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    azkikg

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    【ロド】20巻までの知識しかありません、原作と差違があったらごめんなさい

    #94

    薔薇にまつわる話 蛍光灯がぱちぱちと瞬きする廊下を進み、階段を駆け上がる。
     階を駆け上がった先に『ロナルド吸血鬼退治事務所』と書かれた扉。
     扉の硝子越しに事務所の明かりが消されているのが分かる。退治人であるロナルドが不在のため灯りを落としたのだ。
     扉を開き薄暗い事務所の明かりを灯す。おかえりなさい、と言うように大きな目を瞬きさせるメビヤツに帽子を預けて扉の鍵を閉めた。
     そのままロナルドは事務所を抜けてリビングに続く扉を開く。そちらは明かりが灯されている。
    「おや、おかえりロナルド君」
     キッチンで動き回る同居人が顔を上げた。黒いエプロンを付けた同居人、ドラルクはいつも通り夜食の準備中だったようだ。
     おう、と応えてそのままドラルクの方へと向かう。
    「なに、君ちゃんと手を……何を持っているんだ」
     真っ直ぐキッチンへ向かうロナルドに訝しげな視線を送るドラルクは、その手の中にある物を見て首を傾げる。
     ロナルドが手にしていたのは小さな花束。それをドラルクへ手渡す。
    「近くの花屋で貰った」
    「……あぁ、あそこか」
     ロナルドがギルドから呼び出され大量発生した下等吸血鬼退治に向かった場所から程近いところに店を構える花屋は、ドラルクが散歩がてら店の前を通れば挨拶を交わす程度には知っていた。
     下等吸血鬼のせいで売り物にならなくなったものを貰ったのだと言うロナルドから花束を受け取ったドラルクは鼻先を近付けうっとりと笑む。
    「いい香りだね……少し傷はあるが美しい」
     傷などよくよく見なければ分からない程度のものだ。束ねてしまえばまるで分からない。
    「花瓶を買っておけば良かったな、グラスに活けて明日事務所に飾ろうか」
     少しは華やぐぞ、と言ってドラルクは棚の奥からグラスを取り出す。ロナルドが見たことの無いものだ。
     丁寧に活けられた花束はカウンターに置かれた。
     暫く笑顔のままドラルクは花を眺め、そうしてロナルドを一瞥もせず「早く手を洗って着替えて来たまえ」と言う。その口ぶりは穏やかだ。
     なぁ、とロナルドが呟く。
    「……喰わねぇの」
     ロナルドの問いに、ドラルクが目を瞬かせる。
    「これをか」
     ドラルクが花瓶の花を指差すと、ロナルドが頷く。
     ロナルドが花屋から受け取ったのは色や品種に若干の違いはあるが全て薔薇の花束だった。恐らく店員も分かっていて薔薇のみを選んだのだろう、そしてロナルドもだからこそ素直に受け取った。吸血鬼が薔薇の精気を糧とするのは知られた話なのだ。
     ドラルクは軽く肩を竦めると、勿体無いだろうと言う。
    「こんなに綺麗なんだから長く楽しんだ方がずっと良い」
     薔薇は艶やかに咲いている。多少の傷はあるが、しっかり手入れをすれば暫くは保つだろう。
     そもそも薔薇の精気で得られるものなどたかが知れているのだから、観賞用として飾った方がずっと有用なのだ。
     分かっているのかそうでもないのか、ロナルドはふぅんと呟き飾られた花に目をやる。
    「たまには変わったもん喰いたいとかねぇの」
     ドラルクは食事を大概牛乳で済ませてしまい、血液パックを開けることすら稀だ。
     ジョンやロナルドのために日々バランスを考え料理を作るくせに自分はたいして代わり映えの無い食事をほんの少しするだけ。固形物を口にするところもロナルドはほとんど見たことがない。
    「薔薇の精気に味などないよ、多少舌触りや香りが品種によって違うくらいかな……変わったものをというならそれこそ血液ボトルの品質で拘る方が楽しめる」
     年齢や性別、人種、生活習慣、様々な要素で血液の味は変わるのだとドラルクは言う。比較的安価なブレンドも物によって全く異なるのだと。
    「人間と吸血鬼じゃだいぶ味覚が違うな」
    「そりゃ種族が違うからね、私よりジョンの方が君と味覚は近いだろう」
