【ドラロナ】猫耳おじさんとDK ◇ ◆ ◇ D side
ある日の雨の夜。
窓からじっと外を眺める若造を見かけて「誰か待ってるの?」と、きまぐれに訊ねてみた。
ロナルドくんはハッとしてこちらを一瞥したのち「……そうかもしれねぇ」と再び窓の外に視線を戻す。
「今日は雨だし、それになにより休業日だろう?」
「そうなんだけど……」
「……だれか探してるの?」
問えば、ロナルドくんは頷いた。
「……昔いちど会ったっきりのひとで、どこのだれかさっぱりわかんねぇんだけど」
「特徴とかは?」
「猫耳つけた、すげぇ高身長のおっさん」
「猫耳……ブッフォ……それはまったく素敵なご趣味の方だなブォァ――!」
猫耳をつけたおっさんとは、なかなかに絵面がすごい。変態がひしめきあうこの街では、むしろパンチがない方のスタイルではあるが、一般的に見れば十分すぎる破壊力である。
私が噴き出すのを見たロナルドくんが「趣味は人それぞれ!」と言いながら繰り出した右拳の風圧で、私はみごと塵になる。
「……失敬。で? その猫耳おじさんがどうかしたのかね?」
「俺がまだ退治人になる前に会ったひとなんだけどよ。落ち込んでた時期に、そのおっさんが、俺に大丈夫って言ってくれたんだ。だから、なんかきっと大丈夫って思えてさ。そのひとのおかげで、いま退治人やれてんだよ、俺」
「……ふぅん」
懐かしむように再び窓の外を見ながら目を細めた男をみて、私は腕の中で眠るジョンを優しく撫でながら、彼の横に並ぶと、同じように窓の外へ視線を投げた。
+ + + R side
「兄貴が退治人を辞めることになっちまった時の話は、前にしただろ?」
「右腕に邪神を封じた、ってやつ?」
「そう。その後、退治人になりたくてギルドに連日押しかけて、無理言って師匠に弟子入りしたんだ。だけど、俺には兄貴みたいな銃の才能はなかったし、剣も気功もビームも出せなかったし、もちろん即戦力になるようなものなんかなにもなかった。だから師匠にもギルドにもかなり迷惑掛けちまっててさ、情けなくて悔しくてたまらなかった時があったんだけど……」
それでもギルドに押しかけ続けたある日の夜。
「今日は休業日にしましょう。しっかり休むのも仕事のうちですよ」
その夜、師匠とマスターに優しく帰宅を促された。
今思えばひでぇ顔してる俺を心配してのことだったんだけど、その時の俺は「お前なんかに任せられる仕事はないんだから帰れ」って言われた気がした。
それがじわじわと潰れてかけていた俺のメンタルへの追い討ちになって、役立たずの自分に対して喚き散らしそうになりながら、なんとか自宅に向かって歩いていた。
その時だ。そのひとに会ったのは。
「やあやあ、そこの若者よ」
「……!」
耳の真横で聞こえたバリトンに、俺は反射的に声のした方をぶん殴る。
「グッフォぉぅ! ……くっ、いいパンチだ。すぐ死ぬには風圧が足りなくて死なない代わりに抉るようにあたっているし、けっこう、いやしっかり痛い……男子高校生の君、やるな……」
「……は?! 死んで、甦った!?」
慌てて邀撃スタイルで身構える俺に、目の前のひょろ長い男がヒラヒラと手を振った。
「拳を下ろせ、小僧」
「うお。このおっさん、耳がよっつある……」
「これはくせ毛じゃ!!」
「うるせぇくせ毛のおっさん! なんなんだよお前!」
「なにって、私はこの通りすぐ死ぬが、無害かつ優しくておノーブルで畏怖いお兄さんだ」
「……お兄……?」
「そこ疑問に思っちゃうの?」
しきりに瞬く俺に、不審者はおどけるように肩を竦めたあと、すぐに渋面をつくった。
「なに? またひとりで泣いてたの?」
「…………また?」
「あぁ、ごめん。こっちの話。──こりゃ酷い顔だ」
伸びてきた手は、避けるより早く俺に触れた。
少し強めに頬を擦る。
手袋の滑らかな感触が擽ったかった。
