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    azkikg

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    【Δロド】

    #94

    退屈吸血鬼と貧弱ダンピール ぬるりと頬をなぞる風は生温く、鉄の臭いを纏っていた。
     眼下に広がる街は人工の光に溢れ昼のように明るい。
     少し離れた大通りではこちらに背を向ける男の姿。その周りには見慣れた彼の部下たちが立ち回っている。
     吸血鬼対策課の白い制服は目立つ。吸血鬼の活性化する真夜中にあってはなおのこと、人工の光に溢れた街中であったとしてもその白はまるで的はここだと主張するように目を引く。
     あの大量に蠢く下等吸血鬼の群れも誘導されるがまま大通りに集められたのだ。
     この時期恒例のように湧く下等吸血鬼の群れの対処など吸血鬼対策課にとっては特別なことでもないのだろうが、それでも後から湧き続ける群れは厄介にかわりない。
     ロナルドにとってはつまらない雑事だが吸血鬼対策課にとっては大事な仕事の一貫といったところなのだ。
     こちらに背を向ける男は下等吸血鬼から距離を取り部下たちを指揮している。その指揮のもと大量に蠢く下等吸血鬼は確実にその数を減らしていく。
     ロナルドは一歩を踏み出すようにしてビルの屋上から飛び降りた。
     ばさばさとマントが激しく揺れる。
     地上まで高々18メートル程度の高さなら高等吸血鬼であるロナルドにとって然したるものでもない。どん、と大きな音をたて地上に降り立つとそのまま真っ直ぐ伸びた背目掛けて突っ込む。
     群れから外れ男の背後から飛び掛かる下等吸血鬼を蹴り飛ばす。
     吹っ飛んだそれは街路樹に叩きつけられぐちゃりと腸を撒き散らした。

    「アスファルトを破壊するな、ゴリラ」

     こちらを振り返りもしない男が言う。

    「ゴリラじゃねぇし地面は脆すぎんだよ」

     ロナルドが降り立った場所はアスファルトが砕け僅かに陥没していた。
     軽く舌打ちをして男の傍らに立つ。
     男は吸血鬼対策課の隊長であり、名をドラルクという。
     少しも動揺した素振りの無いドラルクは予想通り遠くから眺めていたロナルドに気付いていたようだ、高性能探索能力は伊達ではない。
     ドラルクの部下たちはロナルドを一瞥して再び下等吸血鬼の捕獲に向かっていく。

    「助けてやったんだから感謝して血の一滴でも差し出せっての」

     軽口を叩くロナルドを鼻で笑い、ドラルクは対価が釣り合わんと一蹴する。
     実際ロナルドが手出ししなくてもドラルクが襲われたりはしなかっただろう、此方を伺っていた気配をロナルドも感じていたのだから。

    「大人しくゴウセツたちの元に戻っていろ、探していたぞ」

    「うぇ~!怒ってるやつじゃん!」

     ゴウセツはロナルドたち吸血鬼一派を纏める高等吸血鬼だ。普段は穏やかだが元々武闘派で知られる彼は怒るとそれは恐ろしい。さすがのロナルドもゴウセツを怒らせて呑気にはしていられない。
     げんなりした顔で呻くロナルドを、ドラルクは片頬を歪めて見ている。
     ドラルクとロナルドたちが出会ったのはこの常世の町と呼ばれるシンヨコに来た時だった。
     あちこちで吸血鬼と吸血鬼対策課との小競り合いが繰り返されるなか吸血鬼一派のトップであるゴウセツに、吸血鬼対策課のトップであるドラルクが対話を申し出た。
     以来彼らは互いを尊重している。
     ロナルド自身は小競り合いの途中からの記憶がないからよく知らないが、対話を求めた人間に対してゴウセツは無駄な戦闘を回避出来るのならそれに越したことは無いと対話に応じたのだそうだ。
     元々戦闘目的でシンヨコハマに来たわけでなく、加えて目の前のこのダンピールの存在のせいだ。
     ダンピール、吸血鬼と人間の間に生まれた子供。
     ただそれだけであれば何も特別なことではない。
     ドラルクはダンピールであり、吸血鬼としてのその系譜は畏怖すべきものだったのだ。
     長く人の世に姿を見せない一族。そうでありながら人間も吸血鬼も誰もが知る古い血統。竜の一族、それもかなり濃い血筋。
     ただのダンピールであれば警戒には及ばないが、竜の血を持つとなれば話は違う。最大限の警戒をもって対処せねばならない相手だ。
     ロナルドは竜の一族についてあまり詳しくは知らずただほんの少し噂を聞いたくらいだが、真偽も定かではない噂もゴウセツの態度を見ればそれがただのまやかしでないことくらいは分かる。
     竜の血がダンピールには荷が勝ちすぎるのか、普段の貧弱なドラルクに畏怖はない。けれど確かに侮れないだけのものがある。

