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    yuino8na

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    いつかこれの続きを書きたいという自分用メモ。
    芸能パロの五乙。

    鮮烈な青に踊る(仮題)「乙骨憂太って、あれでしょ。元天才子役って騒がれてたやつ。まだ芸能界に居たんだ」

     後部座席から聞こえてきた五条悟の言葉に、マネージャである伊地知は運転しながら眉間に皺を作る。
    「くれぐれも本人を前に失礼な態度は取らないようお願いします。乙骨さんは、確かに六年前から一切テレビには出ていませんが、その間は舞台を中心に活躍をされていました。舞台演劇界で彼を知らない人なんて居ませんよ」
    「ふーん。じゃあ、俺は知らねえや」
     一言で芸能界と言っても、畑違いとなれば一生関わることがないことだってありえる、それなりに広い世界だ。それこそ、テレビとラジオが主な活躍の場となっている芸人『祓ったれ本舗』にとっては、舞台役者なんてそれこそ別世界と言えるだろう。
    「で? そのすばらしーい乙骨憂太さんが、なんだって俺との共演なんか希望したんだよ」
    「さあ、それはなんとも……。理由を聞いても、乙骨さんが五条さんと共演してみたいと言っているとしか……」
     歯切れの悪い伊地知の言葉に、五条は窓の外を見ながら息を吐いた。
    「ま、いいけどね。話題になるならなんでもさ」
     芸人には旬がある。それがこの業界ではある種の常識だ。
     ある年ではテレビでは見ない日がないほど話題になった芸人が、翌年には一切テレビで見なくなった、なんてことが往々にして起こるこの世界では、誰しも生き残るための模索を一度は経験しているだろう。
     五条が夏油傑とコンビを組んで活動している祓ったれ本舗は、今まさに生き残りを模索している最中だ。
     今年の春には、唯一残っていたレギュラー番組も打ち切りが決まっている。夏油はコメンテータとしてニュース番組やネット番組に活躍の場をシフトしつつあるが、五条にはまだこれといった生き残りの道が見つかっていない。
     そんな中で突然降ってわいたのが、舞台出演のオファーだ。
     オファーが来たのはつい三日前。とりあえず、一度演出家と乙骨と会って話をしませんかと言われて、今は移動の真っ最中。あまりに急すぎる話に調べる時間も無かったと、五条は後部座席でスマートフォンを操作し『乙骨憂太』と検索する。
     乙骨憂太。
     五歳で初ドラマ出演を果たし、その天才的演技力で注目を集めた。その後、ドラマに映画にと多数の作品に出演。だが、十歳になる頃にテレビと映画の全ての出演をキャンセル。その後、一年の休養期間を経て舞台役者として活動を再開。
     以降、メディアへの露出は全て断るものの、舞台には多数出演。天才的演技力は今なお健在で、演劇界で彼を知らない者はいない。
    (やな感じだな)
     実力があるから仕事を選んでもやっていける、とでも思っているのだろうか。そんな甘い世界でないことは、五条自身が痛いほど知っている。
    (興味本位の遊びのつもりかもしれねえけど、こっちは遊びじゃねえんだよ)
     それが畑違いの舞台であろうがなんだろうが、生き残るためにはなんだってやる。そんな想いを胸に、五条は窓の外を睨みつけた。


