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    【風船を貫く氷柱】
    ※❄️🌟未満と🎈🌟未満(ルツは両片想い)
    ※首締め描写有り
    ぽいぴくと画像、読みやすい方でどうぞ

    風船を貫く氷柱 日曜日の午前中、ステージでの練習を終えた司は「先に帰る」と言ってフェニックスワンダーランドをあとにした。類とえむ、寧々にとってはなんの違和感も抱かずに「分かった」と笑顔で手を振るのが普通だが、このときの司は3人と一切視線を合わせなかった。理由を聞いても「ちょっとな」と頑なに明かそうとしない。どことなく不自然だった。3人は「あまり人に知られたくない用事なのかもしれない」と変に勘繰るのをやめ、お腹を空かしたえむの誘いに乗ってともに駅前のファミレスで昼食を摂ることにした。

     大きな交差点を抜けたその先。いくつかの路地裏がある通りをたわいない話をしながら3人で歩く。日曜の日中ということで周囲は多くの人で賑わっており、混雑していた。えむと寧々は背の高い類の服の袖を掴んでなんとかはぐれないように努める。類は時折後ろにひっついてくる2人を気にかけながら、目的地をキョロキョロ探しつつ人混みを掻き分けていた。

    (…………おや?)

     ふと視界に入った路地裏に見覚えのある姿を見つけて、思わず立ち止まる。えむが「ふぎゃ!?」と素っ頓狂な声を上げて類の背中にぶつかった。

    「ちょっと類、急に止まんないでよ」
    「…………」
    「……?類くん、どうしたの?」

     2人が顔を上げて類を見る。類は驚いていた。目を見開いて、1つの方向をただただじっと見つめている。えむと寧々は顔を見合わせて疑問符を頭に浮かべた。

     は、路地裏の壁に背中を預けて立っていた。は、憂いを含んだ表情で女性と向かい合って立っていた。は、女性と会話をしていた。は、端正な顔立ちをした女性の頬に両手を伸ばしていた。まるで、キスをする直前のように。

    「…………司、くん……」

     類のか細い声は周囲の喧騒に掻き消された。なにを呟いたのか分からなかったえむがぴょんぴょんと飛び跳ねながら「なになに〜?」と類の視線の先を捉えようとするが、混雑したなかでそれを見ることは出来なかった。

     ――目が合った。

     類が名を呟いた人物。類を捉えて離さなかった人物。数十分前に別れたばかりの人物。座長。類に光を与え、道を示し、友情を超えた別の感情を抱かせた人物。

     と目が合った。

    「…………ッ!」

     類は初めて、司に対して"恐怖"という感情を抱いた。司の瞳に輝きがなかったから。いつも自分を信頼の意を込めて力強く見つめてくれたその瞳が虚ろだったから。

     ――ある種の美しさを感じた。

     背筋を駆け抜ける電流に耐えながら、類はギュウっと拳を握りしめた。

     司は類を捉えるとスゥッと目を細め、何事もなかったかのような――類と目は合っていないと思わせる無関心な表情で視線を逸らした。前髪でほんの少し隠された横顔は女性と二言三言会話を交わしている。

    「類くん!大丈夫?」

     えむの声にハッとした類は自分を心配そうに見る寧々とえむに顔を向けて「ああ、大丈夫。急に立ち止まってすまなかったね。行こうか」と微笑んだ。

    ***

    「…………最悪だ」
    「なにが?」
    「類に見られてしまった……」
    「……ああ、いつも話に出てくる同い年の友達?別に、私といるのを見られても"女友達"だとか、それなりに誤魔化せば……」
    。完全に気を抜いていた」

     淡々と話す女性、まふゆは司の言葉に「なるほどね」と納得して、すぐに司の両手首を掴んだ。

    「……同情くらいしてくれ」
    「興味ないから。あなたと類とかいう男の間になにがあろうと。それより、早く」
    「この両手も誤解を生んでしまっただろうな……はあ……」

     まふゆの手に導かれるまま、司の両手は彼女の頬――ではなく、細く白い首に添えられた。

    「これ、見つかったら逮捕されるんじゃないのか?」
    「平気。首元が隠れる上着着ているし、表情も変わらないから」

     徐々に司の手の力が強くなっていく。締めつけられるまふゆの首と、息苦しさを全く感じさせない顔。抵抗の意志なんてものはもちろんなかった。これは、まふゆが司に望んだ行為だ。

     数秒後、まふゆの右手が弱々しく司の手の甲をぺちぺちと叩いた。それを合図に司は力を弱めてまふゆの首から手を離した。4〜5回深呼吸をしたまふゆは手で自身の首をさすりながらただ一言、「生きてる」と呟いた。

    「満足か」
    「うん。ちゃんと苦しかった」
    「本当におかしな奴だな」
    「私からしたらあなたも充分不可解でおかしな人だから」
    「…………。もう終わりでいいか?行かなければならない場所があるからすぐにでも解散したいんだが」
    「行かなきゃならない場所?」
    「類に会いに行く。なんとしても誤解を解かねば」
    「そんなすぐに行かなくても、明日学校に行ったときに話せばいい」
    「それでは遅い。1分1秒でも早く話したいんだ。じゃあな、また連絡する」

     ピリ、とまふゆの胸に痛みが生じた。類に対する司の気持ちなんて全く関心を抱かなかったのに、司の言葉がまふゆの脳を震わせた。

     そして気づけば、司の服の袖を摘んでいた。

    「そんなに私が彼女だと思われるのが嫌なの?」
    「嫌……というか、見られた相手が類だから、というか……。ああもう、とにかく早く誤解を……」
    「好きなんだ。彼のこと」