    「なぁ、ドラ公」

     へらりと笑って、ほんの少しだけ低い所にあるドラルクの不機嫌そうな顔を見る。不機嫌そうではあるが実際そうでもないとロナルドは知っている。

    「あっちの下等吸血鬼を一掃したら、この後に唐揚げ喰わせろよ」

    「ご覧の通りうちの部下がほぼ終わらせているだろう、恩の押し売りで催促するな馬鹿者」

     ちぇーっとわざとらしく拗ねて見せれば、ドラルクは片眉を上げて「拗ねても可愛くはないぞ」と言い捨てる。そっちも可愛げねぇよ、と返しておいた。
     ドラルクは時折声を張り上げ指示を出している。辺りを封鎖して一般人の往来を制限しているようだがあまり長く時間をかけられないのだろう、指示が細かい。
     ダンピール故かドラルクの顔色は悪く、吸血鬼であるロナルドよりもずっと青白い。その上貧弱な男は声を張り上げた程度で咳き込むのだから呆れてしまう。
     何度目か咳き込むドラルクを見下ろし、ロナルドは息を吐いた。

    「なぁお前吸血鬼にならねぇの、吸血鬼になりゃ少しはその貧弱もどうにかなるんじゃねぇの」

     何せ炭鉱のカナリアと揶揄されるくらいなのだ。吸血鬼に転化すればその体質も改善されるだろう。
     そう言うロナルドを、ドラルクは眉根を寄せて睨む。

    「論外だ、今で十分私は完璧なのだ、第一転化すれば探査能力が失われる可能性が高いのだから仕事に支障をきたす」

     ドラルクの吸血鬼探査能力は最上位といっていい。貧弱故に実戦にはほぼ参加しないドラルクにとって能力無しに吸血鬼対策課は勤まらないとロナルドでも分かる。

    「転化するなら俺が噛んでやるぞ」

    「馬鹿を言え、第一どうせ吸血鬼になるならお父様かお祖父様に頼むわ」

     わざと牙を見せつけるロナルドに、ドラルクが片眉を上げて答える。
     ドラルクは古くから続く一族の嫡男、転化するならば一族の血を取り込む方がより強固だ。
     それにしたって僅かの逡巡もない態度は可愛げが無さすぎる。
     真っ直ぐ伸びた背に辺りを油断なく見渡す目、精密な探査能力。油断ならない男は部下に指示を出し下等吸血鬼を駆除していく。
     その青白い肌を眺め、ロナルドはほんの少しだけ沸き立つものを感じる。それは初めてシンヨコハマに降り立った時に感じたのとよく似ていた。

    「……時にロナルド君」

     声を張り上げた後少し咳き込んだドラルクがちらりとロナルドを見上げ呟く。

    「吸対の事務所に昨日ジョンのために作ったバナナケーキの差し入れがあるのを今思い出したのだが」

    「それを早く言えよ!」

     バナナケーキ!と叫んでロナルドが満面の笑みで下等吸血鬼の群れに突っ込んでいく。
     ドラルクの部下たちが呆れた顔をしているのも気にせず下等吸血鬼を次々に叩き潰していくロナルドの背中に「公共物は壊すなよ」とドラルクの歌うような声がかかった。




    (2022.01.16~2022.05.03)
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