接吻 二人で行った初詣の帰り道。全くひとけのない瑞垣の外で、鯉登少尉殿と初めて接吻をした。
賑わいを遠く感じながらゆく道すがら、隣を歩いていた彼がふいと立ち止まった。黙って私の肩を握りしめる指先の力がやけに強くて、見上げた顔は思うより近くにあった。
「月島……」
白く見える息が顔にかかる。新年特有の静謐な、冷たい夜風に、温く酒精の香りが混ざっていた。さきほど境内で振る舞われていた御神酒を飲んだからだ。そんな少尉の吐息が心地良くて、思わず知らず強張っていたらしい身体がふっと、緩んだ。
「はい」
「口を吸ってもいいか?」
表情は変わらなかったと思う。が、瞳孔が開いたような感覚はあった。
「はい」
──目を瞑ってやるべきだろうか。そう逡巡するうちに、まぶたを伏せた少尉の顔が迫っていた。上から顔を押し付ける体で、むにゅ、と柔らかく湿った唇がやや遅れて押し当てられる感覚がした。
触れるだけの拙い接吻。一度きりかと思ったがそうではなく、二度三度と何かを確かめるような動きで繰り返される口づけは、次第に熱を帯びてゆく。
息つぎの拍子、至近距離で目があった。日ごろは鋭く研がれたような眦をしているが、今はとろりと潤んで、不敬ながら艶めかしいと小さく感動した。
離れた唇がカパリと開いて、今度は私の唇を斜めに喰む。こういうやり方を知らないわけではないんだな。
「ふぅ……ん、月島……」
鼻にかかる声は、彼の口内と同じように甘い。けれど肩に食い込む指力はあいかわらず少し痛いくらいで、そのアンバランスさを愛おしいと思った。
「んぁ……ン」
冷たいものが頬や鼻に当たっている。それが少尉殿の鼻頭だと気づくまでには少し時間がかかった。
「月島……月島ぁ、……んん、ぅう」
すりすり、すりすり。浅い呼吸の合間に私を呼びながらすり合わされるのは、他ならぬ鯉登少尉殿のかんばせ。よく知る髪の香り。肌の匂い。
厚めの唇は弾力があって、舌はたっぷりと濡れている。
自分からも舌を伸ばし、粘膜を吸う。と、素直にはふはふ、息を漏らすからかわいらしかった。
触れた歯列の艶やかさに驚く。そして──高い鼻梁は寒空の下、こんなにも冷たくなるのだと初めて知った。
どれもこれも、自分に触れる彼は確かに”あの”鯉登少尉殿である。日夕見慣れた顔──なのに、肌でもって知覚することは想像以上の興奮を自分に齎した。というのも、この美しい人は触れても美しいかたちなのだと再認識したからだ。
きめの細かい肌は頬に吸いつくようで、びっしりと生えたまつ毛に眼球のふくらみ、ごつごつとした骨格。触れてみて、その凹凸の顕著さにはっとする。
「ぅ……、ふ」
離れ際、聞き逃してしまいそうな細い声が漏れた。目や鼻の奥がチクチクとして、腰は重く熱くなった。
「鯉登少尉殿」
「……なんだ」
私が乱した髪を整えながら声をかける。少尉の返事はどこかぶっきらぼうだった。だが目を合わせたと思えばそらし、またそろりと戻ってくる視線と、噛み締められた下唇から、どうやら照れているらしいと知れた。
『正月は届けをだしてうちに来ないか』
そう言われた時から目的は理解していた。けれど、こんな甘酸っぱいやりとりを経るものとは。
「本当に、よろしいのですか? このあと──」
聞けば、少尉殿はゆったりと首肯する。
「わたしから、誘った」
そして困った時のように眉をさげ、瞼を伏せた。口元には微笑みをうかべながら。
私はこのあと、鯉登少尉を抱くのだ。