お題: 分かって欲しくない「君のプライベートも少しは尊重しないとな」
降谷さんが何気なく言った一言に、僕は驚いて箸を落としてしまった。
今日は安室透の部屋で晩ごはんをご馳走になっていた。降谷さんのお料理は相変わらずとても美味しくて、今の今までニコニコしていたのだが、いっぺんで青ざめてしまった。
「ん? どうかしたか?」
「いえ、なんでも……」
降谷さんがぼくのプライベート云々を言い出したのは、先日の怪盗キッドの事件のせいだ。
降谷さんに呼び出されて沖野ヨーコさんのライブを見られなかったぼくは、ちょっと拗ねた態度をとってしまった。
降谷さんが送ってくださった、おそらくお詫びの気持ちがこもった品もチョイスが微妙にずれていて(行けなかったライブを再演するなんてそもそも無理なのだが)「そういうことじゃないんだよなぁ」と思っていた。
思ってはいたけれど、自分のプライベートを、降谷さんが……尊重……?
そんなの天地がひっくり返るのと同じくらいありえないことだと思っていたから、ぼくは本当に驚いたし、ショックだったし、なんなら少しばかり悲しかった。
ぼくはテーブルの上を転がった箸を拾って、唐揚げをひとくち食べた。味がしない。降谷さんのお料理の味がしないなんて!
「そんなにびっくりするようなことか? そこまで鬼上司だったつもりは……いや、うん、今回のことは反省してるよ。ほとんど私用みたいなものだったし」
「いえ、あの、とても、すごく、びっくりしました」
「……それってけっこう失礼じゃないか?」
「でも、お気遣いは結構です!」
「えっ?」
「今回自分はあまりお役に立ちませんでしたけど……」
「そんなことないさ」
うう、こんなときに優しくしないでほしい。もっとタイミングがあるだろ。
「でも、ぼくは降谷さんのお役に立ちたいと思ってます。いつも。だから、ぼくの都合はいいんです」
そのわりに拗ねてたじゃないか、と降谷さんはジトっとした目でこちらを見ている。
「すみません……いくら拗ねたって降谷さんが気遣ってくれるなんて微塵も思っていなかったので」
「そろそろ怒っていいか?」
「お気持ちは大変うれしいですが、今まで通りで、どうか」
「わかった。君がそう言うなら」
ぼくがあのとき美術館に行ったのは、降谷さんが命じたからだ。降谷さんの言葉は僕にとってはなにより大切だ。彼の右腕を自称するからには、お呼びの時はいついかなる時でも馳せ参じる覚悟があるのだ。
それなのに、ひどい。ぼくがちょっと拗ねたくらいで「プライベートを尊重する」
なんて、まるでぼくが必要ないみたいじゃないか。
いや、降谷さんの言葉は純粋に厚意からでたものだ。気遣わせるようなことをしたのは自分なので、彼を責めるのはあまりにお門違いだ。ぼくが悪い。
思えば、ぼくはずいぶん降谷さんに対して甘えた態度をとってしまっていた。
ちょっと泣きそう。
「風見、どうした?」
「いえ、どうもしません」
今度は、ちゃんと唐揚げの味がわかった。
降谷さんは上司だ。
でも、いつか降谷さんが上司じゃなくなったとしても彼の役に立ちたいし、必要とされたいし、ときどき拗ねて見せて軽くあしらわれたりしたい。
そういうことの根っこには、たぶんひとつの感情がある。
伝える気はないし、そこにどんな感情があってもぼくがやることは変わらないけれど。
こういうの、降谷さんはわかんないんだろうなぁと思う。いや、分かってほしくなんてないけど。
降谷さんにはいつだって自由でいてほしいから。
※
なんだかなぁ。
箸を取り落とした風見を見て、僕はまあまあ落ち込んでいる。
僕はそんなに怖い上司なんだろうか? 愛をもって接しているつもりなのになぁ。風見のことは評価しているし、いいやつだし、好きだ。いつも無理させるから、たまには労ってやりたい。
風見を喜ばせようとしても失敗ばかりしているような気がする。いつもつまらないことで喜ぶくせに、狙うと途端にだめになる。確実に喜んでくれることなんて、料理くらいだ。セロリは振られたけど。
「お気遣いは結構です」
ほら、また失敗だ。
僕は食事中なのに行儀わるく頬杖をついた。
風見はこんなに僕を落ち込ませてるなんて、気付いてないんだろうな。
僕の気持ちなんて知らなくてもいいんだけど。
「すみません……いくら拗ねたって降谷さんが気遣ってくれるなんて微塵も思っていなかったので」
それは、いくらなんでも言い過ぎじゃないか?