    「はじめまして、乙骨憂太です」
     顔合わせの場となった練習場。そこに五条が入るなり、真っ先に立ち上がって頭を下げたのは乙骨だ。
     ひ弱そう。それが五条の第一印象だ。
     姿勢よく立ち上がった身体は、決して細すぎるわけではないが線が細く、ふにゃりと笑って見せる表情はどこか頼りない。
    (こいつが天才役者……、マジかよ)
     道中で調べた印象とはかなり異なる。とはいえ、挨拶はこの業界の基本中の基本。
    「祓ったれ本舗の五条悟です。本日はどうぞよろしくお願いします」
     深く頭を下げて挨拶すると、「まあ、座れ」と少し粗雑な口調で空いていた椅子を顎で示してきたのは今回の舞台の演出兼脚本の家入硝子だ。
     促されるまま椅子に座ると、向かいに座った乙骨がにこにこと微笑みかける。
    「別に面接とかじゃないから、楽にしてください」
    「はあ……」
     正直、毒気が抜かれる感覚だ。それなりに緊張もしていたし、舐められないよう気を張っていた分、対応に困る。
    「僕としては、五条さんさえよければ是非共演したいと思っています。家入さんも、僕と五条さんが良ければ、と言ってくれているので」
    「僕としても、お仕事をいただけるのは有難いことですが、一つ聞いてもよろしいですか」
    「なんでしょう」
    「どうしてこの話を僕にいただけたのでしょうか。自分は舞台どころか演技経験もありません」
    「経験は必要ない。そんなものなくたって、どうせ乙骨が演技をさせるからな」
    「ちょ、ちょっと家入さん。そんな言い方しないでくださいよ」
     演技をさせる、というのはどういうことか。口を挟めずに居ると、家入は煙草に火をつける。
    「乙骨は共演者キラーだからな、例え相手が素人だろうが、乙骨の芝居に引っ張られて、自然と演技『させられる』んだよ」
    「は、はあ……」
     共演者キラーなんて言葉も、演技をさせるなんて言葉も、今まさに家入の言葉に狼狽えている乙骨の様子からは想像もできない。曖昧な返事しかできずにいると、「説明するより体験した方が早い」と家入は立ち上がった。
     そうして持ってきたのは、練習場の隅に置いてあった二本の刀だ。
    「い、家入さん……」
    「なんだ、わざわざ説明する方が手間だろう」
     問答無用で刀の一本を乙骨に持たせると、もう一本は五条に渡す。
    「乙骨は明治維新の人斬り。薩長の邪魔となる敵を無作為に殺した、ある意味大量殺人鬼だな。五条はそんな乙骨に偶然遭遇した哀れな幕府軍の下っ端」
    「い、いきなり言われても、時代もなにも分からないですよ?」
     なに無茶苦茶なこと言ってんだ、と怒鳴ってやりたい衝動をぐっと堪えて穏便に返すが、家入は鼻で笑う。
    「いいんだよ。あんたはただそこで刀を構えて立っていればいい。言っただろ、乙骨が演技をさせるってね」
     なにがなんだか、正直ついていけない。
     だが、乙骨は「家入さんは言い出すときかないんだから……」と半ば諦めたような表情で、刀を手に立ち上がる。
    「いきなりですみません。すぐ済みますから、ちょっとだけ付き合ってください」
    「はぁ……」
     そうまで言われてしまっては、五条も断ることはできない。
     持ち方さえ分からない刀を手に立ち上がると、とりあえず鞘を抜いてみる。
    「そのまま、刀を正面に向けて構えてもらえますか。……はい、そんな感じで大丈夫です」
     言われるまま、刀を持って真っすぐに立った。そんな五条の姿を見て乙骨は「やっぱり、体格がいいと絵になりますね」と綺麗に笑う。
    (調子狂う……)
     なんとしても仕事を貰う気でいたが、この状況についていけない。
    (とりあえず、早く終わらせてくれ)
     そんな想いで刀を構えながら乙骨の方を見て、息を呑んだ。
     目が違う。顔つきが違う。空気が違う。
     腰に刀を添えて目の前に立つ乙骨が、先ほどまでとはまるで別人だった。
     今、一瞬でも動けば、死ぬ。
     その恐怖が足元から全身に駆け巡り、瞬きさえできない。乙骨と目があったのはほんの数秒。だが、何分も何十分もこうしているような、恐怖が全身を震わせる。
     その時、一歩、乙骨が動いた。
     キィンと響く音と共に、刀が弾いて落とされた。全身から力が抜け、足元から崩れ落ちた。死んだ、その絶望感にただ震えることしかできない。
    『……無駄な殺しはしない』
     そう呟き、乙骨は刀を鞘に納めた。
     その時、パン、と乾いた音が響く。
    「はい。そこまで」
     響いたのは家入の声だ。全身から汗が吹き出し、震える喉が大きく酸素を吸う。
    (なにが、起きた……)
     おそらく、本当に一瞬の出来事。それなのに、まるで何メートルも全力疾走した後のように鼓動は鳴り響いて止まらず、指先には感覚さえ無い。
     なかなか立ち上がれずに居ると、申し訳なさそうに眉を寄せた乙骨が手を差し出す。
    「あの、すみません。立てますか?」
    「あ、はい……」
     震える手で掴んだ手は、自分より一回りも小さいのに、酷く硬かった。
     ここに来るまでに調べた中で、乙骨は殺陣の芝居が多いという情報もあった。この手で一体どれだけの稽古を重ね、演じてきたのだろう。
     それを思い知るのには十分すぎる時間だった。


     そのあとなにを話したのか、実のところかなり曖昧だ。
     ただ、舞台への出演は承諾し、あれこれとスケジュールの確認を行ったことだけは覚えている。そうして解散となってから、五条は乙骨の腕を掴んでひき止めた。
    「肝心なことを聞き忘れました」
    「なんでしょう」
    「どうして、僕を共演者に選んだのですか」
     その答えは、結局聞けていないままだ。
     掴んだ腕は細いながらも無駄のない筋肉で引き締まっていた。そんな腕を掴んだまま真剣に乙骨を見つめると、彼はふっと笑う。
    「やっぱり、覚えてないんですね」
    「なにを、ですか」
     ほんの少しだけ、その微笑みが寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
     だが、それ以上聞くより早く乙骨の方が五条の方に一歩近づく。今にも触れそうなほどの至近距離で目を合わせ、深いブルーグレーの瞳の中に驚く自分の姿が映る。
    「五条さんの目は綺麗ですね。まるで空みたいだ」
    「…………っ」
    「その目で見つめられながら芝居をするのは気持ちいいだろうなって思った、ただそれだけですよ」
     そういうと、乙骨は優しい力で腕を振り払うと、五条から離れ微笑んだ。
    「それじゃあ、これからどうぞよろしくお願いします」
     そう丁寧に頭を下げ、乙骨は出て行ってしまった。残された五条は人知れずぼそりと呟く。
    「誑しかよっ」

     初舞台に初共演は、前途多難だ。
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