吸えなかったら残念そうな声を出すし、感情はあるんだと思う。でも流石にこっちの言葉を理解しているかまでは……分からない。気持ちは理解してるかもしれないけど。
「(あ、そうだ、このまま寝ちゃったらどうなるんだろ……)」
オニヨンに運ばれていった遭難者は葉っぱ人になっていた。じゃあヒカリヅカに運ばれたなら?
横になっている俺の周りを取り囲むヒカリピクミン達。ダメだ、不思議なヒカリと夜の暗さに安心してるのか眠い……。
「ミ」「ミンミン」「ミィ」
◆
「……で、アンシーさんはどうしてあんなとこにいたんでしょう」
「大方眠れねぇから外に出て、そのまんま寝落ちたってとこだろ」
朝っぱらからアンシーが船内にいねぇってちょっとした騒ぎになった。宇宙服を着てたから無線屋がすぐに場所を特定して、キャンプのすぐ外にいるのが分かった。場所が分かれば簡単で、外で寝てたアンシーを俺と隊長で回収してきた、が。とはいえあいつ背ががデカいから、俺だけだと運ぶの面倒なんだよな……。
「しっかしまぁ閉所恐怖症ねぇ……シェパード号で寝られないってなるとどうするんだ?」
「問題はそこだな。もし探索が終わってたとしても、帰還するときが心配だ」
「宇宙空間では補修するときくらいしか外に出ぬからな」
「危険な作業ですし、開放感も特にあるものではないですからオススメは出来ないですね」
「ずっと寝ててもらう訳にもいかないデスからネー」
パピがじっくり問診して判明した。新入りの閉所恐怖症は恐らく子供の頃からのものなんだとか。
俺も隊長もそうだが、トラウマはそう簡単に治るもんじゃない。パピだってゆっくり時間をかけて和らげていくもの、って言ってた。
アイツが調子悪いと俺も心配だからな、なんとかしてやりてぇ。決してサボりたいとかじゃねぇからな!というかサボりじゃねぇ!
「あ、そういや見かけた時は誰かと居たな。トレーニングもわざわざ部屋まで来て俺様を誘ったくらいだし、近くに誰かいれば落ち着くかもしれないぞ」
「なるほど!けど寝るときまでいっしょとなると、お互いに落ち着かなさそうですね……スペースも1人分の部屋ですし」
「ふむ、ならオッチンと一緒なら大丈夫かもしれないな。今晩試してもらおう」
俺ならワン公と一緒でなんか寝られやしないけど、アイツとワン公はお互い仲いいみたいだしよく寝れそうだ。それにふかふかだしな。
「隊長はノープロブレムですカー?オッチンがいないと寂しくありマセン?」
「うむ、寂しいのはそうだが、隊員が困っているからな。できる限り力になってやりたいんだ」
「オーウ、隊長はとーっても優しいデース!」
そうだそうだ、隊長は優しくて頼りになるんだよ。
隊長は隊長で犬好き過ぎるから無線屋がたまに困ってるけどな。
「ふむ、では各自パピヨンのアドバイスに従いつつ、アンシーのことを気にかけてやってくれ!」
「「「「アイ・コピー!」」」」
「あ」
「どうしたんですか、ディンゴさん」
「ああいや、たいしたことじゃねぇんだが……宇宙服を着て外に出るのは平気なんだなって思ってな」
「はい?」
「ほら、宇宙服って直ぐに脱げるもんじゃないし、脱いだら駄目な環境で着てるものだろ?」
「……そういうのは伝えない方が良さそうですね」
「……俺様もそう思う」
◆
レスキュー隊の皆さんに叱られて、心配されて。今日もゆっくりしなさいと、休憩室でダラダラと過ごしていた。
「(落ち着かないな……)」
空間の閉鎖感が原因、ではないと思う。多分、うまくいかなくて任務が進まない事が原因、なのかな。
俺は新人だし、上手くいかないことなんて多くあるのは分かる。でも長く休養になったこの前の大怪我以外は結構上手く行ってたと思えるから、余計に気にしちゃうのかもしれない。
「やあ、アンシーくん。少し良いかな?」
「その、あなたと少しお話がしたくて」
そうやって考え込みながらボーっとしていると、コッパイ星の2人がやって来た。
「あ、はい。大丈夫です」
「助かる。少々今後のことについて話したくてね」
……急かされるのかな。仕方ないけど……ちょっと嫌だな。
「その、すいません。俺のせいで探索がストップしちゃってて……」
「ああいや、急かす気はないんだ!今は休んでくれて構わない」
「僕らも事情は聞きました。トラウマなら仕方ないですよ」
責められなくて拍子抜けだ。怒らないんだろうか。
「私はレンジャー時代に、トラウマになった人を沢山見てきたからね。解決が難しいのはよく分かっているよ。長年解決しなかった人も多いさ」
「……!」
ディンゴ先輩と同じレンジャーのベルマンさん。やることは少し違うかもしれないけど、危険なことをやるのは変わりないだろう。
「その、こんな励まし方もどうかと思うんですけど……僕らとしてはスパニエルさんの無事よりも、攫った相手の無事の方が心配なんです」
「…………え?」
「その、少し、いえ結構、スパニエルさんの食欲が凄いので……。ジュースも盗まれてしまったので、きっととても怒ってると思うんです」
「そ、それは大変ですね……」
前に話を聞いて分かったけど、彼女と2人が多分関わり始めたのは最近だろうに。ヨークさんはスパニエルさんの何を見たんだ……聞かないでおこう。
俺は多分そこまで怒らないかもしれないけど、食べるのが大好きな人はめちゃくちゃ怒りそうだ。ルーイさんは無事かな。
「それに彼女はタフだからな!一応リーダーは私なんだが……」
「食べ物のことに関してはとてもやる気が凄いですからね……」
「まぁなんだ、つまり心配はしているがきっとスパニエルは無事さ!」
「……あ、ありがとう、ございます」
おれの情けないところは多いけど、こんなにも励ましてくれて、ちょっと、嬉しいな。
◆
夜、食後のそのまま、食堂で食休みをしていた。
夜になってからなんだか落ち着かない。多分だけど、閉所恐怖症とは違うような……?
「アンシーさん」
「はい」
「随分ソワソワしてますけど……どうしましたか?」
「…………そんなにソワソワしてましたか?」
うーん、自分では良く分からないけど、そんなにだろうか。
「トラウマ、大丈夫かよ」
「多分ですけど、違うんです。なんていうかこう、変な感じがすると言うか……こう、うーん……、視線みたいな……いや違うな。こう、えーっと……」
夢を見たときにたまに感じる、あの謎の焦燥感が一番近いのかな……。
「一応後で検査しておこうかあ。外で寝ちゃってたからねえ」
「生命維持装置が付いているとはいえ、宇宙服は外で寝るために作られている訳ではないからな」
「その節に関しては本当に……」
「待て」
隊長、いったいなんで……あ。
「あー、えっと、し、心配して下さり、ありがとう、ございます」
「うむ!折角なら感謝の言葉にするんだ。勿論時と場合によるがな」
そうだ、今朝叱られた時に隊長に言われたんだった。こういうの、何か本でも見たような気がする。
「僕たちは仲間なんですから!もしかしたらなかなか難しいかもしれないけど、是非とも頼って下さい!」
「……はい!」
その日は皆と雑談を楽しんで、オッチンと一緒にぬくぬくと俺の部屋で眠った。それらのおかげか、よく眠れた。
深く、深く。まるで何かに引き寄せられるように。