     ドラルクの作る料理はジョンが味見をしているのだ、それを旨いと感じるのだから吸血鬼よりアルマジロの方が味覚が近いということになる。ジョンが特殊なだけなのかもしれないが。
     種族、とロナルドが口内で呟く。
    「薔薇の精気を吸えいない吸血鬼っているのか」
     ロナルドの言葉にきょとりとドラルクが目を瞬かせる。
    「ほら吸血鬼避けになるっていうだろ、でも精気を吸うのになんでだと思って」
     かのヘルシングの著書にも出てきてた方法だとロナルドが言う。
    「大蒜、野バラ、聖体のパンだね。古い吸血鬼避けの作法だ」
     鰯や笊なんてのもるねぇ、と指折り数えるドラルクに「大蒜は分かるんだよな」とロナルドが続ける。
     ドラルクは小さく笑って頷いた。
    「まぁ個体差はあるだろうけどね。薔薇に関しては、吸血鬼のいた場所の薔薇が枯れていたことに関係しているのかもしれない」
     吸血鬼は美しいものを好むため城に薔薇を植え愛でる者も多い。その薔薇は非常食にもなり得るのだ。
     そして精気を吸うために吸血鬼は薔薇の花弁を食んで吐き捨てる。それが吸血鬼のいた場所の薔薇が枯れると伝わったのだろう。
     ただ、と言ってドラルクが言う。
    「実際野バラを嫌う同胞も居ない訳じゃないんだよ」
     ちらりとドラルクが意味ありげな目でロナルドを見た。
     耳元まで裂けた口が笑みを形作る。
    「かつて吸血鬼がなんと呼ばれていたか、知っているかい」
     まだ吸血鬼と人間が対立していた頃。吸血鬼が畏怖とともにあった頃。
    「吸血鬼と悪魔はかつて同一視されていた……悪魔、デビル、アンチキリスト、竜」
     西洋で竜と悪魔は同一視されるが東洋で龍といえば神や聖獣を指すのだけどね、と続ける。
    「その悪魔と敵対するのは教会だ。その頃は退治人といえば祓魔師を指していたのだよ」
     祓魔師は教会に属する叙階のひとつで、現在は存在しない。教会での役割は他の職務に引き継がれ、悪魔退治の役割は退治人として国や民間に引き継がれた。
     ただ吸血鬼と人間が対立していた頃、表だって吸血鬼の驚異から人間の盾となっていたのは祓魔師である。ただそのために教会側から祓魔師が異端視される事態にもなったようだが。
    「その頃があるから教会に関するもの、大蒜や野バラなんかを忌避する吸血鬼も多いのだよ。教会に関われば祓魔師が出てくるから余計な面倒事が起こるとね」
     強い退治人と戦うことは吸血鬼のステータスでもあるが、ひっそりと小さなコミュニティで暮らす吸血鬼にとっては余計な争いは平穏を乱すものでもある。全ての吸血鬼が好戦的な訳ではないのだ。
    「古い吸血鬼の一部が野バラを忌避するのはそういった訳だ、まぁ品種改良された薔薇まで避けたりはしないと思うけどね」
     この薔薇はとても美しい、と笑うドラルクは花弁に口付けを落とす。甘い花織は僅かにロナルドにも届いている。
    「……お前は、野バラを嫌ったりするのか」
     ドラルクも二百を越える齢、祓魔師が現存していた頃を知っている。
     ロナルドの問いに、ドラルクが目を細めた。
    「好きだよ。野バラの起源はとても古くて沢山の書物や伝説に登場するんだ。最古の叙事詩、ギルガメッシュ叙事詩では若返りの妙薬は野バラに例えられている。本ばかり読んで過ごしていた頃、どんなものかと胸を高鳴らせたものさ!」
     ドラルクはくつくつと声をたてて笑う。それがあまりに無邪気に見え、ロナルドも頬を緩めた。
    「そうだ!今度薔薇園へ行こうか、丁度いまが見頃だよ」
     イングリッシュガーデンでも良いし山下公園も綺麗だというじゃないか、とドラルクが声を弾ませる。このまま踊り出しそうなはしゃぎようだ。
    「ジョンが行くって言ったらな」
    「言うに決まってるだろう、ジョンはとびきり優しいんだから!」
     そうと決まれば早速計画を練らなければいけない、と言ってドラルクが足取りも軽くスマホを取りに棺桶へ向かう。
     ロナルドは弁当には唐揚げを入れてもらおうと決め、次の休日を確認しにカレンダーへと向かった。




    (2022.05.12)
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