「……君はずっと、こうしてひとりでふんばってきたんだね」
ひとりごとのように呟いたあと、グッと身を屈めた。俺の顔を至近距離でみつめる。
「良く聞け、小僧。今から私がすごくよく当たる未来予知をしてあげよう」
「はぁ?」
驚いて引っ込めようとした俺の顔を、どこにそんな力があるのか分からないヒョロガリのおじさんが、俺のあごに指を添えて上げさせた。
「君は将来、思い描いた夢で飯を食っていけるし、副業も成功する。そしてなにより、超優秀な相棒が隣にいるようになる。いつか振り返って見ればその涙もつまらないものだったと笑えるさ」
揶揄うような空気は微塵もないその表情に、俺は釘付けになりつつも、口だけは必死に動かし続けた。
「……涙、ってなんだよ。泣いてねぇし」
「その顔で?」
「……生まれつきこの顔だよ。だいたいなんでそんなこと言い切れるんだよ。俺の事なんて、なんにも知らねぇくせに」
「そうさ。知らないよ」
すっぱりと言い切った男に、俺は眉間に皺を寄せた。
ほらみろ。猫耳インチキ占い師もどきのヒョロガリ嘘つきおじさんめ。
俺が振り払おうと身をよじれば、
「〝今〟の君は、ね」
と、言いながら、目の前の男が笑った。
「私はね、私に出会ってからの君のことは世界中の誰よりも知っているよ。そう自負している。だから、安心しろ、若造。私が予知したものは全て当たるのだから」
「……全て?」
「そうさ。だから大丈夫なんだよ」
「大丈夫……?」
「そう。大丈夫。君はちゃんとたゆまぬ努力で全てを得ていくから」
なせが目の前の男が紡ぐ言葉のひとつひとつが、魔法みたいに身体中にしみわたっていく気がした。
よく分からないけれど、嘘の見えない朱殷色の瞳に、ひどく安心するのは何故だろう。
せき止められていたものが、一気に溢れだしてくる。
それは、抑えられずに大きな粒になって、顎に添えられた上等な手袋につぎつぎに染みた。
「……っ」
目の前の男が滲む。
瞬きを繰り返すたびに、ぼたぼたとデカい涙が溢れて止まらない。
漏れそうになる嗚咽を飲み込むのに必死で、ただ正面にある瞳を見つめ続けた。
おっさんはただ優しく「大丈夫」と再び紡いだ。
袖で目をこすって、次に顔を上げた時には、目の前には誰も居なくなっていた。
◇ ◆ ◇ D side
「──ってことがあってな。そのひとが、なんの根拠もねぇのに、馬鹿みてぇに真っ直ぐな目をして大丈夫、大丈夫って伝えてくるから大丈夫な気がして、なんかもう全部大丈夫な気がしたんだ」
「語彙力どこへやってきたんだ、作家先生」
窓の外からこちらへと視線を移したロナルドくんが、しばらく私の顔を見たあと、めずらしくへらりと笑った。
「……俺さぁ、生きてるうちにあのひとにお礼が言いてぇって、ずっと思ってたんだ。本当にあんたの言う通り大丈夫だったんです。ありがとう、って」
そう言いながらまるで憧れのものを見るみたいに目を細める男に、私は胃の腑の辺りを泡立て器で乱暴にかき混ぜられている気分になった。
「……あのひと、ねぇ……」
よくよく聞かずとも、それ、私じゃないか。
だーれが猫耳じゃい! 魅惑のくせ毛じゃ馬鹿野郎!!
君がお探しの猫耳おじさんは、某月某日に御真祖様パゥワーの込められた謎アイテムの誤作動で過去にぶっ飛ばされた私で、いま目の前に居るけど、って言ったらどんな顔をするんだろう。
でも、ロナルドくんの語るあのひとは『あのひと』という存在で、なんだか私であって私じゃないような気がして、ひどく複雑な気分がした。
湧き上がる悋気をため息とともに消化しようとして上手くいかずに、いつの間にか起きてクラバットをしゃぶっていたジョンを優しく抱え直す。
「なぁ、おい。聞いてんのかよ、ドラ公」
「あーはいはい聞いてますぅ」
「お前それぜってぇ聞いてねぇやつじゃねぇかよ。耳よっつあるくせに!」
「やかましいわ! これはくせ毛じゃ!」