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    azkikg

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    【ロド】

    #94

    酒盛り 小さな炬燵の天板の上にはワイングラスと缶麦酒、幾つかの軽いつまみが並んでいる。
     吸血鬼退治人と差し向かいで炬燵に座ってブラッドワインを嗜む高等吸血鬼とはシュールだなぁと笑いあったのは夕食を終え暫くしてから。
     明日ロナルドは退治人稼業は休業で、執筆の締切も無い完全な休日だ。
     本来退治人は休日とあっても火急の退治依頼があれば対応しなければならないが、ここ最近のロナルドの仕事ぶりを見かねたギルドマスターが完全休養を言い渡したのだ。余程の事態でもなければ緊急要請が入ることはない。
     ならば久し振りにアルコールを飲もう、そう言ってロナルドは少し高い缶麦酒を買い込んだのだ。
     どうせならとドラルクもほんの少し高いブラッドワインを開け、小さな酒宴が開かれた。
     炬燵の天板にはドラルク手製のつまみが並んでいる。夕食の後とはいえそれなりの量を並べたのは言い出したロナルドがアルコールより食い気が勝つから。普段酒を飲まないロナルドはかなりアルコールに弱く、麦酒を買い込んだところで飲むよりつまみに手を伸ばす方が多いのだ。
     麦酒を一缶開ける頃にはロナルドの頬もだいぶ上気している。
     つまみが気に入ったのか口許は緩み、酒精で蕩ける目が細められていた。
     ドラルクはロナルドと向い合って座っている。その膝の上にはジョン。
     昼間フットサルの試合に参加していたジョンは、疲れていたのか酒宴が始まって早々に眠ってしまっていた。
     テレビでは古い映画が流れている。
     何度もテレビ放送された映画はラストシーンがあまりに有名で、ストーリーは知らずともラストシーンだけは誰もが知っているといっていい程だ。
     テレビ画面の中では美しいウェディングドレスに身を包んだヒロインがバージンロードを歩いている。映画も終わりが近い。
     ぼんやりと画面を眺めていたドラルクが呟く。
    「……君はお兄さんか妹さんが結婚するとなったら泣くだろうね」
     酒精でとろりとした目をしたロナルドが緩慢な動作で首を傾げる。
    「……泣かねぇよ、餓鬼じゃあるまいし……」
     ほんの少し呂律の回らないロナルドはそう言いながらもぶわりと見開いた目に涙を浮かべる。
     想像しただけで泣いてしまう素直さが君の可愛いとこりだなぁ、とドラルクがくつくつと笑う。
    「……兄貴もヒヨリも幸せになるんだから、俺は笑って祝うんだよ、泣くわけねぇだろぉ」
    「いやもう泣いてるねぇ」
     ぼろぼろと大粒の涙を溢すロナルドにティッシュの箱を差し出す。子供を泣かせたかった訳でもなかったんだけど、そう言いながらあやすように銀の髪を撫でる。
     ドラルクが何度も咎め何度も小言を言い続けたお陰でロナルドは洗い髪をそのまま放置することはなくなり、多少手入れに気を遣うようになった。ふわふわとした手触りはその成果だ。
    「そうだね、きっと君の兄妹はとても幸せになるだろう……妹さんなんてお兄さんや君がお相手を吟味するだろうから確実さ、なにせ君たち二人ともとんでもなくシスコンなんだもの」
     ハーレムの彼氏だなんて誤解を受けたこともあったな、とかつてのことを思い出しくつくつと笑う。シーニャに酷い目に合わされて帰宅したら更に誤解で酷い目に合ったのだから堪らない。
    「……君は自身の結婚式でも泣くかな、なんだか泣いてばかりじゃないか」
     白いタキシードを着て、黙っていれば男前だろうにきっと式が始まる前から感極まって泣くだろう。もしかしたら緊張で震えそれどころではないかもしれないが花嫁を前にしたら間違いなく泣くはずだ。花嫁の父親よりも泣くかもしれない。
     そんな想像をしたら余計に可笑しくなる。
     テーブルに突っ伏しぐずぐず鼻をならすロナルドの髪を撫でながら、夢想する。
     小さな教会で式を挙げるのだ。晴れ渡る青空の下、兄妹や身内に祝福され愛を誓い合う。季節は春が良い。色とりどりの花に囲まれ、舞う花弁は柔らかな日射しにとてもよく合うだろう。
     そこに夜の子である吸血鬼はいない。
    「ねぇ、ロナルド君」
     いまだ突っ伏したままのロナルドはいつの間にか落ち着いたのか、泣き声は聞こえなくなっていた。
    柔らかな銀糸を撫で、囁く。
    「君が結婚式をするなら、その前日はここでパーティーをしよう。皆を呼んで事務所でお祝いをするんだ、私も腕に縒りを掛けてご馳走を作るよ」
     事務所を盛大に飾り付けてテーブルいっぱいにご馳走を並べて、朝まで大勢で騒ぐのだ。
     吸血鬼も人間も呼んで、この狭い事務所はいつぞやのハロウィンパーティーのように賑わうだろう。
    もしかしたらロナルドも新婦も朝まで付き合わされてへてへとで結婚式に望むことになるかもしれない。そうなればきっと楽しいに決まっている。
    「……だめだ」
     小さな声が聞こえる。
     あまりに大人しくしていたから眠ってしまったなかと思っていたが、どうやら起きていたらしい。少し不明瞭な声で答えが返ってきた。
    「……何故」
     軽く頭を叩くと止めろと言わんばかりに首を振る。緩慢な動きは睡魔に抗いきれていないせいだ。
     ちらりと覗き見ればロナルドの目はすっかり閉じられていた。
    「……お前の親族だけでもこの事務所に入りきれないだろ……もっと大きいとこじゃなきゃ、だめだ……」
     不明瞭な発音でそう言ったままロナルドは動かなくなる。言い捨てて眠ってしまったようで、叩いても身動ぎすらしない。
     微かに聞こえてくるのは寝息だけ、それもとても気持ち良さそうに規則正しく聞こえてくる。
    「……それ、どういう意味で言ってるのかちゃんと分かってる」
     幸せそうな寝顔に少し腹が立ち指先で頬を突っつけば、ロナルドの口許がへにゃりと緩んだ。




    (2022.02.27~2022.05.03)
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