     まふゆの行動と言動に戸惑いを隠せない司の心情を表すかのように、彼の瞳が揺れた。その波を気にせず(そもそも気づいていないのかもしれない)まふゆは、初めての衝動に身を任せながら言葉を紡ぐ。

    「私といなければ"生"を実感できないのに。私といなければ息苦しさに苛まれて死んでしまうのに」
    「あ、朝比奈、なにを、」
    「私はあなたがいなければ"生"を実感できない。あなたは他の人に構ってる暇なんてない。今日だって、急な呼び出しにすぐ駆けつけてきたじゃない。ねえ、どうして。どうしてその人が好きなの?」

     脳に血が昇る感覚。燃える瞳。力む身体。勝手に動く唇。なにもかもが朝比奈まふゆという人間にとって異様なものであり、司にはどうしてまふゆがこんな態度を取るのか皆目見当がつかなかった。

    「なにが言いたい」
    「……分からない」
    「またそれか……」
    「ねえ。その人のところに行くなら私もついていく」
    「は?」

     予想外の頼みに司の目が見開かれる。返答を聞かずにまふゆは司の腕を掴んで路地裏を抜け始めた。力を込めればすぐに離れられるというのに、司は黙ってまふゆの背中を追いかけた。彼女の感情に変化が起きているのを感じ、それを見届けたいと思ったのだ。

    「いたぞ。あの、紫色の髪の毛をした男だ」

     背が高く髪色が派手な類の姿は案外あっさりと見つけられた。近くのファミレスに入っていくところで、ちょこんと後ろにひっついていたえむと寧々の姿も捉え、司は「あいつらまでいたのか……」と顔をしかめた。

     スタスタと無駄のない動きで人混みを切り抜け、まふゆと司も少し遅れてファミレスに到着した。店員に案内される前に素早く紫を見つけたまふゆは司の手を掴んだまま一直線にそこへ向かった。

    「鳳さん、こんにちは」
    「……え?あ、ああああ朝比奈センパ!?」
    「司……?え?なに?どういうこと?」

     先程とは全く違う、高く心地良い声と愛想たっぷりの素晴らしい笑顔で類達に話しかけるまふゆ。ウンザリしそうになった司はなんとか堪えて同じように表情を作ったが、誤魔化すのはあまりにも下手だった。

    「え、えーと、さっきぶりだな!その、なんだ……。な!朝比奈!」
    「うん。天馬さん……ええと、ややこしいね。妹さん繋がりで彼と知り合って、今日は妹さんへのクリスマスプレゼントを一緒に買いに行く予定なの。それでファミレスに入ったら鳳さんがいるのが見えて、挨拶に」
    「ほ、ほえ……。センパイと司くんが友達だったなんて、初めて知りました……」
    「ああ、そう、友達!友達なんだ!」

     "友達"をわざとらしく強調して、無言でいる類に視線を移す。司はなんとしてもまふゆと自分が付き合っているという誤解だけは生みたくなかった。一方類は、偶然司と目が合ったときのことを思い出して眉をひそめた。

    (司くんがそう言うなら、本当にただの友達かもしれない。でも……)

    「司くん」
    「な、なんだ」
    「さっき、目が合ったよね。あのときはなにをしていたんだい?」

     類の目が鋭いナイフとなって司を射抜く。まさか「まふゆの首を絞めようとしていた」とは口が裂けても言えない司は喉を詰まらせた。その様子に、一層類の心がざわつく。

    「そ、それは……」
    「楽しいこと」

     凛とした声に、ビリ、と場の雰囲気が変わった。

    「……君。今なんて?」
    「楽しいこと。気持ち良いこと。私と天馬くんでしか出来ないこと」
    「おい!朝比奈!そんな言い方はないだろうが!」
    「なにも間違ったことは言ってないよ?」

     まふゆは笑顔のまま類だけを見ていた。自分に嫌がらせでもしたいのかと、司はつい大声を張り上げてしまった。えむと寧々はとてつもなく悪くなっている空気を感じ取って口をつぐんでいる。

    「……へえ。そうなんだ。あんなにそそくさと僕達と別れておいて……」
    「ちっ、違う!違うぞ類!誤解している!今のはあいつの言い方が悪くて!」
    「司くんは黙ってて」
    「……ッ!」

     まふゆと類はこの邂逅で全てを理解した。お互いに似た感情を司に対して抱いていると。正確にはまふゆはこの感情の正体を言語化できていないわけだが。

    「行こう、天馬くん。別の店に」
    「は?」
    「またね、鳳さん、草薙さん。…… も」
    「え?どうして私の名前まで……」
    「ふふ。いつも天馬くんから話を聞いてるから。それじゃ」

     まだ納得がいっていない司の背中を押して、まふゆはにこりと笑った。そして再び類を見た。

    「しがみついているだけじゃ、この男の拠り所にはなれないよ」

     まふゆの最後の一言に類の心臓は大きく跳ね、身体は硬直した。心の奥底を見抜いたような、それでいて宣戦布告にも捉えられるような言葉だった。

    ***

    「ふざけるなッ!」
    「なにが」
    「他にも言い方はあっただろう!あれじゃまるで……ッ」
    「まるで?」
    「……この……ッ!結局類に勘違いされたままかもしれないじゃないか!どうしてくれるんだ!」
    「私はそれで構わない」
    「お前の都合にオレを巻き込むな!」

     怒っている司を横目に、まふゆはそっと左胸に手のひらをあてた。

    (……生きてる)

     「聞いてるのか」とまふゆを見た司は、彼女の表情に息を呑んだ。

     美しく、愉悦にまみれた笑みに、思わず心を奪われた。

     雪で凍った心に、小さなヒビが入った。
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